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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅱnd cause カラクレナイの女

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それでもセカイは回ってる

「……美味いけど、なんか変な感じだな」

「味付けを間違ったなんて事は無いわよ。だって私キカイだもの。レシピがあれば寸分の狂いなく作成出来る……筈よね?」

「そこは自信持てよ。味の事じゃない。顔が変形してるから口を動かしてると違和感がな」

 彼女の参考にしたレシピというのはネットに出回っている朝食の一種だ。オリジナル料理でなければ満足しないと言えるような立場でもなければそもそもそんな拘りもない。美味しいならそれで十分だ。いつもいつも適当な朝食ばかり食べていたせいで余計に美味しく感じる。

 マキナは善人面をしないし。自分で作った料理をこれ以上ないくらいの笑顔で食べているし、ストレスの原因になる物が何もない。幸せな一時と言っても……まあ、過言ではない。しかしそれを口にすると何だか調子に乗らせてしまう気がするので黙っておく。

「…………凄く今更なんだけど。お前って本当にキカイなのか?」

「何よ、まだ疑うの? せっかく汚れない服にしてあげたのにッ」

「いや、そういうんじゃんくて……俺の言うキカイってなんかこうゴツゴツしてるっていうか硬いっていうか無機質っていうか……だからお前がキカイって言われても、まあ変な存在なんだなとは思ってるけど、キカイとは違うんじゃないかって」

「……とんでもない侮辱ね。まあでも、ニンゲンのイメージならそうなるのかしら。そういう事だったら証明は出来ないわ。私は別にニンゲンの手で作られた物じゃないし。生まれた時からこんな感じよ」

「生まれた時から……生まれた時から美人なのは、羨ましいな」

 それはそれである種の不老だ。生まれた時から成熟しているならそれ以上もそれ以下もない。美しさを求めるならマキナの様な状態は願ってもないのだろう。男である俺でさえちょっと羨ましい。ただでさえそこまで格好良くはないのに、今は顔が変形しているせいで猶更酷い事になっているから。

 マキナが何故か黙った。何の事は無い。何故か頬を赤らめて頬張っていたから口が開けないだけだ。

「―――自分の美しさはある程度自覚してるつもりだったんだけど、何でかしら。有珠希に言われると凄く嬉しいわね!」

「まあ捻くれてるもんな……そりゃ、滅多に褒めたりしないよ」

「もっと言って!」

「調子に乗るな」

「あははッ! こんなに楽しい食事は初めてかもッ」

 だからキカイっぽくないと、俺は言っているのだ。そんなに表情豊かで、普通の女の子みたいに喜ぶキカイがいて堪るかと。そんな彼女との時間が、今は唯一の癒しだった。

「テレビでも見る? あ、そう言えばテレビ越しにも糸って見えるの?」

「見える。絵画とかなら出ないんだけどな。違いは何処にあるんだ…………か?」

 テレビを食いいる様に見つめたのは何年振りだろう。娯楽のごの字も知らない幼い頃の、本当にそれっきりではないか。


 赤い糸の隣に、白い糸が生まれていた。


「…………………マキナ」

「ん? 何何? テレビ越しに部品でも見つけちゃったッ?」

「糸って…………いや、因果って複数あるのか?」

 だからどうという訳でもない。糸が増えたからと言って全てが手遅れになる訳でも、マキナの手元に部品が戻らないという事もない。ただ、不安だった。因果に満ちた世界に映えもしないノイズが増えていくのが。

 マキナはこの世界を共有していないが、それでも今の所一番理解を示してくれている。彼女がいなければ、俺はこの糸が何なのか今も分からないまま惰性で過ごしていただろう。

「……どうなんだ?」

「意味が分からないわ」

「いや、赤い糸だけだったのが白いのも見えるんだよ」

 にわかには信じがたい顔をされた。俺にもよく分からない。だって急に見えたんだし。

「…………私にはそれが見えないから何とも言えないわね。今度と言わず、今夜実験しましょうか」

「実験?」

「前も言ったでしょ? 私は因果を実行出来るって。もし貴方の見てる白い糸が因果なら実行出来る筈よ。そしたら自ずと正体も分かって、もしかしたら部品探しの役に立つかもね!」

 成程、それは名案だ。確かにそれなら間違いない。問題は実行出来なかった場合だが、分からない物が結局何も分からなかったというだけの結果に一々悲しむような俺ではない。やるだけ得だ。ならばやろう。

「何時に集合だ?」

「九時くらいでいい?」

「分かった」

 余裕で門限を破るが、そもそも守る気が無い決まりに拘束力はない。現在時刻からしてもう出発しないと間に合いそうもないか。席を立つと、彼女はもう食器を片付けていた。

「ご馳走になった、すまん」

「謝る必要なんてないのに。こんな楽しい食事は初めてよ! 有珠希、ありがとねッ!」

 

 ―――ッ。


 堪えろ。

 学校に遅刻する。その鮮やかさは日光みたいなものだ。眩しいのは当たり前だ。決して触ろうなどと思ってはいけない。火傷すると考えろ。

「…………じゃあ、行ってくる」

「うんッ。またね!」

 一々新鮮な反応を返してくれるマキナに見送られ、俺は登校路についた。非日常の世界から切り離された事でまた不愉快な日常が帰ってくる。お蔭様で気が付いたが、まだ寝間着のままだ。免罪符を用いればそれでも許される格好だがそれは俺の矜持が許さない。進路は自宅へと切り替わった。登校の時間帯に帰宅するのは俺くらいなものだ。

