大好きだった 憧れの
七章終わりです。
『距離』の規定は分かりやすく言えば本来出している速度以上を進む力だ。時速十キロで時速百キロの距離を進むようなもの。それは見た目が早くなっているだけで、速度自体はそのままだ。飽くまで圧縮されているのは距離だけであり、だから規定の影響を知らない人間が『距離』の範囲内に入れば想定以上に進んでしまって事故が起きてしまう。
波園こゆるに与えられたもう一つの力は、『速度』の規定。
『距離』と『速度』。似ているようで違う二つの秩序。先輩やマキナがしているように規定はその種類によって解釈の幅が大きく変わる。『距離』はどうしても距離にしかならないが、速度は物体にだけ掛かる概念じゃない。こゆらーの首が刎ねられたのは単に際限なく速度を速めたのだろうが(マキナを見れば分かる通り改定された概念は隣接する物理法則に影響を及ばさないようにも出来る)、噴き出した血が不自然な軌道を描いたのはそれが原因だろう。
彼女は現象に対してディレイをかけた。首を切れば血が噴き出す。噴き出した血は返り血として犯人にかかる。その必然の速度を遅らせた結果、不自然な起動で注いだ血がこゆるさんに降りかかるという現象になった訳だ。
頭が痛い。吐き気がする。目玉は、まるで内側から押し出されているみたいだ。痛い。苦しい。詰まっている。むくろがせっかく直してくれたのに、段々段々段々段々段々段々元に戻っていく。せっかく楽だったのに。諒子や兎葵の糸を視るくらい何でもなくなっていたのに。本当に残念だ。また薬を貰わないと一緒に過ごす事も出来ないなんて。
こゆらーの死体を起点に、或は目の前で暴れるこゆるさんを中心に赤い糸が建物全体に張り巡らされていく。かつて同じような状況で戦った時は相性の悪い『刻』の規定が相手だったが、もうあんなミスはしない。以前の俺とは違う。赤い糸の正体も、その他の糸の正体も全てが判明している。『セカイ視』と『意思』の規定があれば、相手が『速度』でも遅れは取らない。
「あは! あはははは! 有珠君、まるで踊ってるみたい! くるくる回っても私を殺すなんて無理なのに!」
「……言ってろ」
先の先の先の先の先の先の先。速度に追いつかれないようにこゆるさんの意思に干渉して防御に徹する。絶対に躱せない攻撃が見えれば青い糸、躱すのが難しいだけなら白い糸。規定が作り出す糸に強度はない。全く腰の入ってないような切り方でもすんなり切れてくれる。それだけでこゆるさんは自発的に行動を止めてくれる。
音速を遥かに超える速度に物を言わせた蹴りを回避。こんなの、相手が改定してくれなければ躱せない。素面でこんな蹴りをしてくるような奴だったら余波で鼓膜がやられている。管轄外の物理法則を無視するような力で助かった。白い糸を切って着地を失敗させたが、ナイフを突き立てるよりも早く逃げられた。
―――反射神経も上げてるのか。
認識速度と言い換えてもいいか。ともかく、視界に映る攻撃は見てから回避が間に合うと言わんばかりに躱される。ジリ貧だ。糸のお陰で躱せていても、やはり糸を視ようとするとそれだけ体調に負荷が掛かる。だからどうしても早期決着を狙いたい。こゆるさんに俺の視界について話さなかったのは、結局最後まで正しい選択だったのか。
「いいです、いいですよ! 有珠君ッ。もっと足掻いて、もっと殺そうとして、もっと私を見てください! 最初からこうすれば良かったんですねッ。本当に、今までしてきた事全てが馬鹿みたい!」
「…………」
こゆるさんもナイフ捌きは素人同然だ。俺の首を狙う刃物が紙一重で通り抜けていく。赤い糸が全てを教えてくれる。少し集中してしまえば一人の人間の行動全てを俯瞰するくらい訳はない。速度に任せて突っ込んでくる彼女に有効打を与えられない。僅か五分ばかりの攻防でそれはとっくに見抜かれていた。
