ワタシ/私の王子様
カガラさんがリンクを送ってくれたので、それを踏んで視聴する。何処の会場だろう。東京らしいが、こんな建物は見た事がない。無数のパイプ椅子に座る記者と思わしき人々。一番奥にある大きな机には幾つものマイクが一点に向けて集中している。
赤銅色の髪と真紅の瞳を持った容貌魁偉の男が現れた。奴の人となりを知らずとも只者でないのは明らかだ。それは別に、カラーコンタクトや髪を染めている訳ではない。自前でないとこうはならないだろう。彼がキカイである事の証明は既に視界が済ませている。クデキはまるで、糸の存在を知っているかのようにそれらの糸を首に巻いていた。視えるのはその一紡ぎだけだ。
『……質問は受け付けませんが、率直に何故今日集まっていただいたのかを話したいと思います』
『メサイア・システムに所属した人が波園こゆるさんを殺害した件について一言!』
パァンッ!
固定カメラに血飛沫が滲んだ。一心不乱にクデキを撮影していた記者も思わず身をすくませて動きを止めた。俺の方も血液が邪魔をして良く分からない。SNSと並行で調べてみると、どうやら質問した記者に異常な量の血液がぶちまけられたようだった。当の記者は視界の染色で混乱し、動けなくなっていた。
『……静粛に。これはとても大切な発表です。波園こゆるさんを殺した犯人についての……未礼紗那はとても狡猾で、慎重な人です。こゆらーの皆さんや警察、公安の力を借りて捜査していますが未だに捕まえる事が出来ていません。事態の凶悪性も鑑みて、以降彼女には十億の懸賞金をかけさせていただきます』
「十億……」
個人に対して破格すぎるが、クデキの正体を知った今となっては不思議はない。マキナもそうだが人間社会にキカイは関心が薄い。懸賞金の相場なんて物も知らなければ、その金額がどれだけ大きいのかも実感として分かっていないだろう。
何故ならキカイはセカイの秩序であり、俺達ニンゲンは秩序の内側に生きる存在だ。人間社会の法を受け入れる気は毛頭ない。お金も物理的に強奪すれば良いだけだ。善意で全てが解決していた時期なら幾らでも調達出来るだろう。
『……それと、これを見ているであろう本人に告げる。これ以上不安を煽るな。世界中の経済が混乱、停滞、もしくは破綻している。国としても会社としても一個人としても、平和な様で生きるのが精一杯だ。お前にまだ救済の心があるなら……自首を勧める。そうでないなら勝手にしろ』
記者会見と呼ぶにはあまりに短い時間だったが、ともかくクデキはそのまま退出してしまった。残された記者は各々の個性で混乱しながらも、退室していく様子が映し出されて……終わり。
「これは酷いですね~」
「……うわああ!? 先輩!?」
あれだけ探しても居なかったのに、背中に密着するように未紗那先輩が立っていた。見入っていて気が付かなかったが一緒に記者会見を見ていた様だ。ブレザーを脱いでブラウス一枚になった先輩は、なんというか色々と凄い。つい見惚れていた俺を尻目に、先輩はL字に腕を立ててそこに顎を乗せた。
「記者会見って、質問の受け答えをする場所ですよ。質問を禁止して自分の言いたい事を一方的にしゃべって終わりなんて記者会見とは言えません。何の為の記者ですか? たとえ記者の都合よく解釈されたとしても話題を広める事を目的にしている筈です……流石はキカイですね。こういうの世間知らずって言うべきです」
「世間知らずっていうか興味ないだけでしょ……いやいや。先輩、勝手に現れて何を呑気に語ってるんですか。まだ見つけてないんですけど?」
「すみません、あんまり探しに来ない物ですから来ちゃいました……それにしても十億ですか。式宮君。十億ですよ? 一生遊んで暮らせるような社会情勢ではありませんが、それでも心の安定は買えるような大金です。私を売りますか?」
「先輩を十億は安いと思いますね。先輩だけって訳じゃなくてマキナとか諒子とか色々居るんですけど……お金じゃ買えない安らぎってありますからね。じゃあお金があれば俺の視界を治せるのかって話ですよ」
「案外、手術すれば治ったりするのでは?」
「……………手術も治療も、まずはお医者さんが把握する所からでしょ? 外部から目の異常が発見出来ないなら俺の妄言です。どうせ誰も信じない」
「それもそうですね…………目に見えるような異常があるとすれば、私の味方をしている事くらいですか」
