対機電撃作戦会議
妹の所で食事を摂ったから夜食は要らない。俺だって度胸があるならそうやって言いたかった。諒子にも「遅いぞ!」と怒られたばかりだ。これ以上自分の体に要らぬ負担をかけない為にもハッキリ言ってやった方がいい。事情を知る兎葵は何も言わず、俺の判断に任せてくれている。だから俺も、マキナに言うのだ。
「有珠希! 見て見て、完璧でしょ? 凄いと思わない? ねえねえ!」
だが彼女のキラキラした笑顔を見てしまったら、そんな言葉も喉の奥へ流れてしまった。時間帯に拘らず、マキナはいつまでも輝いている。得意げな顔をするその傍らには、ケーキのレシピが乗っていた。
「…………お、おう。でもキカイだから、レシピがあれば出来るんだろ」
「材料が無かったの! 私ってばうっかりしてたわ。ニンゲンの食事って手間がかかるのね」
「お前は食事要らないもんな。娯楽か?」
「今は……あった方がいいくらい? 有珠希の身体ですもの。頑張れば何も食べなくても賄えるけど。それにしてもタイミングばっちり! 貴方はどれが食べたい? どれでもいいんだから!」
マキナに配膳のセンスはない。ケーキが真ん中にでかでかと佇んでいるが、周りを囲むのは塩焼きにされた魚やナポリタンなどてんで規則性がない。作りたい物をとりあえず作った結果生まれたような食卓だ。しかし頑張って作ってくれたのは分かる。張り切り過ぎているというのも、分かった。
兎葵に肘で脇腹を押される。何か言え、と指示されている気がした。
「ああうん。えっと……取り敢えず座らないか? 全員さ」
「ちょっと!」
「まあいいだろ……俺が頑張ればいい話なんだから」
アイツの笑顔には代えがたい。それに諒子の方は腹ペコだ。病弱に見えるのは食が細いからという可能性もある。二割増しくらいでいいから、今日はいつもより多く食べてくれたら嬉しい。レシピ通りなら味の心配をする必要もあるまい。
「はい、あ~ん!」
「いやいいわ。流石にもう身体も元気だし」
「ニンゲンの愛情表現って聞いたわよ?」
「愛情表現……いや間違ってないけど、なんか違う。お前そういうの何処から仕入れてくるんだよ。ネットか? ネットなのか? ネットに毒されてしまったのか?」
「毒?」
「あー! そうです思い出しました! いや追求する瞬間が無かっただけですけどー!」
一瞬の内に様々な反応があったものの、一部会話として成立していない。犯人である兎葵はマキナに向かって手を出して、バタバタと指を動かした。
「私の携帯返してくださいっ」
「携帯? 預けてたのか?」
「違いますッ。諒子さんに貸してあげたらマキナさんに吸い込まれたって聞いたんです。返してください!」
思い当たる節は、何故かマキナから電話が掛かってきた事くらいだ。あれは兎葵の携帯を奪っていたのか。
「吸い込んだって何だ?」
「え、えっとだな。マキナさんの手から体の中にスゥーって入ったんだ」
「―――流石に可哀そうだから返してやれよ」
「嫌! 有珠希に電話出来なくなるでしょ?」
あれ以来電話をされた記憶がないので、マキナの理屈は破綻している。兎葵は頭を抱えて親子丼に顔を突っ伏しそうになっていた。今更だがケーキ周りの料理も中々ヘビーだ。このケーキ、一体誰に食べさせよう。俺だけで食べるのは不可能に近い。八十センチくらいあるし。
「……本当、最悪」
「……俺の料理、要るか?」
「お断りします。これ以上食べたら太りそうです。ていうか最近太った……」
「俺にはそんな風に見えないけど、ダイエットするのか?」
「タイミング。この時期にそんな事をする訳がないでしょうが。それよりも早く夜食を終わらせましょう。私達には話し合わないといけない事があるはずです」
ケーキ食べるの手伝いますから、とそっぽを向いて言われる。兎葵が食べてくれるなら少しは楽になってくれるだろうか。俺達の打算的なやり取りから外れて、諒子は一心不乱に料理へかぶりついていた。豚肉と野菜を蒸した……何というのだろう。余程舌に合ったらしい。
「有珠希。あーんしてくれるかしら」
「甘えんな馬鹿」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは! ニンゲンに蔑まれる覚えなんかないわ……本当にしてくれないの?」