だから敢えて今度は躱さず、白い糸を切ったと同時に彼女の目を掌で叩いた。
「…………ぁ゙ぐ!」
車は急には止まれない。『速度』の規定があればその限りではないが、俺が『意思』の規定で干渉したのは攻撃までで突っ込んでくる事その物は咎めていない。カウンターの要領で、どうやら致命的な一撃を入れる事に成功したようだ。
「あ……ああああ゙。い゙だい、いたぁ゙い……あああ!」
振り返って、確かめる。ギリギリ失明はしていないらしい(外したのか?)が、それでもこゆるさんは目を腫らしながら血涙を流していた。しかしその敵意には微塵の曇りもない。心配して駆けよろうとすればその瞬間に足を切られる。だからどんなに痛ましい姿になっても、俺は情を見せない。せめて殺すと決心したなら、そんな温い気遣いはするべきじゃない。俺にも、余裕がないのだ。
視界はどんどん赤くなっていく。糸が糸と認識出来なくなるくらいに隙間なく。アカい、アカイ赤い紅い。死体に繋がる赤い糸のせいで、東京ドームがとても狭く感じられる。天井も床も壁もアかいから、血みどろの世界に立っているみたいだ。
「何で……何でええええええ! 有珠君! 何でなのぉ……! 私はただ、貴方が好きなだけなのにぃ!」
「……」
「殺させてよぉ……お願い……だからッ!」
青い糸を切りながら回避。方向転換による追撃を止めた。一度攻撃されてかなり警戒心が高まっている。意思の中断をした所で無限に回復速度をあげられるこゆるさんには効果が薄い。攻めようとするならさっきみたいに不意をつかないと。
「俺を殺したとして……もう分かってるよな。お前はここにいるファンを皆殺しにしたんだ。アイドル生命どころじゃない、一審で死刑確定の重罪人になったんだぞ」
「それが何! 有珠君が手に入るなら関係ない! 私達は運命なんです! 貴方が手に入るなら、私を好きになってくれたらもう何もいらないんです! 世界中が敵になっても、貴方が味方でいてくれるなら!」
「……お前の味方をしたのは、お前が持ってる力が欲しかったからだ! 俺は最初からお前に興味なんか抱いちゃいない。だってどんなに頑張ってもお前は……マキナの代わりにはならないから」
「…………やめて」
糸を切りながら回避に専念。喋りながら戦うなんて俺には無理だ。不意をつくためだけに全力でしゃべっている。それ以外の事は出来ない。
「最初に俺を理解してくれたのはアイツだった。嬉しかったんだよ。天涯孤独の道を歩むと思ってた。誰一人理解者が得られないまま、無能な善人に囲まれて無為に生きるんだと思ってた。死んだ方がマシだと思った瞬間もあった」
速度任せなスライディングを予め回避。こういうのをジャンプで躱すのは悪手だ。人間は空中で自由に身動きを取れない。自ら詰みの状況に陥れば一撃で死ぬ。背後からの飛び込みをしゃがむと同時にナイフを突き上げて対処。脚に切っ先が命中して着地に失敗。こゆるさんは自ら纏った無限の速度に身体を引っ張られてドームの壁に激突。鳴ってはいけないような音が微かに聞こえたし、『セカイ視』は彼女の骨折を捕捉していた。
「あ……ぁああ。あああ……ぃぁい…………!」
まだ動ける。気を抜けば殺される。それでも俺は、敢えて距離を詰めた。ナイフに付いた血を払い、ゆっくりと。
「……運命の相手なんて、そんな悲しい事言うなよ。お前の相手は他に居た筈だ。俺以外の誰か。俺だけはあり得ない。マキナが居なかったら、お前は俺を認識すらしてなかっただろ。接点がないんだから、当たり前だな」
「……ゃ゙めて………………めて……………」
