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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅷth cause ミライ争奪戦

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203/213

イテキノメタノギサウ

「………………ガアアアアアアアアアア!」

 勝負は一瞬にして決着する筈だった。胴体を狙った一撃を何とか躱して、それでも腕一本を失った。人間はそれだけでも死に瀕する。奇跡的に一手動けたとしても、俺にはクデキを殺しうる一撃がない。そもそもキカイは何処が急所なのか。

 消えた片腕がバランスを乱し身体が崩れ落ちる。クデキは馬乗りになって、俺の心臓めがけて五指を突っ込んだ。

「セエカ。セエカ。ウゾンシノスリア!」

 血液が改定されていようと関係ない。クデキは物理的に『意思』の規定を取ろうとしてくる。あれがとられてしまえばお互いに戦う理由はなくなる。生命維持装置のなくなった俺は死ぬし、クデキは目的を達するのだ。だから他の何を犠牲にしてでも俺はこれを止めないといけない。貫かれた胸の中に手を入れて、血液の海を手探りにクデキの指を掴むと、関節が引き千切れそうな勢いで彼の指を反対側に捻じ曲げる。

「フウウウウウウウウウウウウウウウ!」

「ううううううううううううううううううおおおおおああああああ!」

 致命傷の内側でこんなやり取りをしてもじり貧なのは明らかだ。力むから出血が酷くなって意識を混濁させる。酩酊にも似た頭痛も今や虚ろな微睡みへと変わりつつある。楽になりたいと体が叫ぶ。しかし本能がそれを許さない。理性もそれを抑えない。何より人としての矜持が、敗北を認めない。


 考えていた。


 キカイの急所は何処なのかと。心臓を貫いても死なない。というかそもそも心臓っぽい場所に部品があるだけで、まともな生物の構造は考えるだけ時間の無駄だ。身体を散々破壊してもすぐに修復し、まだそれを始めていない時でさえ言語機能に一切の支障がない。普通に倒そうとするのはまず不可能だ。だが……それでも行動不能に追い込む方法があるとすれば。

「さあああああああああああああああああああせええええええええええええええるううかあああああああああああ!」

 手が、手が足りない。もう二つ手があればそれでいい。二本だけではあまりに頼りない。片方の手でナイフを持ち、片方の手でクデキの侵攻を抑える。それがどんなに難しい事か。


 キーキーキーキーキーキー。


 重くて長い物を引きずるような音。クデキも俺も全神経を集中していてそれどころではない。この音の発生源が何であるかなんて。そんな些細な事が勝敗に直結する筈が―――





「首を切れ! 諒子おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」





 首。

 マキナは全身をバラバラにされた事で部品を失った。首一つだけでもだいぶ違うだろう。狙いに気づいたクデキは、しかし手を止めない。一瞬でも早く手が届けばそれで勝利なのだから当然だ。

「式君は―――」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアセナハアアアアアアア!」



「私がまもるんだあああああああああああああああああああああああああああ!」



 諒子が脇から大きく振り下ろした薙刀が、クデキの首目掛けて突き出される。『振動』の規定を宿したそれは普段であれば逆手に取られたかもしれないが、事この状況において、クデキにそこまでの余裕はなかった。穂先が滑らかにキカイの首を寸断し、その活動を物理的に停止させる。

 諒子の貧弱な身体ではその一撃が精一杯だったようだ。薙刀を放り出し、腸を抉られた俺に駆け寄って―――おろおろしている。

「し、式君。はあ……だ、大丈夫、か? 守れたか?」

「…………………………」

 駄目だ、俺の方も喋れない。溺れているかのようだ。今はとにかく空気が欲しい。部品の力は本当に強固で、腹に穴が開いた状況下でもまだ辛うじて生存を可能にしてくれている。口をパクパクさせて、何とか伝えようと試みると、彼女は一瞬頬を紅潮させたが―――躊躇わず、俺と唇を重ねた。

「………………!」

「…………く、空気だなッ。すぅーふッ」

 肺がないのに呼吸をしている。

 出血多量の致命傷でありながら、血液は正常に循環している。この矛盾した状態は病院に連れ込まれてどうにかなるとは思えない。それに、そんな時間はない。クデキから―――マキナの部品を取り戻さなければ!

