人をヒトと思わぬ世界
マキナが納得したので俺は兎葵を連れて人間教会へ向かう事になった。因みに残った二人はクデキと接触する方法を探るらしい。諒子が無茶ぶりをされる未来しか見えないが、彼女なら何とかなるだろうという確信がある。
何とかしてもらわないと困るという本音は、さておき。
「なんか、急に機嫌がよくなりましたね、マキナさん」
「…………まあ半分くらい気分屋だからしょうがないよ。うん」
「有珠さん、何かされたんですか?」
「………………へえ、お前の視界には何も映らなかったんだな」
「はあ?」
「いや、何でもない」
兎葵が不思議そうに俺の顔をじろじろと見つめている理由は偏に赤いからだろう。そして見えていないならその原因も分からなくて訝しんでいると。視界の共有をどれだけ邪魔に思っていたのだろうか。あれをするまでに費やした労力と能力はどうか別の所に使ってくれると、凄く嬉しかったりする。説得力はない。三時間も二人きりの時間を過ごして、満更でもないと思っているから。
<●>するまではやっていないと思うが、俺が恥ずかしくて踏みとどまってしまう限界まで触れ合い、話し合った。本当に下らない事を色々と聞かれた。好きな色だの雑草だの水だの惑星だの……子供の頃の思い出とか、自分の事をどう思っているのかとか。どんな話題でも一々相槌を打って面白そうに話を聞いてくれるから口が進むのなんの。自分が話し上手になったのではないかと錯覚するくらい、余計な事も喋ってしまった。
可愛い。本当に可愛い。
自分でもどうかと思うくらい可愛いと思っている。そこまで文句一つない至福の時間だったが、そこまでしてもマキナの寂しさは埋まらなかった。満足しているように見えるのは気のせいだ。お陰様で俺の頭は文字通りおかしくなってしまった。脳裏に響く『大好き!』という声。これが定期的に鳴り響くのだから、堪ったものではない。
「実際の所、どう思いますか?」
「ん? クデキと出会えるかどうかって?」
「誰が部品を持ってるかどうかです。私は有珠さんと視界を共有してるので、大体同じくらいの情報を持ってると思います。マキナさんに話してない事だってあるじゃないですか。考えの整理をすると思って聞かせてくれませんか?」
「…………クデキが持ってるなら、説明がつかないよな。他の奴に渡す必要なんてない。救いたいなら直接動いた方が確実だってマキナを見て思ったよ。キカイって奴は本当に何でもありだ。救世主ってのはあれくらい馬鹿げてないと務まらないんじゃないかな」
「……けど消去法だと全員消えますね。一番可能性が高い人がないなら」
「それにクデキなら自分の部品を渡せばいいじゃないかって話もある。弱体化したくないっていう理屈もあるけどさ。マキナが現れたのが予定調和じゃない限り狙うのは不可能だろ。他のキカイがたまたまこの近所に現れて、たまたま干渉出来る場所にいて、たまたま一回死んで部品をくれるなんて都合が良すぎる。『刻』の規定はマキナが持ってるから誘導も無理だろうしな」
「『刻』? 何で『刻』なんですか?」
「どうもアイツ、『刻』に指向性を与えられるらしい。だから自分が都合の良い方向に時間を進められるから―――後は分かるだろ。キカイ同士で通用するかは知らないけどな」
「…………やば。何でもありじゃん」
「そうだよ何でもありだよ。だから手段を選ぶ必要がない。マキナに端から恨みがあるって訳でもないだろ。だから考えにくいかなって……ちょっと待て。連絡がきた」
相手はカガラさんだ。珍しく電話ではなくてメッセージが送られてきており、中身はこれまで規定を拾得していた人間についてだ。こゆるさんの家から回収された録画データから廉次を暫定犯人としたうえでこれまでの動きを調べた物らしい。
視界を共有しているので問題はないだろうが、感覚的な違和感が拭えないので近くの段差に座って兎葵に携帯を覗かせる。自称妹は肩をくっつけて、睨むように画面を見た。
「…………廉次との接点がない、ですか?」
「こゆるさんを除けばな。結々芽に一神通、お前に鹿奏……お前に限ってはクデキだしな」
「じゃあ一体誰がマキナさんの部品を……? ちょっと待って下さいね。今メモ帳出すので一緒に整理しましょう」
「いや、まだ情報が集まってないのは明らかなんだからそんな……」
と、そこまで言った所で兎葵の糸が読み取れてしまった。全くの無意識だったのと、丁度頭にマキナからのラブコールが届いた瞬間だったので動揺を隠せない。無愛想に首を傾げる自称妹は明晰で、俺の言いたい事を全て察していた。
