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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅱnd cause カラクレナイの女

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モノのみかた

 ごうごう。


 ごうごう。


 また、ここに来たか。

 雲一つない青空と、現実のように眩しい日差し。この頃は視界を汚す程でもなかった因果の赤い糸。ここは夢だ。俺が素直になれる、ひねくれる要素のない泡沫の現実世界。ここに居るのは俺と記憶の中のあの人の二人だけ。ここでの俺は理性的でどんなに複雑な状況でもきっと自分に理解出来るくらいには纏められるが、どうしてもこの人の美しさだけは再現出来ない。

 忘れようがないのに、忘れていないのに。完璧ではない。

「…………おねえさんもとくべつだったの?」

「そうだよ。私も特別だった。自慢出来るような特別じゃなかったけどね」

 あの日の会話の、再現をしたい。

 あの時は何も考えないでいられた。考えなくても何とかなると思っていた。この世界はきっと平和で、何事もなく進んでいくと思っていた。

「色々な人に迷惑掛けちゃった。それでもう、取り返しもつかない。いいんだよ、別に。それが私のした報いならそれで。今は悔いなんてない。でも君には私みたいになってほしくないな」

「よくわかんないよ」

「分からないままならそれでもいいんだけど。いつか分かるよ」

「なんでわかるの?」


「私、完璧だったから」


 お姉さんの言いたい事は今になって分かってしまったし、信じなかったせいであの人と同じようになってしまったのだろう。この力は肥大化して、俺に非日常を引き寄せた。マキナと引き合わせてくれた事には感謝しているが、それ以外には文句しかない。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。正直、誰を信じていいのか分からない。誰も信じない方がいいのかもしれない。何も知らなかった故に踏み込み過ぎたのかもしれない。かと言って引き返す選択肢もない。この景色を消すチャンスなのはどんな状況に陥ったって変わらない。

「もし私みたいになったとしても、悲しまないでね。余計な力なんてない。君が幸せになる為にきっと必要になる。私だってそうだったもん」

「うそだよ。こんなのいらない」

「うん。今はそれでいい。好きになる必要なんて全くない。でもね、これだけは覚えてて欲しいな。私が幸せになれたのはね、この世界にたった一人だけ、信じてくれた人が居たからなんだ」

「…………? ぼくも、しんじてるよ」

「うん、今はね。全員がきっとそうって訳じゃないと思うけれど、君も私みたいに苦労すると思うから、アドバイス。君は一人じゃない。一人でも二人でも居るから、周りに目を向け続けるの。善いとか悪いとかじゃなくて貴方の味方が、絶対、ぜったい、ぜえったい居るから」

 

 ―――そんな、簡単な事なのかな。


 何もかも知った上で判断を下したい。それは合理的には間違っていないだろう。しかしマキナと未紗那先輩に挟まれたこの状況を全て把握するのは難易度が桁違いだ。思えば俺は、いつも相対的に評価してばかりでちっとも自分を信じなかった。

 何かがあるからそれは出来ない。

 リスクがあったりなかったり。

 リターンが多かったり少なかったり。

「……おねえさんは、ぼくをしんじてくれる?」

「うんっ! 信じるよ、傍に居なくてもね」


 全知が叶わないなら、真に正しい選択を下す事は出来ない。なら考え方の変換が必要だ。誰を信じるとかじゃない。胡散臭い先輩でもないし、月の綺麗な夜に取引を交わしたキカイでもない。

 


 俺が信じるべきなのは―――










 












「…………寝すぎた」

 深夜まで起きていたから、それも語弊がある。現在時刻は午前十一時。敷布団で眠っていた未紗那先輩の姿はない。学校に行ったのか、それとも何か別の用事でもあったのか。あれだけ悲鳴を上げていた身体がすっかり元気になっている。余程フカフカな感触を気に入ったようだ。尤も、自宅でこの感触を味わう事はないので気持ちはわかる。普段行かないような高級な店に行く感覚だと思えばいい。


 ……いや、今は高級も低級もないな。

  

 無敵の免罪符を使えば料金なんて踏み倒せる。あまりにも通貨概念を軽んじているが。

「……学校、休み……?」

 ちょっと昨日までの記憶が混乱している。合法的に学校を休んだ事なんてないから、違和感を覚えているのだろう。今となっては合法という言葉さえ意味があやふやだが今更気に留める程の事じゃない。とっくにその辺りは破綻している。

