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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅱnd cause カラクレナイの女

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命の巡り

「ブランコ漕ぐのとか久々なんだが」

「まあいいじゃない! 楽しいんだから!」

 食後の運動も兼ねてブランコに乗る事になった。理由は二人共説明出来ない。この楽しい気持ちをどうにかしたいと考えた結果ここに行きついただけの事だ。門限の事など頭から抜けていたし、妹から鬼のように送られて来たメッセージについても最早気にならない。

 今はただ、この時間を。

「…………そうだ、マキナ。実はお前と会ってない間に、気になる噂を聞いたんだ」

「ん? それは『部品』に関係する事かしら」

「関係してくれないと色々な意味で困るな。超能力の筋には詳しくないんだ」

 あれが超能力だとすると、色々と察しているっぽい未紗那先輩もまたサイキッカーの一人だと考えられる。ただでさえ『部品』回収で話がややこしくなっているのに超能力まで絡んで来たらいよいよお手上げなのは事実だ。俺に誰を頼れというのか。

「いいわ! 言ってみて。この時間に水を差すみたいだけれど、話題くらいでこの気持ちは変わらないもの! で、何々? どんな噂を聞いた訳?」

「あーいや。えーと病院から入院患者とかそもそもの診察者が減っていってるって話があってな。調べに行ったら従業員まで居なくなってたんだ」

「ふーんッ…………えッ?」

 マキナはブランコの揺れに合わせて跳躍。キカイに寒さという概念があるのかは分からないが、今日はタイツの上からチェックのミニスカートを履いていた。あまり激しく動いてくれると何かの間違いで下着が見えたりしないだろうか。

 

 ―――何考えてんだ俺は。


 自分で勝手に話を逸らすな。

「それは妙ね。普通は施設の事情に関係なく―――でも、そっか。必要としてる人が居なくなればそりゃ従業員だって来ないわね。ならではの欠点っていう所かしら。あれ? でも必要なくなるなんて事があるのかしら。ニンゲンに」

「お前も同じ所に行きついたか。俺は市立病院で確認したが、ネットで調べた感じじゃこの地域で次々と病院が潰れてる。小規模とか科の種類とか関係なくな。ここで一番近いのは歯医者か。全然こなくなったってよ」

「確認済みならそれは噂じゃなくて事実じゃない。話はそれで終わり?」

「…………いや、まだあるんだ。実は病院に確認しに行ってて、馬鹿げてるとは思うけど看護師の人に捕まりそうになったんだ。赤い糸が真横に伸びた変な奴で、その―――かなり激しめの抵抗をしたんだけどぴんぴんしてたんだよ」

「具体的には?」

「―――顔面を踏み潰した」

「わーお。バイオレンスね!」

 未紗那先輩の名前を出さないのは、単に話がややこしくなりそうだと思ったからだ。それこそ余計な部分の話題であり、マキナだって見ず知らずの先輩について色々と話されても困り果てるだろう。だから俺の手柄―――もとい、仕業という事にしておいた。

「それで……まだ元気だったの?」

「そうだ。あれにはマジでびっくりした。それで…………違ってたらそれでもいいんだけど、お前が落とした部品の中に、そういう力? 規定を持ったのってあるのか?」

 話の落とし所が見えたようだ。マキナは渋面を浮かべ、申し訳なさそうに頷いた。

「……心当たりならあるわ。確かにそれは部品の可能性があるわね」

「どんな部品なんだ?」

「それは直接この目で確かめてみないと……有珠希はその人を見たんでしょ? なら約束の時間になったら病院に行きましょっ」

 そういうものなのだろうか。確かにマキナは結々芽の殺人現場を見て部品及び『規定』を推定していて実際にそれは正解だったが、俺の説明だけでも分からないとなるとこいつの部品は一体幾つ存在するのだろう。少なくとも一桁で収まる事はなさそうだ。

「……だったら今すぐに行けばいいんじゃないのか?」

「今すぐ? それじゃ約束の時間になったら白い糸の実験しか出来ないでしょ? それでやる事がなくなったら解散するしかなくなっちゃうじゃない!」

「……?」

 どうも彼女の言いたい事は分からない。やる事がなくなって解散するしかないと言われても、それは自然な物事の道理であり、抗ったりするようなものではない。俺達が離れたら世界が滅亡するとかそういうのもないし、何を言っているのだろう。


 ―――まあ。俺的にもそっちの方が有難いけど。


 家に帰りたくないが、退屈なのもそれはそれで嫌だ。マキナの都合は知らないが、解散したくないならその方がいい。俺にも負担が少ない。

「そんな事よりも、私は有珠希の事が知りたいわッ」

「俺の事……? そうは言っても、この糸以外に特別なものとかないぞ」

「別に何でもいいわよ。好きな食べ物から今までの恋愛遍歴まで、貴方の事なら何でも知りたいわ!」

「何でもって言われてもな。そんじょそこらの人間と経歴は変わらないぞ。変わった事と言えば昔にお前みたいな不思議な人と出会ったくらいか」

「私はヒトじゃないけど、どんなヒトなの?」

「そもそも俺の視界は最初からこんな酷いもんじゃなかった。一日経つ度にどんどん悪化していったんだ。自分で言うのもどうかと思うが昔はもっと素直だったから、本当に苦労した。糸が見えるって話、色々な人にしてた記憶もあるけど……ま、戯言だと思って聞き流されてたんだろうな。その人とはそんな時に出会ったんだ。見た時から不思議だったよ。他の人が赤い糸に繋がれてるのに、その人だけ向こう側が透けて見えるくらいの透明な糸に繋がれてたんだ。しかも一本だけ。外国人だったのかな、全然普通の人って感じがしなかった。お前と会った時みたいだったよ」