「アイツの髪が好きだ。アイツの目が好きだ。唇が、耳が、鼻が、身体が。我儘な癖に気遣いだけは一丁前な所とか、不機嫌になるのも早ければご機嫌になるのも早い所とか、無邪気な所とか、落ち込むのなんて馬鹿らしくなるくらい明るい所とか、俺よりもずっと…………孤独なのに、強い所とか。好きなんだ。俺は狂ってる。他の人にも言われたよ。あんな化け物を好きになるのはおかしいって。でもさ、好きだから仕方ないじゃん。俺の事をさ……そこまで好きって言ってくれるなら、気持ち分かるだろ」
「やめてえええええええええええ!」
視えていた。けれども避けなかった。床でぴくぴく痙攣していたこゆるさんは立ち上がるまでの動作を見せず俺に突進。されるがままに押し倒され、首を絞められる。
「それ以上……言わないで! 言わないで…………言ったら、殺します!」
鮮血のドレスに触れている部分から血が染みていく。まだ温かい。かつて生きていた残滓がしっかりと残っている。ほんの少し密着しただけで、俺も穢れてしまった。身も、心も、このシカイも。
「……なあ、こんな形で会いたぐ……なかったよ゙な。もっとさ―――普通に゙ッ。妹の付き添いとかで…………サインとか、さ!」
「有珠君は私の物なんです! だってほら! 私達は今こんなにも愛し合ってるでしょ!?」
普通の女の子が目を見開いただけ。そう呼ぶにはあまりに圧力のある眼。瞳孔から広がるように血走り、或は出血し、光が失われていく。滴る涙が俺の目元に零れ落ちた。
「お願い…………ですから。一回だけで。いいですから。好きって…………私を愛してるって―――言って!」
「…………………………ご、めん」
がら空きだった腹部目掛けてナイフを突き立てると、こゆるさんの身体が大きく跳ねた。元々折れた背骨を不自然回復させてまで動かした身体だ。もう一度致命傷を負ってしまえば無理は利かない。肉体の自然回復にだって限度はある。腹部出血はまず止血する必要があるし、そうでないなら多量の血液が悪戯に傷口を広げ増々事態を悪化させてしまう。こればかりは放っておいて直る物じゃない。
彼女の身体から大きく力が抜けた。首を絞めていた手もゆるりと脱力して抜け落ちる。身体にまとわりついた血と彼女の重さを押しのけるように何とか上体だけでも起こすと、死に体の身体が寄りかかって来た。
「………………そう……………………フられ。ちゃ……た……………………」
「…………………………」
「…………くや、しい。く……やし………………なあ゙」
腹部に溜まる重さは彼女の生きた証。その身体を動かし、燃え上がらせた命の源。赤くて綺麗で鮮やかな、何処までも澄んだ血液。俺の手が浸っているのはそういう物体だ。逃げようもない、疑いようもない。
俺はこの手で、刺した。俺はこの手で、こゆるさんを。
「……ごめん」
「…………それ。でも」
ナイフを逆手に構えて、彼女の背中に向ける。いつまでも苦しませるのは俺の心が保たない。そうだこれはエゴだ。俺は自分の都合でこの人を殺したのだ。そうであってくれなければ困る。この殺人に綺麗な理由なんて存在してはならない。
俺達は互いに。
醜い人間なのだから。
「それでも……………………好き、ですよ。あり、す…………………………………」
十五分程経過しただろうか。こゆるさんの死体と共に寝転がっていたら、諒子がこちらに戻ってきた。
「式君ッ。大丈夫……か?」
諒子にとっては生者も死体も同じ輪郭の崩壊した化け物だ。彼女が死体を見てどうにかなるという事はない。どうしても臭いだけは受け付けないのか、話しかけてきた距離もやや遠目だ。
「――――――廉次は?」
「あ。それなんだが…………マキナさんに『後は任せて』って言われたんだ」
「…………そうか。じゃあもう死んだだろ。アイツの所に戻って一緒に部品を探してやれ。俺の方も済んだから」
「え? でも……………………なあ、式君。これから、どうするんだ?」
「どうって?」
「―――全員、死んでる」
ああ、死んでいる。
