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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅷth cause ミライ争奪戦

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ミライが紡ぐ戦火

「有珠希、殆ど鞄に入れといたわよ」

「ああ、すまん。ありがとな。内緒で協力してくれて」

 昨夜は珍しく早く寝て、俺達だけが早起きをした。諒子や兎葵に不信感があるという訳ではない。ただ、昨夜マキナに言われた事が気になった。


『兎葵とアイツって訳アリみたいだし、いざという時の手札は隠しておいた方がいいんじゃないの?』


 たっての希望で昨夜は二人で眠っていたのだが、そんな時に言われて頭が真っ白になったのは言うまでもない。布団の中で身体を密着させ、指を組みながら微睡む瞳を見つめあって眠りに落ちる。あれはそんな最中の進言だった。

 俺も、その可能性は考えなかった訳ではない。兎葵は俺に戻ってほしくて協力関係を続けているものの、クデキの方から甘い誘いがあればコロッと裏切ってしまう危うさもある。アイツの求める『有珠』と俺は決定的に違うのに、同一視されている。裏を返せば分かりやすい。俺の信頼は、そもそも『有珠』ありきで成り立っているのだと。

 だからこうして二人きりで準備をしている。諒子を省いた理由は、単純に起きなかったからだ。

「作戦会議の時と随分考えてる事が違うわね。でもこんな物、役に立つかしら」

「アイツと戦う時は使えないよ。ただ、道中が大変そうだからな。自分の力だけでどうにか出来るのが理想だけど、相手が相手だしそうもいかない。でもお前を連れていったら逃げられるだろ。だからまあ……妥協だよ。ま、期待して待っててくれ。人間の意地って奴を見せてくるから」

 玄関に鞄を置きに行っただけだが、マキナが廊下を滑るように付いてきた。だからどうという事はない。兎葵も諒子もまだ夢の中だ。俺だけ一人出発するのも妙であろう。ただでさえ人手が足りないのに敢えて縛る趣味はない。

「ね、有珠希。これ受け取ってくれる?」

 マキナが背中から取り出したのは金色のブレスレットだ。されるがままに手を差し出すと腕を通されて、丁度手首の所で自動的に収縮した。きつそうに見えるが、肉体は全く圧力を感じていない。不思議そうに己の手首を撫でながら訝しげにマキナを見遣ると、彼女は嬉しそうに自分の手を見せつけて、同じブレスレットを嵌めているのだと微笑んだ。

「これでお揃い! ニンゲンって愛情表現でプレゼントするんでしょ?」

「……えっと。有難う。なんか変な感覚だよ。きつくないし。何処で買ったんだ?」

「作ったの。私、今回はお留守番みたいだから。少しでも貴方の力になれたらって。もし危ないって思ったら、このブレスレットのピンを捻って押し込んでみて。一回だけ助けてあげられるわ」

 おお、実用的。

 単なる装飾品としても俺は嬉しかったが、いざという時の回避手段が増えるならそれに越した事はない。俺はむき出しになったマキナの肩を掴み、真正面から月の輝きを受け止めた。

「…………絶対に、帰ってくる。お前は大人しくしてろよ」

「…………う、有珠希」

「ん?」

「くすぐったいわ…………」

「あ……悪い」

 パッと手を離して距離を取る。マキナは身を捩らせながら気恥ずかしそうに呟いた。

「…………ねえ、有珠希。帰ってきたらね、凄く大事な話があるの。今までずっと―――怖くて伝えられなかったんだけど。頑張って言うから…………また、帰ってきて。ご飯作って、待ってるから」

 

 ドクン!


 部品の筈の心臓が、激しく高鳴っている。二人きりのこの状況だ、気持ちを偽る様な事はしない。照れ隠しを行うマキナに、俺はときめいてしまった。絶対にこの約束を守らねばと強く意識するには十分だ。

「た、多分これが最後の二人きりの時間になると思う。だから……ええっと、他に何か言いたい事があったら聞くぞ。無いなら、いいけどさ」

「言いたい事……あ、まだあったわ。ほら、朝煩かったでしょ?」

「は?」

「あれ、貴方には聞こえなかったのね。外で『式宮有珠希が未礼紗那を庇ってるから探せ! 殺せ!』って騒がしかったの。あんまり煩かったから、ちょっと口を塞いできちゃった。道中の邪魔にもなるだろうし。殺してはないんだけど」

「…………」

 嫌な予感がしたので扉を開けて外を覗き込むと、道路には数十人の男女が文字通り手と口を塞がれて転がっていた。具体的には『強度』で唇が顔の皮膚と同化して口らしき場所が見当たらなくなり、両手は後ろ手の交差する場所で溶接され、まるで一つの手首から両手首が生えたようになっていた。

「…………確かに殺してないけど」

 これは殺されるより惨い気がする。ただ体内組織が結合しただけなのでその気になれば拘束は解けるだろうが、『その気』とは皮膚をぶちぬいて大量出血のリスクを負ってまで喋りたい/手を動かしたいという意味だ。自分の体を千切ってまで動きたがる人間はおらず、現にマキナの怒りを買った全員が大人しく転がっている。

 振り返ると、マキナが「殺してないでしょ?」と言わんばかりに首をかしげていた。

「―――クデキを倒したら元に戻してやれよ。所でそいつらが俺を狙うようになったのは本当なんだな?」

「少なくともそいつらはね。じゃなかったらわざわざ貴方との時間を割いてまで出向かないわ」



「おはよう……しきぃくぅん」

「おはようございます有珠希さん。朝から早いですね」

 