 その出会いは、今も鮮明に思い出せている筈なのに、この記憶が女性の存在を劣化させている。どんなに鮮やかな記憶でも、あの美しさだけは再現出来ない。

「…………それは、おかしいわね」

「何がおかしい……いやまあ、おかしいのは分かるけど」

「違うわ。その頃の貴方って赤色の糸以外が見えたの?」

「いや……その人以外にはなかったよ」

「そこよ。いい有珠希? 因果の視覚化っていうのはね、人類そのものを俯瞰してるに等しいのよ。この際原因は置いとくとして、貴方の力は貴方に理解しやすいようにされてる。貴方は全く意味分からないとか言うかもしれないけど、貴方という人間にとって最も理解しやすい形が赤い糸なのよ」

 何を言ってるのかさっぱりだが、マキナに未来を言い当てられたのは癪なので黙っておく。

「でもその人は色が違った。一本だけってのもおかしいわね。赤い糸は貴方にとって普通の人間という証の筈。ねえ有珠希。その人は本当に人間だったの?」

「おかしな事言うなよ。お前と同じくらい人間だよ」

「―――分からないって事ね。まあ、十中八九違うとは思うけれど」

 仮に違ったとしてもこの思いが変わる事はない。あの人はきっと大切な事を教えてくれた恩人だし、マキナは現状唯一の俺の理解者だ。キカイだろうが何だろうが知らない。別にそこまで人間に拘っているつもりもない。

「―――有珠希。もし私が自分がキカイだって事を隠してても、貴方は協力した?」

「したよ。キカイキカイって言うけどそんな詳しくないし、だいいち隠されたら見抜くのなんて無理だぞ。どう見たって人間の女の子な訳で」

 強いて挙げるとしたら知り合いの中で一番胸が大きいくらいだが。それで人間じゃない扱いをするのは流石に極端すぎる。

「あら、貴方の友人を殺した時にも同じ事が言えるのかしら」

「あれは……そもそも俺が殺されかけてたのを知らない馬鹿だったってだけだ。服の規定を変えてくれた時も別に怖がらなかったろ。お前が人間だろうがキカイだろうが関係ない。約束さえ守ってくれるならな」

「月を見せるって約束ね! 大丈夫、どんな事があってもちゃんと守るわッ。それで、答えたくないなら別にいいんだけど。貴方は糸が見えなくなったら何をするの?」

「…………別に、何も」

「何も?」

「この糸が煩わしいってだけだからな。無くなったら日常生活に戻るってだけだ。うん……本当にそれだけだろうな」

 全てが終わったらという話を誰も切り出さなかった。話すまでもない事だ。部品が集め終わればマキナが俺の傍に居る理由はない。俺も、これ以上妙な事に首を突っ込む意味はない。俺達は取引相手だ。取引が終われば自ずと他人に戻るだけ。ましてキカイなどと超常の存在は、これ以降二度と会う日さえ訪れないだろう。

 それを自覚したくなくて。俺は口を噤んでいた。せっかくの愉しかった時間も、嘘になりそうで。約束の時間までの猶予がようやく一時間進んだ。まだまだ長い。長すぎる。永遠にも思える時間は幸福だった。

「……家に帰りたくないなら、このまま一緒に居ない?」

「―――別に、いいけど」

 ブランコを降りて、俺達はジャングルジムに移動した。こんな時間まで遊び耽る子供はいない。どう足掻いた所で今は俺達が独占出来る。

「私ね、手伝ってくれる人が貴方で良かったと思ってるわ」

「……まあ、俺しかない力だもんな」

「ううん、そういう事じゃなくて」

 遊具の頂点で、マキナは器用に寝そべった。



「すっごく楽しいの♪ 有珠希との何もかもが。貴方を瓶詰めに入れて持ち帰りたいくらい! 部品なんてどうでもよくなるくらい!」



 あ、取引は守るわよとキカイが笑う。今のは物の例えとも言いたげだが、俺も同じ気持ちなので、野暮な突っ込みはしない。二度と会えないと予感しているなら二度と離れない。これはそれだけの真っ当な話。

 


 俺も、お前に会えてよかったと思ってるよ。



 もしもお前と二度と会えない代わりに糸の力を失うとしたら―――多分。俺は。























 約束の二十一時が訪れた。時計の針はこの上なく綺麗に九を指している。

「じゃ、予定通りに行きましょう」

   

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