 ベッドから起き上がってリビングに移動すると、未紗那先輩ではない何者かがぬいぐるみをお腹に抱えて座っていた。

「…………え」

「寝覚めは良いらしいね。調子はどう?」

「……え?」

 ルームメイトが居るのは聞いていた。どんな人物なのだろうかと全く想像しなかった訳ではないが、ゴシックワンピースを着た女性だったのは想定外だ。

 二度見しても三度見しても足の爪先から頭のてっぺんまで精緻な造りの人形にしか見えない。胸の起伏だとか目の色だとか髪の色だとか、そういった彩りは全てそぎ落とされている。シワ一つ、傷一つ、汚れ一つない。白と黒だけで構成された、人体そのものの美しさを追求した人形。

「…………えっと」

「自己紹介がまだだったね。私の名前は篝空逢南かがらあいなだよ。式宮有珠希君だよね。目覚める前に紗那から話は聞いてる。大変だったね、色々と」

 そう言ってくれると助かる。初対面の人間に一から事情を説明する行為はあまり得意じゃない。自己紹介はともかくここに至るまでの経緯とか、まともに言語化出来る自信がない。必ずどこかで誤解が生じるだろう。

「残念ながら紗那はちょっと出かけていてね。隣、座るかな?」

「え。ああ、じゃあまあ。はい。寝起きですけど」

 促されるがままに座ったら、ぬいぐるみを渡された。どうしようもなかったのでお腹の上で抱えてみる。俺に何をしてほしいのだろうこの人は。未紗那先輩と違って表情の起伏が乏しい。目の動きは活発だが口が全くと言っていい程変化してくれない。確かに『目は口程に物を言う』という諺もあるが、あれはそういう意味じゃないと思う。

「実際、どうなの?」

「はい?」

「昨日の二人の会話、私にも聞こえてたから。興味があるんだよね。色々説明は聞いたと思うけど、本当にキカイと縁を切るのかって」

「……保留って言った筈ですよ。聞いてたならそんな意地悪やめて下さい。それに、カガラさんだって先輩と同じ組織の人でしょ。ならもしそのつもりが無くても言う訳ない。何されるかも分かんないんだし」

「くっくっく。そうだね。しかし言葉は時に文字以上の意味を含む事もあるさ。あんなに恐ろしい事情を聞いて返事が保留なんて常識的じゃない。少なくとも君は、キカイにそう悪くない感情を持っている。違う?」

「―――」

 否定はしたくない。

 自分を信じたいと思うなら、まず嘘を吐くのをやめよう。どういう意味かはさておいて、マキナに居なくなって欲しいとは断じて思っていない。

「オフレコ」

「は。はい?」

「組織も一枚岩じゃないんだ。私はただ興味があるだけ。不都合があるならオフレコでもいいよ。証拠隠滅には協力してあげる。紗那が帰ってくる頃にようやく初対面だったという設定でいこうじゃないか」

 信じられる道理はないが、どうせいつかは聞き出されるような気がした。なら早い内に暴露しておいた方が心的負担も少ないし、今後信じるべきか否かの指針にもなるか。俺はくまのぬいぐるみを強く抱きしめながら、噛みしめる様に言った。

「………………そう、ですね。そこまで嫌いじゃないです。話を聞いてる感じだと、別に悪って感じでもないですしね。キカイは今まで運営してただけだし、もし俺を殺すつもりでもそれは仕事だし。なんだかね、どれだけ悪いヤバイって言われても。そうは思えない自分が居ます」

 だって、この景色に理解を示してくれたから。あまつさえ正体も教えてくれたから。そんな存在と会える日はきっと二度と来ないから、あの日のように、一期一会とやらを大切にしたい。

 篝空さんは興味深そうに真っ黒い瞳をこちらに向けている。無愛想を通り越して虚無の顔で見つめられるとそれはそれで反応に困る。未紗那先輩と違って圧力も無いのが救いか。その無表情はむしろ心をホッとさせる虚ろさであった。この気持ちが分からない人は美人の先輩に笑顔で脅迫されたら嫌でも分かるようになるので、是非秘密を抱えてみよう。

「―――そろそろ紗那が帰ってくる頃だ。君は寝室に戻りたまえ。私達の初対面はこの後になるんだからね」

「……そういうのって、バレたりしません? バレないくらい付き合い短いんですか?」





「短くはないね。気になるなら昨日の私みたいに盗み聞きでもするかい? 悪い事をすると気持ちが良いかもよ」


 



 連投できるかなあ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カガラって語感がいいですね [一言] 組織は嫌な予感しかしない…
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