打倒するは救世主
「…………アイツが。全部」
「…………有珠さん?」
「……」
じゃあ全部悪いのはクデキじゃないか。未紗那先輩が苦しんだのも、兎葵が壊れてしまったのも、世界中の人がおかしくなったのも、マキナが心臓の無いまま顕現する事になったのも全部あいつのせいじゃないか。アイツが妙な事さえしなければ間違った善意で世の中が滅茶苦茶になる事なんてなかった。アイツが居なければ俺はもっと友達ともう少しだけ仲良くなれた。せめて視界がおかしいままならもう少しだけでも普通の生活を送らせてほしかった。
「………一つ。質問いいですか」
「二つ目だな。どうぞ」
「それが本当だとして……何で橋本さんは広めないんですか? 真実なら、広めないと」
「―――広めてどうする? 広めて、では皆さん、全面的に後出しの真実とやらを信じようではないか、と? 俺の知る世界はそこまで都合よく作られてない。大体やり口がデマと一緒だろ。これが世界の真実だとでもつけて動画投稿サイトにでも流してみるか? 証拠を用意してもこれは捏造だと言われたらそれまでだ。そちらの認識通り、幻影事件は誰も触れてはいけない事件。聞かれたから答えだけで、俺はこの話を広める気は毛頭ない」
「…………デマと同列に騙れるなら、やっぱりデマって事じゃないですか?」
「揚げ足を取るな。信じる信じないはそちらに任せる。聞かれたから答えただけだ。それに……集団幻覚で居てくれるなら、俺達にとっても都合が良いんだよ」
「どういう事です?」
「幻影事件が何で集団幻覚として片づけられてるか。別に理由がない訳じゃない。誰かが言い出した訳じゃないが、集団幻覚のままで居てくれる方が都合が良いんだよ。真実が本当に真実でも全員を説得してそこにどんなメリットがある? 自分の良い様に調理しようとするだけ火傷する。あれはそういう事件だ。だからいつの間にか生まれた集団幻覚の共通見解を真実としていた方が、全員にとって利益なんだよ」
「……貴方にとってもですか」
「―――そうだな。俺にとっても面倒じゃない。君達二人に真相を語ったのは、聞かれたからだ。広める気はないが知りたいなら教える。そういうスタンスなもんで。それと…………只ならぬ事情を察したから、助けようという気になっただけだ」
「只ならぬ事情ですか……?」
兎葵がようやくお茶に手をつける。俺も、怒りで舌が乾いてきた。ああもうこんな所に居る意味はない一刻も早くアイツを殺しに行かなければと理性がはやる。困った事に全く抑止剤にはなっていない。
橋本さんの視線が俺の方へと向いた。
「式宮有珠希、だったな。知りたくはないか」
「―――何を?」
「どうせ何も知らないんだろう。自分の事も幻影事件の事も。祭羽むくろがわざわざ俺に尋ねさせたのはそれを教える為だと推察してる。丁度兄妹が二人そろってるんだ。今なら―――教えられる」
―――その事情を教えた記憶は、ないのだが。
概要を知っているという体で話は進んでいた筈だ。俺が実際何も知らないなんて、この男は何処からそう思ったのだろう。そもそも始まりからして、まだ俺達は幻影事件のげの字も出さない内から話題を言い当てられている。そういう特技なのだろうか。規定でないのは確かだ。
「羽儀兎葵、だったな。知りたくはないか」
「はい?」
「何故兄は何も知らないのかを」
「…………どういう意味ですか?」
「二人で決めてくれると手間が省ける。仲良く決めてくれ」
そう言われても、お互いにピンと来ていない。何故も何も、俺が何も知らない事に理由が必要なのか。橋本さんは聞かないフリをしてくれるという事で―――意味はよく分からないが、相談してみる事になった。
「お前はどうしたい、兎葵」
「……有珠がどうして何も覚えてないのかなんて考えてもなかった。私はてっきり入院の反動とかで無くなったと思ってたけど……違うんですか?」
「俺に聞かれても困るよ。でも……あそこまで言われたら、興味は出るな。わざわざ分けたって事は―――クデキの仕業じゃないって事なのか?」
知りたい事はたくさんある。それに対して情報はあまりにも供給が少ない。断るという選択肢は浮かばなかった。橋本さんに声を掛けると、彼は残っていたお茶を一気に呷って溜息を吐いた。
「……決まりだな。では少し移動しようか」
「え」
「……は」
橋本さんに案内されたのは、教会裏手の敷地。空っぽの棺桶が二つ穴の開いた地面の中で口を開けて待っている。日曜大工で作られたと言われても違和感のない粗雑な造りの棺桶はただ木の板をそれっぽく留めただけで耐久性に難がありそうだ。それを抜きにしても、こんな場所に入りたくはないのだが。
「生き埋めにする訳じゃない。用事が済めば掘り起こしてやるさ」
「あの。普通に嫌なんですけど。兎葵だってびびってるし」
「い、生き埋めはちょっと……嫌ですね。流石の私も」
「掘り起こすと言ってるのに分からない奴等だ。どうせお前達二人に手を出したら俺はタダじゃ済まないんだ。それを担保にしちゃくれないか?」
―――キカイの事を知ってる?
ますます分からない。むくろといい橋本さんといい、何なのだろう。普通の人とは明確に一線が違う。不気味だ。半端な分マキナより恐ろしい。
「…………有珠兄?」
穴の中へいざ行かん。跳躍するだけでも棺桶が壊れるのではと冷や冷やしたが、そうはならずに済んで助かった。覚悟を決めた俺の行動に兎葵は動揺を隠せない。
「ば、馬鹿なのッ? 死ぬのッ? い、生き埋めにされるんだよ!?」
「―――俺はアイツを信じてる。その人の言う通りだよ。俺達に何かあったらタダじゃ済まない。アイツが我儘で強欲な女の子なのはお前だって分かってるだろ?」
「……女の子とか、あんな化け物によくそんな事言えるね。ほんと、兄って趣味悪いな…………分かった。ちょっと待って。携帯に遺書書くから」
「お前こそ本当に死ぬつもりじゃねえか! お前は信じられないのか?」
「信じられる訳ないじゃんッ。いつ気まぐれで殺されるかも分からないような状態なのに。こういうのは心の準備が必要なの。自殺なんて……怖いに決まってるじゃん」
床にトランポリンがあるから飛び降りて無事に済むと分かっていても怖いものは怖いようなものだ。穴の中から彼女の様子を窺う事は出来ないが、橋本さんに携帯を渡す指先が微かに見えた。
「…………本当、最悪」
「でも知りたいだろ。俺だってお前と牧寧のどっちが本物の兄妹なのか分かればそれに越した事はないしさ」
「……………………」
地雷も時には有効なようで、自称妹はすっかり大人しくなった。
『匠ちゃん! 呼んだかい?』
『今から蓋をするから、その後土を戻してくれないか? 丹李ッ! 儀式の準備だ! 事務仕事なんかしてないで手伝え!』
『なんかって…………君って奴は本当に働いてるとは思えないくらいおちゃらけた奴だな……!』
橋本さんと丹李さんと、その他職員のやり取りが聞こえる。間もなく彼の手で蓋はしっかりと締められ、上に土が戻されていく音が継続的に聞こえてくる。
―――マジで、掘り起こしてくれるんだよな。
閉所恐怖症ではないがここまで狭い空間に閉じ込められると、怖い。何をするつもりなのか分からないが、手短に終わらせてくれるよう、祈ろう。誰に?
神に?
いいやアイツに。