まさか学校に来ているとは思わないのか、誰も侵入してこない。SNSを追う限りだと近くは歩いているみたいだが、それくらいだ。ハイドさんが行くなと言った方向で何やら集会を開いているらしく、それは彼らが自主的にやっているようであの人が誘導したのかもしれない。
―――だとしたら、有難いな。
こうして先輩と気兼ねなく話せるのは今だけだ。しかしカガラさんとの約束まで一時間半。先輩と過ごせる時間にも限界はある。残り時間を遊ぶのも良いが……まだ俺は、先輩に聞いていない事があるのではないか。
「未紗那先輩」
「はい?」
「実はちょっと予定が……盗聴してたなら分かると思いますけど。それで一つ聞きたいんです。俺は先輩に元気を出してほしくてデートに誘いました。楽しかったですか?」
そう。その言葉を聞かなければ。引き下がれない。
雰囲気では駄目なのだ。しっかりと明言してもらわないと。実際どうだったかなんて関係ない。それを言わせられるかどうかが大切だ。直前まで子供っぽく笑っていたのに、それを尋ねられると―――大人っぽい笑顔に、『先輩』に戻った。
「…………はい。とても楽しかったです。叶うなら君とこうして永遠に遊んでいたいくらい。私、永遠って言うのは基本的に嫌いなんですけど今回だけは別です。式宮君は私の為に必死にデートを考えてくれました。凄く、嬉しかったです。誰かに想われるのは、とても幸せな事なんだなって」
「……」
「メサイア・システムにいると。自己犠牲こそが究極の愛の形であると思うようになります。目的がどうあれそこに集ったのは誰かを救いたいと願った人達。誰かを助ける為なら、救う為なら死ねるような、そんな人達が集まっています。私もその一人でしたが……君と遊んでいる内に、少し考え方が変わっちゃいました」
「と、いうと?」
「死とは救済だが、死は何も救わない。私は多くの罪を犯しました。それとは知らずに無辜の人を殺してきました。そんな私に幸せに生きる権利はないから、せめて君の為にも何かしようか……なんて。そんなの、エゴ以外の何物でもない。私は君の事を思っている様で軽視していました」
先輩が力なく俺を抱きしめて、ゆっくりと胸に顔を埋めさせる。底なし沼のような柔らかさに、呼吸が沈んでいく。
「君の先輩になれて良かったと思っています。もっと、もっと遊びたいと思っています。今までは過去を振り返りすぎました。いつまでも罪とやらにしがみついて、そういう定めなのだと決めつけてきました。ですが……過去の清算より、これからを考えるべきなのかななんて思っちゃいます。だって私はキカイではなく人間ですから。自分を幸せにする為に、ちょっとくらい身勝手になってもいい筈です。何の穢れもない潔白な人であろうとするあまり後輩を困らせてしまう様なら、いっそ全てを受け入れて振り返らないのも選択肢なのではないかと」
「………………そうですよ、先輩。俺なんて身勝手の極みです。先輩も悔やんでないで、もっと前向きになってください。人を殺すのは悪い事かもしれませんが……幻影事件で、多くの人間が同じ様に手を染めた筈です。皆、目を背けてるだけ。全部忘れて、原因も解明せず、自分に後ろめたい事がないと信じたいだけです。先輩だけが気に病む必要は何処にもないんですよ」
遥かに健全な心拍の音。トクントクンと鳴り響く心臓は、その溢れんばかりの生命力を拍動に変化させていた。密着しなくても音が聞こえてしまう。それは本当に小さな音であるが、確かに先輩の心臓だ。
その身体が離れると、俺から急速に温もりが失せていく。
「本当はもっと遊んでいたいのですが、そろそろ帰りましょう」
「…………まだ時間はありますけ」
余裕ぶったつもりはないが、先輩に鼻の頭を押されて動きが固まった。改めて周囲の状況を確認しておくが、囲まれている訳ではない。灯台下暗し、学校を飛び出した学生は一人として校舎に戻らず外で探索を続けている。SNSによればこの近くに少し居るものの、それも校舎を出ない限りは遭遇しない様な小粒だ。
「君に渡したい物があるんです。それを、今日はたまたまあの地下室に置いてきてしまったものですから。丁度かよわい先輩の頼みを聞いてくれそうなカッコイイ後輩も居る事ですし、ね? 帰りませんか?」
「…………しょうがない。先輩にそこまで言われちゃ帰らない訳にもいきません。お開きにしましょうか。ちゃんと守るので、ついてきてくださいね」
「有難うございますっ。ふふ、ほんと。女性の趣味が悪い事以外は完璧なんですね?」
「―――褒めてます、か?」
「勿論です! ただし―――キカイ―――キカイの女性と懇意になるのは、やはり理解出来ませんが」
 




