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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅱnd cause カラクレナイの女

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セカンドオピニオン

 一度ご機嫌になったマキナに敵は居なかった。上の階に進めばやはり何人かの人間が居たが、どんなに攻撃を振るった所で地力が違う。途中から俺ではなくマキナを狙うようになったが、どんな形状の武器でさえも彼女の身体に触れば水あめのようになってしまい、凶器としての役目を果たせていない。結々芽が部品を手に入れて間もなかった事が分かる瞬間だ。アイツは体を固めて物理的な強度を高めていたが、マキナは自分の身体に触れた物体の強度を下げて無力化している。


 ――ー俺の出る幕って、無いよな。


 しかし、ただ棒立ちというのも申し訳なかったのでマキナに狙いを絞ったヒトの糸を切るくらいはしている。肉体を切るどころか傍目には空を切っているようにしか見えないので常に最速、力要らずで切れるのが利点だ。幾ら傷が治ると言っても怪我は嫌なのか避けてくれるのも有難い。恐らく俺の視界についてタネが割れているならわざとぶつかって攻撃を止めるという手段も使われるだろうが、そこまでしてくるような戦闘狂はそもそも『傷病の規定』に支配されないだろう。

「いいわね♪ 喧嘩した事ない割にはセンスあるじゃない!」

「嬉しくねえ!」

 簡単に殺せるのは素人丸出しの俺だが、俺に手を出そうと決めた瞬間にマキナが狙いを変えてくる。

 マキナを狙った所でそもそも勝てないし、不意を突こうにも俺が動きを止める。

 最上階である五階に上るまで、三〇人以上が犠牲になった。殺したのは全てマキナだが、俺もそれを手伝っているので実質的には俺も犯人という事になる。これでいい。殺さないという選択肢は面倒なだけで、規定に括られた人を苦しめるだけだ。どんな重傷に追いやられたかは分からないが、それが再発して死ぬよりはいっそ俺達の手で殺した方が……これ以上はやめよう。

 殺人者だという自覚は、この視界と同じくらい正気を削ってくる。糸を切るとはそれだけ糸を直視するという事。気が狂ってしまいそうになる度にマキナの姿を捕捉して心を休める。何十回も繰り返してそれでようやくギリギリ。

「…………赤い糸はここに繋がってるな」

「確かに気配がするわね。院長室に居るなんて、正体はこの病院の院長かしら。まあ部品が戻ってくれるなら何でもいいんだけど」

 息も絶え絶えな俺とは違い、マキナは汗一つ掻いていなかった。人間とは根本的に運動性能が違う、それでいて人間的にはとてつもない美人で、糸にも繋がれていない。彼女との出会いが本当に運命ならどんなに素晴らしいか。

「―――じゃ、行くか」

 

 院長室の扉を開けて踏み込むと、開閉に仕込まれていたトラップが作動。頭上から大量のメスが降ってきて反応もままならなかったが、後ろにいたマキナが全て回収してくれて事なきを得た。


「幼稚な罠ね」

「……すまん。警戒してたつもりだったが、本当につもりだったみたいだ」

「気にしないでッ? 『傷病の規定』に引っかかってくれる方が私は困るわ。有珠希を取られたら怒りでどうにかなっちゃい……」

 マキナの声が止まる。その顔は前方を向いており、倣うように俺も正面を向いた。確かに赤い糸は院長室に繋がっていたが、それは繋がっているだけで元凶が居ない。赤い糸は部屋の窓から流れるように外へ降りている。

 それが逃げられたという事実を意味するのに、数秒も掛かってしまった。

「―――あー。これはやっちゃった感じ?」

「……人間が五階から降りて生き残れる、か」

「規定があれば余裕に決まってるでしょ」

「そうだよなー」

 何を今更、という感じだ。元々乗り気な行為でも無かったとはいえ内心忸怩たるものを感じている。慎重になるべきだった。状況は圧倒的に俺達が有利なのに、何故元凶がわざわざ待ち構えていると思ったのか。

 何故待ち伏せのように人が配置されていたのかはともかく(単純に護衛だった可能性はある)、『傷病の規定』が無双的強さを誇っていたのはマキナの存在が無い場合の話だ。結々芽とはまた違う角度から物理的殺害を不可能にさせていると言っても良い。もし元凶に仕返しに来たのがマキナ以外なら逃げるどころか見物に行く余裕さえあっただろう。

 問題は、このキカイが『傷病の規定』への対策として偶然にも『強度の規定』を持っていた事。これのせいで傷病に因らず殺害されるという、文面にすると訳の分からない状況が生まれて実質的な不死身が無力化。ここを城と見立てるならとっくに落城している。



 俺だって同じ状況に陥ったら、躊躇なく逃げるだろう。



 マキナは窓から下の方を見下ろして苛立ちを隠せぬ様子で目を細めていた。

「あーあ。せっかく直ぐに回収出来ると思ったのに逃げられちゃった。つまんないの、どんな奴が私の部品を拾ったのか見てみたかったのにな」

「すまん。俺のせいだよな」

「ううん? 貴方のせいって事はないわよ。行きましょうって言いだしたのは私だし、糸の実験も兼ねてたしね。むしろ責任があるのは私の方。有珠希にいい所を見せられるって思ったらつい張り切っちゃった」

 口調こそ穏やかだが、その心中が穏やかじゃないのを何となく察している。取引相手として良い言葉を掛けてやれたらと考えるも、ノーヒントで正しい語彙を選べる気がしない。せめてそういう力だったらもう少し有難がってやったのに。

「…………ま、まあいいんじゃないか。殺したのはあれだけど、相手の手駒が減ったって考えたらさ。こうやって無作為に誰かを支配したいなら、いつかは俺達が邪魔だからって直接来るかもしれないぞ?」