「―――有珠希さん!」

 規定によって隔離された部屋から兎葵が飛び出して来るや否や、状況も把握しない内に俺の所に飛び込んできた。

「だから……だから言ったのに! 何で…………!」

 目が泣き腫れていて、兎葵はすっかり別人になってしまった、俺の事をどうにか言えた顔じゃない。昔の写真と見比べて同一人物だとはとてもとても。まだ会話は出来そうもないが、どうしてだろう。次第に諒子の顔が青ざめていくような。

「―――君? ――――――! ――――てくれ!」

 涙は水分代わりにはならない。だから俺を助ける為に泣くのはやめて欲しい。諒子だって笑顔が似合う。穏やかに笑っていてくれればそれで十分だから、どうか泣き止んでくれ。涙で視界が曇っていく。


 ――――――あ、れ?


「止めて…………クデ……さん!」

 視界が曇るのは、単に視力の…………



「――――――!」

「―――!?」

「―――!」

「―――」

 



 ああ、もう。どうでもいい。














 






『兄さん? 身体の調子はどうですか?』

 忘れようもない妹の声。それは覚えのない記憶でありながら、二度目の再現。違いがあるとすれば、視点がベッドの上にあるという事だ。


「目覚めたようだな」


 セピア色の場面を無視して赤銅色の髪をした男が話しかけてくる。どうやら俺も場面を無視して動けるようだ。視点は飽くまで固定されたままだが、仮に横を向いた所で上に跨る妹の反応は変わらない。


「…………ここは……」

「冥土の土産という奴だ。真実を教えてやろうと思った。残りの力を全部解いてやったんだから、感謝しろよ。お前はまるで答えを得たかのように動いていたが……今だけだ。今だけがありのまま、思考を進められるだろうな」


『お身体の方は大丈夫ですか? ご両親に刺されたと聞きました。今は何ともないかもしれませんが安全だって保障は出来ません。私の家で療養するのは如何でしょうか』

『…………牧寧ちゃん。それは出来ないよ。兎葵がさ、買い出しに行ってくれてるんだから。危険を冒してるんだ。だから、待っててやらないと』

『……暫く戻らないんですか?』

『暫く戻ってこない、って言った方が正しいね』

『そうですか。では…………』

 

 記憶は途切れず、妹は満面の笑みで俺に向かって首を傾げた。


『今のうちに済ませましょう。兄さん。大好きで愛おしい私の有珠。貴方が好きです。どうか、私と家族になってくれませんか? ウサギちゃんなんか捨てて』

『…………何、を?』

『答えはイエスかはいだけですよ? だって今の兄さん、とてつもなく弱いじゃないですか。ウサギちゃんが居ないと何にも出来ない…………でもそれ、ウサギちゃんしか出来ませんか? 違いますよね? 私にだって出来ます。だから、ね? 私に養わせてください。兄さんの為に私、今まで頑張って来たんです』

 


 

 思えば、そう。おかしかった。致命的に何かがズレていた。仮にそうでなくても、一度や二度疑う機会はあった。でも俺は僅かに引っかかるばかりで、真面目に疑問として捉えなかったのは何故か。


『…………何を言ってるか分からないよ。僕は兎葵の兄だから。牧寧ちゃんの事は妹の様に思ってるけど、兎葵を捨てるなんて』


 疑問に思えなかった。疑えなかった。その立場はどんな事があっても絶対的だという思い込みが働いていた。それは個人の感情で済まされる小規模な強権ではない。


『…………ああ……兄さん。兄さん…………悲しいです。私悲しいです…………ううううううう』

  

 パリン、パリン。

 牧寧が硝子を割っていく。涙を流しながら、その手には包丁を持ちながら。


『何、を』

『…………いっそ手に入らないのなら、ウサギちゃんに残しておくのも嫌になってきました。バイバイ、兄さん。私の物にならないなら、死んでくださいな』 




 身動き一つとれない視点で、俺はセピア色の牧寧に心臓を貫かれた。痛みはない。刺されたのは有珠希ではなく有珠。俺とは違う、自分。

 ヒントはずっとあったのに、俺は気付かなかった。気づけないようにされていた。あからさまにおかしかったとしても、それを『認識』出来ないようにされていた。




「……………………何を言うつもりもない。幻影事件以降、世界が決定的に変わってしまったのはそいつが原因だ」

「……………………………」

「無論、俺のせいでもある。俺も有珠が死んで取り乱していた。もっと他にやりようはあっただろう。そこは否定しない」

「…………………じゃあ。…………何で、お前は。…………………メサイア・システムなんか」

「そんなの決まっている」








「そいつから兎葵を―――守る為だ」








 『認識』の規定所有者、そして始まりの元凶である≪式宮牧寧≫の虚像を恨めしそうに睨みながら、クデキはセピア色の壁に背中を凭れて呟き始めた。




「そういう……取引をしたからな」

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