 

 ―――また泣いてなきゃいいけどな。


 他の家族はどうでもいいが、気がかりなのは可愛い方の妹だ。何故か俺の事になると途端に涙脆くなるから、違う意味で心配というか、彼女が泣くと俺が悪い事でもしたみたいで……実際そうだけれど。

「…………」

 どうやって入ろう。記憶が確かなら自室の鍵は閉めてある筈なので、家族が俺の不在に気が付いていない可能性もなくはない。結々芽は家族の眼が届かない場所で死んだので、予測が正しければまだ認識は歪んでいない。彼等はあの悍ましい死体を見てないから。そんな家族は結々芽を俺の恋人か何かだと勘違いしていたので、夜によろしくやった結果まだ眠っているとかそんな風に考えている可能性……考えていてくれないと、また別の場所で問題が起きそうな気もする。



「呆れました。そんな恰好で学校に行くつもりですか?」


 

 自分の家を下見する空き巣を咎める声が一つ。少女の姿に見覚えは無いが聞き覚えは合った。それは確か河原で寝転がっていた俺に声を掛けてきた子であり、藍色のダウンジャケットとダメージジーンズ、耳の長さで揃えたツインテールが特徴的な―――というか、俺の周りに似たような女性が居ないので一目見ただけでも記憶に残る。

「君は…………いや、違うぞ。自宅に制服を取りに来たんだ」

「夢遊病ですか?」

「違うけど……まあ、もうそういう事でいいや。不審者っぽいのは放っておいてくれ。俺は今どうやって制服を取りに行けばいいか考えてるんだから」

 少女はジャケットのポケットに両手を突っ込むと、ぼんやりと俺の家を見上げる。

「…………堂々と玄関から入れない理由でもあるんですか」

「まあ……あ、助けてなんて言わないぞ。そういうのは嫌いだから」

「私も言いません。そういうの好きじゃないですから」

 じゃあ何で話しかけてきたのか。少女を視界から外して思案に耽ろうとしていると、彼女は突然家の玄関まで歩き出し、インターフォンを押した。

「……は!? え、ちょ。な、何の用で!?」

「別に何の用でもいいじゃないですか。貴方には関係のない事ですよ。それよりも、早く制服を取りに行かなくていいんですか?」

 確かにその通りなのだが、この釈然としない感じは何だろう。考えている暇はなさそうだ。このまま棒立ちだと両親ないしは姉妹に見つかってしまう。慌てて外壁を上って屋根に飛び移ると、そこで丁度下の方から父親の声がした。

「はい。何の……用でしょう?」

「すみません。あの少し道を尋ねたいんですけど、よろしいですか―――」

 用事とやらもハッキリしない。本当に道を知りたいなら他の人間にだって頼れるだろう。もしや俺は上手く乗せられてあの少女を救世主にしてしまったのではないか?


 ―――まあ、いいか。


 助かったのは事実だ。赤い糸と白い糸の混じる人間に感謝はしないが、今の内に制服に着替えよう。妹からの手紙も読み忘れたので持っていくとして、慣れた手つきで着替えを済ませる。窓に足を掛けた時には用事も終わったらしい。玄関が閉まり、少女は道路の方からつまらなそうに俺を見上げていた。

 猶予時間はもう五分とない。少女と話す時間も惜しい。

「学校に遅れそうだからもう行くわ。用事は知らないが、お前も遅れるなよ」

「近道、ありますよ」

 言霊の力で足を止められる。

「…………教えて、とか言わないぞ。お前も助けようとは思わない」

「は? 勘違いしないで下さい。誰が貴方に道を教えるって言いましたか。教えたりなんかしませんよ。近道があるってだけです」

「じゃあ言う必要ないだろ!」

 少女はポケットに手を突っ込んだまま歩き出した。

「急いでるみたいでしたから。遠回りするなら止めませんけど」

「―――なんだそりゃ。教えるのか教えないのかさっぱりだ」



「―――付いてきたいなら勝手についてくればいいじゃないですか」



 少女はぶっきらぼうに言い捨てて、それきり喋らなくなった。見ず知らずの人間を信じようか信じまいかはいつも悩ましいが、学校に遅れた所でどうにかなる訳でもない。見ての通りの不良学生だ。信じるだけ得をするなら―――信じてみてもいいか。























 

 走らなければ間に合わないと思っていたが、早歩きで間に合ったとは意外だ。当たり前のように家の外壁をよじ登ったりと人というより猫が使いそうな道を使った記憶しかないが、間に合った事実については動かしようがない。

「……マジか」

「間に合って良かったですね」

 少女はそのまま学校を通り過ぎていく。あれから俺の顔を一度も見る事はなかった。

「……ちょっと待った!」

 今度は俺の方から声を掛ける。少女は足を止めて、半身で振り返った。

「何でしょうか」

「お前の…………名前が聞きたい。お礼とかじゃなくてその―――い、いいだろ別に! 名前くらい!」

「………………羽儀兎葵はばぎとまり

 少女―――兎葵はもう、振り返らなかった。


「名前を聞いたんですから、忘れないで下さいね」


 親切なのか不親切なのか、発言に一々棘がある少女の背中を見送って、俺も学校へ歩いていく。





 ―――そう言や、何で俺はタメ口だったんだ?





 見るからに年下だが、仮にも他人だろうに。

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