何千人ものこゆらーと彼らが愛してやまなかったアイドルが、血だまりの中で眠っている。俺の視界では糸と血の境界線がぼやけて分からない。白いのは諒子の頭に巻かれた包帯くらいだ。
「…………まさかアイドル本人が殺したなんて思われないだろうしな。目撃者も居ない。状況的には……指名手配もされてたし、俺がやったと思われるかな」
こゆるさんのプランとしては俺が告白を受けた場合、こゆらーがそれを許せず襲い掛かって来た際の保険だったのだろう。ファンが死ねば障害物はない。二人仲良く何時迄も睦まじく幸せな未来を築けたという訳だ。
「もっと他に考えるべき事があるのではないですか? 式宮君」
「ッ! 誰だ!?」
声のする方向に向けて何のためらいもなく諒子は発砲した。それは見事に腹部へと命中したが、残念。現れたのが未紗那先輩だったが故、ダメージにもならなかった。
「私一人殺せないなら銃なんて使わない方が身の為です。これは没収しますね?」
「あ、ちょ……!」
いつもの私服でもなければ制服姿でもない。かと言って男装という訳でもないだろう。先輩のスーツ姿を初めて見た。真っ黒いスーツに赤いネクタイ、その上にマントのような外套。色気もなければ洒落っ気もない格好でも、先輩は可憐に見えた。銃もいやに様になっている。元々メサイアの持ち物と考えれば合点がいった。
「これだけの死体をどう処理するおつもりですか? これからも他の人が使うかも……いいえ使いますね。私の記憶が確かなら野球場として使われる予定が幾つかありますから」
「…………何しにきたんですか?」
「二人きりで話したい事が。すみませんが貴方には席を外していただきたいです」
「―――諒子。マキナの所に行ってこい。この人は大丈夫だ」
「………………手を出したら、許さないぞ」
諒子が足早にこの場を後にする。未紗那先輩は持っていたレースのハンカチを俺の顔にくっつけると、慣れた手つきで血を拭いてくれた。それにしてもこんな状況だというのに先輩の表情はいつになく穏やかだ。久しぶりに笑顔を見た気がする。
「『規定』などという物は証拠になりません。信じ難い被害状況ですが、犯人は君という事になるでしょうね」
「そうですね」
「助けてあげましょう」
「……何でそんな真似を」
「私は君の味方ですからッ」
先輩は得意げになって胸を張ると、力ずくで俺を立たせて非常口の方を指さした。
「外で篝空さんとハイドさんが車を待機させています。それで帰ってください」
「…………は? あの。どうやって俺を助けるって」
「私が証拠を隠滅するんです。簡単でしょう?」
「……あの先輩。ポッと湧いて出てきた人を犯人なんて誰も思わないですよ。逃げた所でさっきまで指名手配されてた俺が犯人だってバレます。無理ですよ」
「無理なんて言葉はね、嘘つきの言葉なんですよ式宮君? 冗談です。しかし先輩は可愛い後輩の為なら幾らでも強くなれるのです。私からの最後の頼みという事で、聞いていただけませんか?」
「…………学校で会いたかったですね」
「すみません」
「…………」
「…………」
「分かりました」
何故、そんな風に微笑むのだろう。
何故、こんな状況でリラックスしているのだろう。
頭が割れそうで、分からない。これ以上『セカイ視』を使おうとすれば、俺は一線を超える。生物として超えてはいけないラインを、跨いでしまう。
「……本当に、置き去りにしますよ」
「ええ、そうしてください。今回の一件を君のせいにはさせません。見事処理してみせましょう」
マキナと諒子の方も気になるが、東京へ行く時もそう言えば離れていたから、心配ないか。
「ハイドさんには謝っておいてください。それで許されるとは思えませんけど」
背中をそんな声で押されながら、外に脱出。東京ドームはこゆるさんが貸し切りにして関係者以外を締め出していたのでまだ事件は漏れていないようだ。地面を踏みしめた瞬間、上空から勢いよく暗幕が覆いかぶさって来た。
