デスマッチデート
「いや、殺すつもりはないんですけどね」
確かにバットは振り抜いたが、ちゃんとブランコの鎖に当てるだけに留めた。ただしそれも最初から決めていたのではなく、ギリギリまで悩んだ。こゆるさんを殺してからというもの、自分でも驚くくらいすんなりと命に手が出せてしまう。だからと言って直ぐに血管が切れて手を出すという訳ではないのだが―――ブレーキが壊れているので、何があっても殺さないなんて約束は出来ない。
少年は殺される直前に感じる極度のストレスと、鎖の殴打される音で気絶してしまった。未紗那先輩は呆然と立ち尽くしたまま、俺を見つめている。
「変な奴が現れて台無しになったので、次の場所へ行きましょうよ」
「え? あの……式宮君。自分が何をしたのか……分かってるんですか?」
「先輩を守ったまでです。俺はマキナみたいに強くないけど、殺さないだけ気遣った方ですよ。あんまり先輩を狙う人が多くなったら今度は殺します。そもそもね、直前に俺が指名手配されてるのに先輩が犯人とか意味分からないんですよ。こゆるさんの仇を取りたいならメディアなんかに頼らないでもっと自分で調べるべきだと思いませんか?」
「私が望んだ結末です!」
「俺はそんな物望んでないです。先輩が助けてくれた事には感謝してます。でもその先輩が破滅する結末まで許容した覚えはないです。たとえ貴方がそういう風に仕向けたとしても真実は違うから、俺だけは抗います。大体デートの邪魔する奴なんて無粋ですしね。悪い後輩に捕まったと思って、付き合ってくださいよ」
先輩は頑として譲ろうとしない俺にほとほと呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。しかし決して俺のスタンスに悪印象を持った訳ではないようだ。気絶した少年をベンチに寝かせた後、定まらない視線をあちこちに動かしながらゆっくり俺の手を取った。
「……先輩を困らせるなんて、本当に悪い後輩ですね。もう、付き合えばいいんでしょう?」
「有難うございます。絶対絶対、先輩を楽しませますッ」
「…………なんか、出会った頃と比べると随分頼もしくなっちゃいましたね。あの頃の君はとても可愛かったのに」
先輩はもう、抵抗をしてこない。俺の理屈をありのまま受け入れると言った感じで、最初に出会った時のような優しい雰囲気に戻っている。罪の意識やその立場が肩肘を張らせていただけで、本来の彼女の性格はこれなのだろう。
「…………先輩が優しいから、生意気になったんですよ」
「ふふ、そうですね。そうだとしても今は……カッコイイですよ。今は不思議と、君がとても強く見えます」
「強いんです俺は。だから先輩は手を出さなくて大丈夫。指一本触れさせませんから」
不可能なんて言わせない。俺はこゆるさんを守った男でもある。先輩の一人くらいなんだ。簡単に守れなきゃ……クデキになんてとてもとても。そちらはともかく、問題は勢いで言い出したデートにある。先輩は何処へ行けば楽しんでくれるだろうか。このもやもやした気持ちをスッキリさせてくれるような場所。時間帯的にはまだ開店していないだろうがショッピングモールのような場所には行きたくない。自殺行為も甚だしい。
―――あそことか、いいかな。
ただしあそこも開店時間には達していないと思うので、暫くは外で過ごさないといけない。
「土手に行きましょうか」
「土手ですか? デートと言うにはあまりにもな場所ですけど……」
「だって朝早いんだから仕方ないでしょ! 童心に帰りましょう。子供の頃は施設なんかなくたって遊べた筈です」
「――――――」
「あの、真面目に考えないでください。俺も多分遊んでないんで」
こんな早朝に土手に用事がある人間はそう多くない。兎葵との遭遇率は高かった様な気がするが、そんな少女も今はいない。そして朝っぱらから先輩を探す様な狂人も先程の中学生を除けば早々いない。俺たちがのんびり過ごせているのは時間帯のお陰でしかない。
「今思えば、気づくきっかけは色々あったと思います」
ジャージの袖を腰に巻いた先輩が、川を見ながらぽつりと呟いた。
