終末キカイ論
マキナの言い分はこうだ。
廉次はとにかく色々な人を救おうとしていた。メサイア・システムは一人でも多くの人間を救うための組織だ。アイツが部品を持っていないなら持っているのはメサイア・システムのトップ。そして同じキカイならそれは可能であると。
「そっちはどう? もしかして一致した?」
「いや……俺の方は人間教会だ。東京で、そいつが色々知ってるかもって情報を得てな。どんな情報を持ってるかってのは分からないけど」
「人間教会ですか……行くなら、私が案内しますよ」
「兎葵ってば私から有珠希を取ろうなんてそうはいかないわッ。何処から手に入れた情報か分からないけど、私の提案の方が実利はありそうじゃない?」
「―――訳あって、俺はそっちに行きたいな。大体メサイアのトップって言っても、簡単に会えるような奴じゃないだろ。キカイの事情は知らないけど、クデキがお前の気配を感じるみたいな事はないのか?」
「え? いそうな場所を徹底的に潰せばいいだけじゃないッ」
部屋の空気が硬直する。マキナはきょろきょろと辺りを見て、困ったように首を傾げた。
「……駄目?」
「駄目に決まってるわ阿呆! 出来るだけ巻き添えにしない方法を考えてる最中だってのが前提だ馬鹿野郎! 被害気にしなくていいなら全部お前に頼んでるわ! ていうか俺の出る幕とかないわ!」
「むー。そこまで言う事ないじゃないッ。これでも必死に考えた結果よ? 私の偉大なる考えに物申すなんて不敬よ不敬! バーカバーカ!」
「こんな間抜けな奴を敬おうとする奴の気が知れないなッ。この~!」
掴みかかろうとしてきたマキナを逆に捕まえると、ソファとクッションを上手く使ってマウントを取る。「何するのよ!」と抗議してくる眼をクッションで封じると、華やかに煌めく金髪をわしゃわしゃと掻いた。
「きゃああああああああああああ~!」
「お前なんてこうだ! 思い知れ!」
「きゃああああああああああ~♪」
あれ、効いてない?
諒子も兎葵も止めに入るべきか迷っているようだ。俺にも分かる。マキナは明らかにこの状況を楽しんでいると。流石にこれを知った上で続けるのは、やり返している気がしない。どうしようもなくなってきたので拘束状態を解こうとすると、何故か身体が動かない。
「ちょ。ちょっと兎葵。離れられないんだが」
「え……? 離れられない?」
背後から兎葵の手が伸びる。引っ張っても動かない。『強度』で身体が溶接されているのかと思ったがそういう訳ではないようだ。しかし兎葵にしては腕が美し過ぎるし背中の感触も妙だ。アイツはこんなフワフワでモチモチじゃない。先端の感触だってこんな明確じゃない。そもそも普通の人間は下着を着る。
だがマキナは俺の下に居た。
「……兎葵、なんかお前随分―――」
「残念、私でしたー!」
視界の端からひょこっと顔を出したのは金髪銀眼の美女、マキナ。流石に驚いた様子の俺を見て、彼女はケラケラと笑いながら星空のような涙を流していた。
「うふふふッ! 貴方の驚いてる顔ってやっぱり好き!」
「え? は? あ? え? じゃあ下……は」
恐る恐るクッションを外すと、息を荒げて頬を赤らめたマキナが黄金色に変わった瞳で俺を見ている。
「こっちも私ッ!」
「………………ぶ、分身? は?」
今になって気付いたが、諒子も兎葵も居なかった。跡形もなく、まるで最初から居なかったかのように跡形もない。どちらのマキナに話しかければ良いか分からなくなったので、目を瞑ってから尋ねる。
「二人は何処へ行った?」
「別に何もしてないわよ? ただ『刻』の規定でちょこっと居なくなってもらっただけ。私が意味もなく二人を殺すなんて思わないでよねッ」
「『刻』の規定でどうやったら分身が出来るんだ、え? 時間を進める、止める、巻き戻す。それくらいだろ」
「時間が不可逆なのは生物だけよ。キカイには関係ないわ」
「だから私はもう一人の私を連れてきたのッ。並行世界ってヤツ?」
「意識は共有してるけどッ!」
「ええい二人で喋るなどちらか喋れ―――うおわッ!」