「うぇッ!?」
「はーい連行連行。回収回収」
「カガラさんッ? あの……中に先輩が……!」
「…………ああ、そうだね。でも今は君が先だ。早く乗って」
半ば誘拐される形で後部座席に放り込まれる。助手席の扉が開閉してから、車がゆったりと発進した。暗幕を手探りではぎ取ると、見慣れた車内の景色とメサイアの二人がそれぞれ運転席と助手席に座っていた。今回の運転は、カガラさんのようだ。
「一応言っとくが、俺らも事情は知らされてねえぞ」
「……じゃあ何で先輩に協力してるんですか?」
「てめえを助ける為だって言われたらそうするしかねえだろ。なんせ俺はてめえが欲しいんだからな。まして今は片腕が落ちちまって、猶更居ないと困る」
「私はまあ……義理だよ義理。従わない理由もないしね。パートナーだしさ」
運転中のカガラさんはともかく、ハイドさんの顔は事情を知らないという割には暗い。伏し目がちになって、時々俺の視線を避けるように顔を窓の方へやっている。
「……随分、暗いですね」
「あ? そりゃそうだろ。生半可な手段じゃお前を助けられねえ。下手な事すりゃメサイアに傷がつくわ俺の裏切りがバレるわ大変だぜ。そういうこった。保身だよ保身。てめえも大人になりゃ分かる。立場に傷がつくかもしれねえんだからそりゃ暗いだろ」
「…………未紗那先輩、貴方に謝ってましたよ。伝言とかじゃないんで、事実だけ伝えますけど」
「は?」
後部と前部を乗り越える勢いでハイドさんが食い気味に顔を近づけてきた。今日は東京にしては控えめな交通量で、車はぐんぐんと進んでいく。
「…………おい、I₋n。車を戻せ」
「は? 何を―――」
「アイツが謝るなんざおかしい。気が変わった早く―――!」
ピロン♪
緊迫した車内に鳴り響く明るい音。三人の間に気まずい沈黙が流れる。
「あ、これ私の通知音」
カガラさんはそうでもなかった。
「何の通知ですか?」
「紗那に波園こゆるのアカウントをフォローしておけって言われたんだよ。それで通知が鳴ったら見てくれって―――多分ね、君にも見せていいと思う。ちょっと待ってね、車を停めるから」
慣れた手つきで車は路肩に停車する。三人の視線が一斉にカガラさんの携帯に注いだ。
それは、ほんの数十秒の動画。
こゆるさんがぐったりした様子でパイプ椅子に座っている。ドレス姿ではなく、制服姿で縄に縛られている。その部屋が何処かは分からない。彼女の周りだけをぼんやりライトが照らしているだけで、周囲に特徴となる物体は映らない。
「…………?」
俺の刺した箇所が上手く縄で隠されている。事情を知らない人間からすれば気絶しているだけにも見えるだろう。血色も何故か回復しているし。静止画かという数秒間を経て、足音がゆっくりと近づいていく。まだ誰も映らない。音だけが確実に録音されている。
拳銃が、彼女の側頭部に当てられた。
「え」
発砲。
頭を吹き飛ばされたこゆるさんが、絶命した様に思える。ちらりと映ったつま先が、パイプ椅子を蹴って倒した。今度は足音が大きくなっていく。音だけが、今度はカメラに向かって接近していく過程を示していた。
画面の端を見切れるように手が映り込む。もぞもぞと動いた暗闇が、暫くすると離れて、今度は顔と一緒に映り込んだ。
未礼紗那の顔が、この上なくはっきりと。
「―――おい。何でこいつが俺の銃を持ってんだ。おいシキミヤ! てめえが渡すとは思えねえ! おい! 何でだ! おい!」
動画は既に何十万と拡散され、それは間もなくSNSのトレンドに乗り、ニュース速報になり、知れ渡る。車の中からも周囲の人々の動揺が聞こえてくるようだ。
なんて事を。
なんて事をしてくれたんだ。
こんな映像があったら、誰しもが思うじゃないか。国民的アイドルを殺した犯人は俺ではなくて。
「…………先。輩」