「……無理にとは言いませんけど」
「―――いや、考えの整理は確かに必要かもしれない。お前も……自分なりに力になろうとしてくれてるんだろ。ごめんな、馬鹿な兄貴で。さあやろうか」
「兄…………ふん。分かればいいんですよ」
もう少し素直になってくれたら可愛らしいのになあ、なんて。こゆるさんの死で憔悴中の牧寧を引き合いに出すのはおかしな話だが。『兄妹の時間を過ごしたい』くらい、口に出してくれれば応じるのに。
確かに態度も口も悪いが、そう悪い奴ではない。今だって彼女に有珠と呼ばれる度に不思議と心が安らぐ自分が居る。まだ家族と認めた訳ではないが―――同じくらいの安らぎがある。
「まず最初から振り返りましょうか。谷峨本結々芽でしたっけ」
「……なんか、懐かしいな」
一応幼馴染だった友達。間際にて俺を食べようとした所、マキナの手で身体を溶かされて死亡。他のクラスメイトは彼女の事を忘れてしまって後に俺の手で廃人化。メサイア・システムに保護されているとは聞いたが、その後の行方は聞いていない。聞くのが怖かったのもあるが、先輩に何を聞いた所で良い答えは得られないと思ったからだ。今思えばハイドさんやカガラさんに聞けば良いだけであり、特にハイドさんは結構上の立場だから教えてくれるだろう。
今度聞いてみよう。
「『強度』の規定持ち。何処で手に入れたのかは分からないけど、変な反応はしてたから自分でたまたま拾った訳じゃないのは確実だな。廉次との接点は……ないだろうな。丁度普通に学校生活してた頃だ。俺の方もマキナと出会って間もない時期だし、こゆるさんに目を付けられてもない」
「そんなの関係なくわざわざ結々芽に目を付けてたんだとしたら最初から有珠兄に目をつけてたって事にもなるのかな。でもそれはないか。兄って平凡だし、別にモテないし。マキナさん以外」
「モテ関係なくね? ……目を付けるって言うと一人だけ善意を嫌がってたくらいか。だから何だって感じだな。廉次がキカイの事情を知ってるとは思えなかった」
「次。山坂翔矢ですね」
「面倒だから一神通で通すな。『傷病』の規定……未紗那先輩と初めて出会ったのがこの時か」
未礼紗那先輩。
可愛くて、頼りになって、お茶目で、大人びていて、悪戯好きで―――格好いい。実年齢が小学生なんて今も信じられない。何をどうしたらあんなにスタイルが良くなるのだろう。高校生と混じって何の違和感もない小学生はハッキリ異常だ。でも可愛いから気にしてない。たとえ人殺しでも、化け物でも、俺にとって先輩はかけがえのない人で、コミュニティ作りに失敗した俺にとっては唯一の先輩。
あの人は『生命』の規定を所有している。生命とは生物が生きている状態そのものを指しある一定の尺度ではなく定義そのものなので応用の幅がかなり広い。規定の都合上傷一つ負わせられなかった一神通に対して『無傷』を『瀕死』に反転させる事で彼を殺害した。その他にも他人と生命を共有して同じ場所に傷を負わせるなどの変わった芸当も出来る。
「……アイツは入院してて碌に身体を動かせなかったって話があったな。だから誰かに貰ったのは確定だが……廉次が接触しに行く理由が分からない」
「ただの怪我人ですしね」
「黒いシャッターに書き込めもしない……あれって結局廉次がやってた事でいいのかな。カガラさんが何も言わないって事は、まだ見つかってないって事なんだろうけど」
「それはもう良くない? だって東京とかもう行かないじゃん」
「もう、は言い過ぎだよ。マキナや諒子が行きたいって言い出したら行くかもしれない」
「―――私は?」
「お前は『距離』があるから行けるじゃん」
「…………兄の馬鹿ッ。胸があれば何でもいいんだから!」
「人聞きが悪いわ馬鹿野郎! お前あれだろ、マキナとか先輩とか諒子について言ってるんだろうけど、牧寧が行きたいって言ったらちゃんと行くからな!」
「その名前は出さないで! また喧嘩するから!」
「…………悪い」
そう言えば、地雷ワードだった。当の本人は落ち込み気味で口喧嘩どころかまともに会話も出来ないし、他の所で盛り上がるのは違うか。流石の俺も今は妹を弄る気にはならない。連れて行くつもりなのは本当だが。
「じゃあ次。えーと……」
「こゆるさん……だな」
もう死んでしまった。俺が殺してしまった、皆のアイドル。
責任は取りたくても取れるものじゃないが、彼女の死を無駄にはしたくない。改めて考えてみよう。




