きかいはおりこうさん!
「有珠希…………有珠希…………すぅ」
「痛い……」
寝ぼけたマキナさんに式君と勘違いされて、抱き枕にされている。凄く痛い。身体が本気で悲鳴を上げてる。式君ってば、こんな強い力でいつも抱きしめられてたの……?
「大好き……大好き……大好きようず…………うふふふふ」
身体が、壊れそう。式君はいつ来てくれるんだろう。私だって式君を探しに行きたいのに、マキナさんの力が強くて、動けない。足をばたつかせたり腕を叩いてみたけど、全然、気づいてくれない。どうにかして、起きないかな。
「…………マキナさん、お願い。起きて。起きて……ってば」
「絶対離さないハナサナイ放さないはなさない。ずうっと。ずうっと……うふふ♪」
「何してるんですか」
式君の妹が、立ってる。呆れたような、怒ってるようなそんな顔。崩れてるけど、多分そんな感じ。この中で一番呑気なのはマキナさんだ。式君とどんな風に過ごしているのか分からないけど、背中越しにも幸せそう。式君は知らないだろうけど、彼が帰った後のマキナさんはいつもつまらなそうにしてる。私や式君の妹との会話には応じてくれるけど、特に妹ちゃんとの会話には少しトゲがあって。勿論機嫌が良い時もあるけど、やっぱりそれも式君が居る時に比べたら全然で。マキナさん、本当に式君が好きなんだなって思う。
私もだけど……。
「た、助けて。出られない……んだ」
「無理です。その人キカイですから。私が包丁持ちだして刺した所で動きませんよ」
「じゃ、じゃあ式君呼んできてくれない……か?」
「―――有珠希さんと喧嘩したって言いましたよね。今の私に呼べると思いますか?」
そうだ。妹ちゃんは式君と喧嘩して、昨日は帰ってきた。私はてっきりマキナさんの機嫌が悪くなると思ったけど、むしろ逆で。機嫌が良くなって……眠っちゃったんだった。口から出任せを言ったんじゃないと思う。式君に対する呼び方が変わってるし。
「…………でも貴方に恨みはないので、助けてあげます。今から電話を掛けますから、自分で助けを求めてください」
「……連絡先、交換してたのか?」
「知ってるだけですよ。何処をどう調べれば辿り着くかなんて簡単に分かります……繋がりました」
後で返してくださいね、と言って式君の妹は何処かへ行ってしまった。残された携帯はスピーカー状態のまま電話が掛けられている。
『…………もしもし?』
『し、式君! あの、ちょっと助け―――』
『有珠希ぃ?』
パッと目を覚ましたマキナさんが携帯を強奪。不思議な力で携帯を体の中に取り込んで立ち上がった。寝起きにはいつも広がる顔の罅が急速に塞がっていく。
『はあ? マキナ? 何で電話知ってんだ?』
『え……ううんっ? 全然分からないわ! 私、今起きた所なのッ。ねえ有珠希、何処に居る? 何時に来る? 私、ずっと待ってて疲れちゃったんだから!』
『は? うーん……こっちはこっちでクデキの所まで近づく方法を探ってるんだ。そっちはどうだった? 収穫はあったか?』
『…………ええ。あったわよ』
え?
『三つくらい、かな? 私が本気出しちゃえば簡単に済むんだけど、有珠希が嫌がりそうだし、それくらいねッ。ニンゲンの限界が分からないからこれでも頑張って探した方なのよ? だって貴方達、脆いんだから』
『わーさすがキカイさまだすごいなああこがれるなあ』
『また馬鹿にして! それで、いつ来るの? 馬鹿にしたまま逃げようとしたら、流石の私も怒るんだからッ』
『あー悪かったよ。ハイハイ。お前も早起きだよな意外と。一段落したら行くよ。何があっても行く』
『……ホント?』
『お前にこんな所で嘘を吐く度胸はないな。ちゃんと行ってやるから、お前も大人しくしててくれよ。今、外がちょっと騒がしいけど。出来るだけ干渉しない様にしてくれ。クデキに警戒されちゃかなわん』
『注文が多いのね。でもいいわ。待っててあげる。お腹も空かせてきたらご飯も用意してあげるんだから!』
『おー。マジか……電話切るぞ。じゃあな』
『ええ! またね!』
通話が切れて、くるりと身を翻したマキナさんの顔は―――仄かに輝きながら、ツヤツヤになっていた。
「有珠希が来る! 有珠希が来る! ねえリョーコ、有珠希が来るのッ。来るんだって!」
「え、あ。うん……マキナさん。その携帯なんだ、が」
「携帯? さっきの? 邪魔だから『強度』で溶かして機能だけ取り込んだわ。何で気が付かなかったのかしら! これならいつでも有珠希の声を聴けるじゃない! うふふ、うふふふ♪」
過剰エネルギーを発散するように、マキナさんは部屋をあちこち動き回って全身で喜びを表している。つま先でターンをすれば軸足の触れた部分が液体のように渦を巻いて、海が出現して、魚が現れて。私にはさっぱり分からない。マキナさんが一体何の力を使っているのか。
「ま、マキナさんッ。さっき収穫あるって言ったけど……何で嘘ついたんだ?」
ぴたりとマキナさんの動きが止まって、私の方を見た。銀色の目が青く濁って、雲一つない空を映し出した。瞳孔が雲のように空を駆け、瞳の中にクエスチョンマークを作り出す。
「嘘ってなんの事? これから探せばいいじゃない」
「へ」
瞬きによって、瞳がリセット。上がり切った口元に罅を入れながら、マキナさんは悪意のない笑みを浮かべた。
「さあリョーコ。クデキに接触出来る方法を探しに行くわよッ。大丈夫、すぐに見つかるんだからッ」
「なんだなんだ……?」
先輩と校舎でかくれんぼしていたらマキナから電話がかかって来た。アイツは人類の文明に興味なんてないと思っていたがどういう風の吹き回しだろうか。まあいいか。寝起きの声を聞けただけでも満足だ。珍しく色気しかない上擦った声に、思わず全身が強張ってしまった。
かくれんぼのルールはいつもと変わらないが、先輩がメモ帳を使ってどこかにヒントを残してくれている。運動神経のハンデを埋める救済措置だそう。紙には『実は私、スク水って着た事ないんです』と書かれていた。
「…………は?」
単なる豆知識であって、ヒントとは呼ばない。仮にこれがヒントだとするなら―――外の更衣室だろうか。本校舎を散々歩き回ってようやく見つけたヒントがこれなら縋るしかないか。一回に続く階段を下りて、そのまま校舎の突き当たりまで進む。そこから更に外へ出て左折。そこにはプールと並行になるように更衣室が並んでいた。
「せんぱーい。ここに居るんですかー?」
女子更衣室に入ったら、また紙切れが落ちていた。人はこれをたらいまわしと呼ぶ。
『白衣もいいですね。バスケの衣装も好きですよ』
隠れ鬼にしなければよかったと、心から悔やんでいる。見つかりそうもない。普段なら諦めて先輩の方から出てくるのを待ちたいが、あの人は恐らく俺をおちょくって楽しんでいる。つまりデートはまだ成功しているのだ。ここで俺が諦めたら、先輩も萎えてしまう可能性が高い。
現在時刻は十時半。カガラさんとの約束まで一時間半だ。どうやってこのデートを締めれば良いだろうか。先輩が満足してくれるような終わり方…………いや、取らぬ狸のなんとやら。まずここで発見しないと。
再び歩き出そうとした所で、カガラさんからメッセージが入った。
『クデキが記者会見を実施してるよ。見た方が良いんじゃない?』
 