「それは考えにくいわね。私の存在がバレたからどちらかと言えば全能感が薄れた可能性があるわ。誰か適当な人間を差し向けて監視なんて真似もしてくるんじゃない? その程度で監視されるつもりはないけれど、私が出向く度に逃げられちゃ堪ったもんじゃないわ。せめて誰が持ってるのかを把握出来たらいいんだけど」

「…………じゃあ、俺がやるよ」

 出来る出来ないを考えるより先に手を挙げていた。外の景色はよく分からないが、窓から差す月明かりに照らされたマキナは美しく、月虹が花になったかの様だ。高所から俯瞰してどうにか拾得者を探そうとしていた彼女が「え?」と言ってこちらに意識を向けた。

「いいのッ?」

「お前と一緒に行動出来ないのはまあ……危ないけど。安全を取ってちゃ何にもならない。俺だってこの景色から解放されたいんだ。たまにはこういうのも必要だと思うし、特定までは俺がするよ」

「―――有珠希ッ!」

 人気のない院長室で、マキナが抱き着いてきた。予備動作が見えないくらいの速度を受け止めきれる肉体ではないので、俺達は二人して床に倒れ込んだ。勿論下に居るのは俺で、マキナにはマウントを取られている。

「な、な、ななな!」

「私の失敗をカバーする為にそこまでしてくれるって言うの!? ううん、遠慮なんてしないわ、だって貴方がせっかく言い出してくれた厚意なんですものッ! 私、誰かと協力したのは初めてだけど、パートナーって凄くいいものねッ」

「お、大袈裟な奴だな! お前が近寄ったら逃げるってんだからそれくらいしかないだろ! 幸い、どう考えても殺してるのはお前で、俺は何か暴れてた様にしか思われてないだろ。見てたのか知らんけど…………そ、それに考えてもみろ。アイツ等は暫くお前じゃなくて俺を狙ってた。心当たりは……無くもない。ちょっとした手違いで苗字が割れてるんだ。だから俺からも逃げるって事は無いと思う。だから……」

「うんうん! そうなんだ! じゃあ有珠希に任せるわねッ」

「話聞いてないだろお前!」

「聞いてたわよ。有珠希には狙われる理由もあるから雲隠れされる心配がないって言いたいんでしょ? 苗字が割れた程度でそこまで執着する理由は分からないけど、あっちの事情なんてどうでもいいわ。私は部品さえ戻ればそれでいい。だから任せる。ありがとう、有珠希ー!」

 マウントから上体が倒れて密着。マキナの部位の中でも一際に大きく柔らかい場所がぺちゃんこになるまでくっついて、至福の感触を余すところなくこちらの触覚に伝えさせてくる。それで気が付いたが、このキカイは下着を着けていない!

 人外に人間の常識を持ち出すのもどうかと思うが、何処からどう見ても人間にしか見えないのでその辺りは配慮して欲しかった。非常に不味い。別方向に今までの状況よりも苦しい。式宮有珠希がどれだけひねくれていたとしても周りは善人ばかりだ。一度もこれに類似した目に遭わなかったかと言われたら嘘になるが、そこには糸という嫌悪感もあった。お蔭で邪な感情が打ち消されてドライな反応を返してこれたのだが―――

 楠絵マキナに糸はない。

「離れろ! 分かったからいい加減離れろ! 規定規定! 規定使ってんだろお前!」

「こんな事に使ったりしないわ。有珠希の力が弱すぎるんじゃない?」

「―――このッ」

 今の一言にはカチンときた。額を力任せに押して退けようとするが、マキナの身体が動くばかりかその笑顔が崩れる事もなく。十分程の抵抗で全てを諦めた。

「…………もう、好きにしてくれ」

「うん。好きにするッ」

 圧して駄目なら引いてみろ作戦は失敗した。とにもかくにも先端とかその周囲とか。何とは言わないが意識しないように努める。俺の冒険はここで終わってしまった。

「ね、じゃあ合言葉を決めましょう。今日逃げた不届き者が分かったら、それを叫んでくれない?」

「……叫ぶのは嫌だな」

「じゃあ言ってくれるだけでもいいわ。そうね、己が死を忘れるな(メメント・モリ)って事にでもしましょうか。今回の規定にはぴったり」

「……それを言えばいいんだな」

「うん。誰にも言っちゃ駄目よ。二人だけの秘密。他の誰かに言いふらしたりしたらうっかり貴方を殺しちゃうかも♪」

 ゾっとしない話だ。その気になればいつでも殺せる。いつでも捕まえられる。キカイの気まぐれ一つで俺も結々芽のように死ぬのだ。いつもは満月のように白い瞳が、今日は何だか食んだように赤かった。

「……本当にね、今日は不思議な気分なの。貴方に約束を破らせないようにする手段はあるのに、それで拘束するのは違うのかなって」

「…………脅しは十分拘束だと思うが」

「私が一々警告してから殺す優しさを持ってると思うなら、有珠希の眼には異常があるわねッ」

 そりゃそうだ。彼女に倫理的な善性が一切ないからトントン拍子にここまで来られたとも言える。眼に異常があるのは……元々だけど。

「……空気を読んで、そろそろ離れてくれないか。流石に帰らなきゃ都合が悪い」

「そうなの? じゃあ離れるけど……んーなんだかな。十秒だけ待ってね」

 十秒。

 約束は約束だ。全神経に時計の機能を備え付けると、正確なテンポで秒数を計っていく。





「……ニンゲンの心臓って、こんなに温かいのね…………貴方のだから? ―――凄く癖になりそう」


 

 連投します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前作との比較になるが、すごくラブコメしてる!
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