「仕事の一環で、川の清掃作業をした事があったんです。ゴミ拾いと……死体の片づけですね。その頃は死体の認識を出来る人が限られていたので、クデキさんも居ました。ここではありませんが別の川では死体で川が詰まって氾濫してた事もあったんです」
「……想像したくない光景ですね」
「死体は重いですから、人手が居ても時間がかかります。でもクデキさんは一瞬で死体を片付けて、ゴミ掃除の方を念入りにやっていたんです。それで普通の人間じゃないって気づくべきでしたね。今更言っても遅いですが……」
「クデキはどんな奴だったんですか?」
出会った事はあるがそれも一瞬だ。兎葵を逃がす事に精一杯で人となりが判明する程の会話を重ねた覚えはない。一番詳しいのは未紗那先輩だろう。俺とアイツは知り合いらしいが、そんな記憶は存在しない。
「基本的には穏やかな人ですよ。ただ口数も少なくて……感謝はしてましたが、良く分からない人でしたね。私も普段から会っていた訳ではないのですが、他人には一切興味がないような雰囲気を感じました」
「誰かを救うほぼ慈善組織のトップが他人に興味がないってなんの冗談ですか?」
「泣いている子供が居ても『誰かが助ける』と思っているのか放置ですからね。実際、その時は通りがかった人がすぐに助けたので問題ないのですが……妙ですよね。じゃあなんでこんな組織を興したのか、なんて」
その割には兎葵を助けた実績がある。その辺の子供と兎葵で何が違うのかと言われたら、関係性か。クデキはどうも俺の友達で、兎葵はどうやら俺の妹。彼にとっては助ける必要があったのかもしれない。人間教会で記憶は見せてもらったが、自分事とは思えなくていまいち実感が持てていない。
「まあ、そんな話はどうでもいいんです。式宮君。私をここに連れてきて、一体何をするつもりですか?」
先輩が微笑みを浮かべて振り返る。川を背に後ろ手を組む彼女は心なしか楽しそうだった。ここに来たならやれる事はお金も道具も必要としない遊びくらいだ。いや、道具は言い過ぎか。この場にある物なら使える。この場になくても周辺にあるなら使う。
「…………先輩は危ない遊びって好きですか?」
「あ、危ない遊び? ……それは、その。そういう……?」
「デンジャラスな方の」
「あ、そっちですか……そうですね。嫌いではありませんよ。そこまで言うからには、身体を動かすんですか? いいですよ、何をするんですか?」
「この土手っていい感じに斜面じゃないですか。大体の人はこういう所で寝転がると思うんですけど。俺は天才なのでここを滑り台代わりにしようと思いました。近くを探せば畳まれた段ボールくらいあると思うんですよ。ゴミ置き場なんかでたまに見かけますし。あれを少々お借りして、それで滑ったら面白そうじゃないですか?」
正真正銘の思いつきも、中々どうして会心の手応えだ。先輩は目を丸くして、強く興味を惹いたように口の端を持ち上げた。
「……ユニークな発想ですね。しかし私達は高校生ですから、畳まれているにしても相当大きな段ボールを探さないと体がはみ出そうですね」
先輩は小学生ですけどね、というツッコミをぐっと堪えて、そうですねと言う。先輩の考えにはなかったようで、俺の提案にはかなり乗り気な様子だ。ゴミ捨て場に捨てられたゴミを勝手に再利用するのはどうなのかという声もあるが、先輩を守っている時点で今更だ。俺にモラルなんてない。人だって殺すし指名手配犯だって守る。でもそれでいい。
そんなもの守ったって、先輩は守れないから。
そんなもの守ったって、マキナの助けにはならないから。
「ゴミ捨て場に心当たりはありますか?」
「それくらいありますよ。二人で直線レースと言いたい所ですけど、あんまり大きいのが見つかったら二人で乗るのもありですね」
デートという体裁ならその方が良かったりする。先輩はぶわっと顔を赤くしたかと思うと、熱をはかるように両手の甲を顔に当てた。
「…………そ、それは。ち、因みに。因みにですよ? 私は前と後ろのどちらに乗ればいいです……か?」
「先輩の好きな方で。俺はどっちでもいいです」
未紗那先輩は考え込むように俯くと、お腹の辺りで指を弄りながらぼそりと言った。
「………………う、後ろとか……いいですよね。私、守られてる……………………ので」