「―――じゃあ一回だけな」
話し合わない事。それはマキナにも混じってもらった方がいいのだろう。
けれども本人がこれだ。話し合いなんて、出来るだろうか。
ケーキは何とか四人で食べ合って、完食した。俺はもう、二食分食べたので腹が重い。どちらかと言えば太るのは俺ではないだろうか。しかしながら体の大部分をマキナに譲った前提がある以上は、むしろ太った方が良い。血肉を増やせばそれだけ身体が正常に戻る。
「食後の休憩って奴ね。どれくらいすればいいのかしらッ」
「んなもん決まってるか。兎葵。動けるか?」
「…………一応。元気なのは諒子さんだけですか」
「え? ……ああ。家、貧しかったからな。こんなに食べた事ないんだ」
敢えてマキナを無視したのは嫌がらせだろうか。本人が気に留めていないようでは嫌がらせとしてあまりにレベルが低い。冷蔵庫にあったお茶を飲みながら、お腹の調子を整える。体内に刻まれた苦しみは腹を下しても不思議ではないのに、その体内が致命的に空っぽなのでそうはなっていない。純粋に痛みだけが生じている。治し方が分からない。
「式君。強いな」
「お前が弱いだけだと思う。これは」
本題が始まるまで俺は机で諒子との指相撲をしており、マキナはそんな俺達の戦いを楽しそうに見届けている。決まって俺を応援してくれるし、勝ったら俺以上に喜んでくれるので微妙にやり辛い。しかしこの身体の不愉快を和らげるのにマキナの感触は最適解なので、一々行われるハグ等は喜んで受け入れる。
「……式君の……すけべ」
何か言われたが、気にしない。二食無理に食べなければならないという不幸が、この幸福を呼び込んだ。世の中そんなものだ。
「もう一回ッ」
「ハンデ要るか?」
「要らないッ」
「頑張って、有珠希!」
今宵のマキナはノーショルダーの白いセーターを着ており、肩から鎖骨、鎖骨から首にかけて美的なエロスがある。当初から持ち合わせるその美貌も併せて、今だけは天使のようだ。少し前まで俺を縊り殺しかねなかったというのに、感情の起伏もとい上限と下限が激しすぎる。月の瞳は間接照明のように淡く光り、目に星のマークを作ってはくるくる回して俺の手を見つめる。これでも一応、審判だ。
「あのー。遊びはそこまでにしてください。いよいよ本題に入ろうと思うんです」
兎葵は空間に固定してもらったホワイトボードにペンを走らせ、ずばり今日の議題について明言した。
「クデキさんをどうやって倒すのか、です」
マキナがつまらなさそうに振り返って、一言呟いた。
「アイツが逃げられないようにしてくれたら、後はこっちが勝手に殺してあげるけど?」
「それが私達三人だけで簡単に出来るなら苦労しませんよ。殺したいのは……有珠希さんでしょ」
「アイツは俺を殺したがってた。二度はない好機……それはよくわからないが、好機をこっちから作ってやればアイツだって退かないと思う。相手は所詮人間だからな。問題は糸……『意思』の規定がアイツにはバレてる事だ。糸を切らせてくれるかまず怪しいし、視えてる糸の絶対数が少ない」
「キカイだって万能ではない筈です。何か弱点があってくれないと……ちょっと理不尽ですね。マキナさん」
「弱点って言われても………………何かしら。有珠希分かる?」
「俺に聞くなよ。キカイじゃないんだから」
対策になるかもしれない作戦はあるが、それは接近しないといけない。キカイがどれだけふざけた存在かは今更説明不要だ。無闇に近づけば殺される。近づかなくても殺される。
「な、なあ。式君の妹が割り込んだ時……攻撃止めたよな。じゃあそれが弱点って事なんじゃないの、か?」
「ついてきてもらうつもりではあったよ。クデキの居場所を手っ取り早く探すには『距離』が適任だからな。だけどアイツ、周辺被害は抑える気配りをしてたろ。兎葵を殴らなかった理由が不明瞭な限りは弱点と言いたくないな。それで殺されちゃ元も子もない」
「……そうですね。私も身代わりになって死ぬのはごめんです」
「一つ、いいか? えっと、マキナさんの力があれば楽に倒せるん、だよな。だったらマキナさんの力を間接的に使えばいいんじゃないかなって……思ったんだが」
「アイツが同じキカイの力を感じ取れない保障はない。そもそも当てられるかどうか…………いや?」
俺なら 当てられるのではないか?