アリにマウントを取られた所で起き上がれない人間は存在しない。俺に跨られた状態から彼女は至って普通に起き上がり、俺をひっくり返した。後頭部を支えたのはこの世のどんな物より柔らかく、触れているだけで幸福になれてしまう代物。
―――どんな状況だよこれ。
マキナを下敷きに、マキナに押し倒されている。耳元で艶やかに微笑む声と目の前で満面の笑みを浮かべながら身体を踊る様に揺らしているのも、同じマキナ。頭がおかしくなりそうだ。
「最近、有珠希と二人きりの時間が作れないの、寂しかった。殺さないって言ったけど、もう一度兎葵に邪魔されたらちょっと抑えられる自信がないわ。それで有珠希に嫌われちゃったら本末転倒でしょ? だから私のセカイを作ったのッ!」
「…………言いたい事は分かるけど、理屈がさっぱり分からん。『刻』じゃねえだろそれ」
「何にも起きない平和な刻をちょっとずつ集めて繋げてみたの! 部屋の外はまだ完成してないけど、いつかは完成する。そこの景色には、糸なんて見えないわ。だって私と貴方しか居ないし!」
目の前で激しく揺れる胸に視線が吸い寄せられないのは嘘だ。少なくとも俺はもう、隠す気もないくらい見てしまっている。それで話が入らないからどうのこうのと言いたかったが―――今の発言は見過ごせない。
「……何で、そんな事を?」
「貴方の眼がどんな風になっているかなんて分からないけど、ここに来た時の顔色で分かったわ。有珠希、かなり無理してるでしょ? だから、ね。少しでも安心させられたらって思ったの。勿論部品が全部戻ったら消してあげるけど、それまでに貴方が潰れちゃう可能性はゼロじゃないから……」
「………………マキナ」
嬉しい。
照れて眼を逸らす彼女に、どうしようもなく感謝している。分身といい平和な『刻』の創造といい滅茶苦茶だが、だからこそ出来る気遣いが心に沁みる。だからこそこんなに優しいキカイを寂しがらせてしまった自分に、嫌気が差してしまう。
「…………マキナッ!」
彼女を抱きしめる様に、或は自ら飛び込むように、その胸に顔を埋める。ここには誰もいない。咎めようとする人間もいなければ、都合の悪いタイミングもない。
ドクドクドクドクドクドクドドドドドド!
彼女に渡した俺の心臓が激しく鼓動している。人間の身体ならとっくに死んでいるような心拍、ああそれはきっと、俺も一緒。『意思』の規定という名前の心臓が、歯車が、噛み合わない。狂っていく。乱れていく。
「………………そう、だよな。協力者が増えてから俺とお前が二人でいる時間って少なくなったよな」
「分かってくれたッ?」
「有珠希って意外に物分かりが良いのね!」
「意外は余計だ。ああ、もう十分すぎるくらい伝わった。お前がてんで滅茶苦茶、何でもありのトンデモ野郎だってのがよーく伝わったよ。だったら猶更、クデキの所に直行なんか避けたいな。せめて対抗策くらいは欲しい。こんなに何でもありなら出会えるかも怪しいし。だからお前の案には乗れないよ」
「…………そんなの、分かってるんだから」
「え?」
「寂しいの! 有珠希との時間が減るのが……つまんないッ。だから私が満足するまで二人きりの時間を過ごしたいの! その為に作ったんだから…………それも、駄目?」
「…………は」
再度マキナを押し倒す。今度は反対方向に。互いの顔を至近距離で、互いの身体の全てが密着した状態で。
―――おかしいのかもしれないな。
こんな危ない奴に心を奪われるのは。火遊びなんて次元じゃない。関われば碌な目に遭わない。裏社会でも表社会でもない、そもそも人間の道理を無視してくるような奴と付き合うのは並大抵の苦労ではない。
しかしあれだ。手に入るのが苦労する程に、財宝は輝くと言うではないか。
「分かったよ付き合うよ。でも本当に、強硬手段だけはやめてくれよ? 信じてるからさ」
「……うんうんッ! 私頑張るッ。頑張るから―――教えて欲しいな。ニンゲンのマーキングで『アイしてる』ってあるんでしょ?」
背後に居たマキナの気配が統一される。銀色の瞳が半分だけ金色に塗り替わって、彼女はいつになく無垢で淫らな微笑みを見せた。
「<●>してるわ有珠希。このセカイの誰よりも……ううん。この宙の何よりも! 果てしなく!」