 二人が眠りから目覚めた。同伴者は揃いも揃って寝起きばかりだが、これでいつでも出発は可能である。

「朝食、作りますね。簡単な物になりますけど」

「頼む。マキナが作るとやたら手が込んで時間がかかるようになるからな」

「何? 私の料理にケチつけたい訳? だったらレシピが悪いんだから、文句はそのヒトに言ってよねッ」

「そういう意味じゃないんだけどな」

「私も手伝う、ぞ。早く出来上がった方がいいからな」

 玄関を閉めて、二人の後を追うようにリビングへ行こうとすると、機嫌を損ねたように思われたマキナに腕を引っ張られた。その直後だ、向こうへ続く扉が音もなく閉まり、彼女が俺を抱きしめたのは。

「お、お、おお!? な、何だ?」

「よく考えたら、このままの流れだと言うタイミングを見失いそうッ。外の喚き声なんかよりも貴方に言いたい事がまだあったわ!」

「お、おう。ちょっと俺もお腹空いてるから手短にしてくれると―――」



「行ってらっしゃいのキス、したいッ!」


 

「……えぅ」

 間髪入れずに唇をねじ込まれ、身体を掴む手に力が籠った。突然の事で理性は対応しきれていない。本能で後ろに下がるもしがみついたマキナを引きはがすのは叶わず、どんどん後ろに追いやられていく。遂にお尻が玄関に激突したが、マキナは構わず唇をねじ込もうとしてくる。

「――――――! ちょ――――――! お――――――!」

 何度も何度も何度も身体を押し付けられる。玄関の扉が歪む勢いでマキナはそれでもキスを止めない。いっそ背中を密着させてずるずると腰を下ろしてみたが駄目だ。それに応じてマキナも崩れ落ちてくるだけ。お尻が地面に突いてどうあってもさがれない状況でも、やはりマキナはキスを止めないばかりか、更に唇を合わせてきた。

 月の瞳がズームアップして、桜のように散っていく。耳の側面と瞼に青筋のような亀裂が入って……彼女は確かに、微笑んだ。それはいつもの財宝を思わせる輝きではなく―――生物の中枢を強制的に刺激するような、オンナの微笑まどろみ。


 マキナの顔で視界が埋まって分からないが、それは確かに遠くで聞こえた。



「あ、ああああああああ! ま、マキナさんが式君を食べようとしてる……!」




〘スキよ〙〘わたしノ〙〘有珠希〙






















「うげえ。これ、全部あの人がやったんですか?」

「お陰で道中は助かるけど………諒子、あんまり見るなよ。お前に取っちゃ地獄だろ」

「…………そうでもない、な。式君とマキナさん以外は、そこまで。あ、クデキって奴もか……」

 マキナが煩いからと言う理由で無力化した人間はざっと数えただけでも五〇人を超えている。ある者は電柱に体を埋め込まれ、またある者は果実のようにその辺りの木に括りつけられ、酷い物は切り裂かれた服で全身を縛られ全くボールのようになっていた。

 殺してはない。殺しては。

「これ、やりすぎですよね。有珠希さんからすれば」

「やりすぎだけど。家出て早々にこんな奴らと戦ってたら色々保たないだろ。まず未紗那先輩と合流しないといけないんだから」

 それに考慮しなければいけない事はまだある。豹変してしまったカガラさんとの遭遇だ。あれは特別目的があった様には思えない。実際、周囲の人間を殺したら何処かへ行ってしまった訳で。あの人が今日確実に徘徊していないという保障は何処にもない。あったら大幅な消耗は避けられないだろう。

「今更だけど、俺と視界を共有してるのってこういう時に不便だよな」

「どういう事ですか?」

「まともな人間の視界が半分用意されてないんだ。俺がたまたま左側に居たら補完になるんだろうけど、そうじゃないならお前は片目を失明してるのと一緒だ。歪な視野は不便だろ。特にこういう霧がかった朝は」

「そうでもないですよ。例えばそこのT字路。有珠希さんが左を見て私が右を見れば、私はどちらの道も認識出来るんです。だから」



「式君!」



 諒子の警告が聞こえたと同時に体が動いた。やはり兎葵の視界は不便だ。どんな悪条件でも絶対的に視認出来る糸と―――気配に鋭い諒子に比べたら、汎用性に劣る。

「式宮有珠希がいたぞおおおおおおおお!」

 襲い掛かって来たのはバットを持った二人組だ。朝の八時だった筈だが、なんて活力に溢れた一撃だろう。命中したら即死していたが、命中しなかったのでそれまでだ。

「有珠希さんッ」

 兎葵の手を掴み、ついでに諒子は―――兎葵を巻き込んで躱していたので既に触れていた。こんな奴らを一々相手にしていたらキリがない。『距離』で一気に先輩の元へ向かおう。現実距離を無視した不可解な速度で景色が流れていく。新幹線から外の景色を見るよりも早く、まるで星虹のようだ。

 一息吐く暇もなく俺達は先輩の隠れ家の近くまで走ってこられたが、こちらの状況は既に最悪を迎えている。





「君は完全に包囲されている! 大人しく投降しなさい!」





 前方には、多くのこゆらーを引き連れた警官がメガホンで地下室に向かって呼び掛けていて。後方にはスーツ姿の男達がちらほらと。『距離』の力に酔いしれて、いつの間にか俺達は自ら包囲網に嵌まってしまったようだ。彼らの正体は公安。たまたま引っかかった俺達を捕えようと集まってきたのだ。

「…………全員、構えろ!」

 背中からバッグを外し、チャックに手をかける。何が起きているかを考えるのは後だ。まずは先輩と合流。それ以外は考えない!



「兎葵は諒子と一緒に動け。まずは先輩を助けるぞ!」




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― 新着の感想 ―
[一言] やはり諒子を見ると安心感があります。
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