愛する想いに超ゆるものなし
マキナと兎葵が作戦会議をしている間に俺はカガラさんに向けて珍しく電話を掛けた。普段はあまり催促をしない方だが今は急ぎたい。せっかくマキナの目が離れたのだ。これもうかうかしているとまた携帯を取り上げられる危険性があって、それを取り戻す為に説得と言った余計なサイクルが始まる。単純に面倒なので、やりたくない。
『おや、催促の電話なんて珍しいね。君は結構短気なんだな』
『マキナが苛立ってるんで文句はそっちに言ってください』
『自殺しろって? そんな事しないよ。それに、追い立てられるのは慣れてるさ。うちの上司がよくやるけれどね、年下の子にされるのは背中を追われてるみたいで悪い気分じゃない。君も楽しむといい』
いやあ楽しみたくない。さっさと用事を終わらせてマキナとデートしている方が俺は楽しい。こゆるさんと会う動機には徹底して他の事情が絡んでおり、それを俺が楽しいと思った事はない。指名手配されてるのも嫌だったし、わざわざ会いに来たのだって廉次の顔を見る為とサインの為だ。何でこんな命懸けの状況を楽しまなければいけないのか。
『……でも丁度いいタイミングだね。位置が分かったよ。東京ドームだ」
『……あの野球とかコンサートしてる場所ですか?』
『へえ、随分詳しいじゃん』
『にわか知識なんですけどね。何するつもりなんですか?』
『こゆらーに君を連れて来させて公開告白するつもりらしいよ。それ以上は分からないけど、君の殺害が目的だった筈だから最後のチャンス、恩情って奴かもね。告白を受け入れてくれるならそれで良し、駄目ならその場で君を殺す。会場はもうこゆらーが満席状態らしい。私は協力者君に頼んで調べたから何とも言えないけど、一度入ったらほぼ出られないと思った方がいいだろうね。キカイの力を使えば簡単だろうけど……』
カガラさんが語尾を濁した理由については分かっている。。こゆるさんとは穏便に済ませたいと言った奴は他でもないこの俺だ。一度入ったら出られないような場所を無理に出る時点でそれは強硬突破に他ならない。
マキナの様子を窺うと、丁度アイツも俺の方を見ていたようで目が合ってしまった。直視するにはあまりに美しい月の瞳に通話も忘れて見惚れているとウィンクを返される。瞼に隠された直後、月の表面にはハートマークが浮かんでいた。
『……ああ、すみません。えっと……つまりあれですか。ゲームで言うとボス部屋みたいな』
『アンヘルイズムに染まってるみたいで何よりだ。あの人も喜ぶと思うよ。この情報を渡したらもうする事はないな……あ、そうそう。準備が出来たなら電話してくれってあの人に伝言を頼まれてるんだ。叶えてやってくれないか』
『……なんか回りくどいですね』
『口は悪いけどあれでも色々繊細な配慮をしてくれてるんだよ。じゃあね、健闘を祈る』
用件は一先ず済んだが、せっかくなので電話を掛けてみようか。片腕が無い人間を労わるくらい、俺だってする。カガラさんと違ってコールから応答までかなりのラグを感じたが、取り敢えずは無事に繋がってくれた。
『おお、シキミヤか。首尾はどうだ?』
『今の所はマシな方ですかね。でも……やっぱり穏便に済ませる方法が思いつかないです』
『まあそうだろうな。世界征服を目指す俺が言うのもあれだが、穏便に済ませるのは不可能だと思うぜ。人となりは知らねえがここまでの行動とSNSの発言を見た感じ我の強え女だ。自分の要求が通らないのを妥協しない。廉次と一緒にどうにかしろとは言わねえが……和解は諦めろよ』
『―――まだサイン貰ってないんですよ。サイン貰えなかったら妹にどんな文句言われるか。死んでも同じです。それに、こゆるさん本人はそこまで悪い人じゃないですよ。廉次はまあ……交渉の余地もなさそうですけど』
ハイドさんが大きなため息で会話を中断させた。
『……命狙われてんのによくもそんな呑気な事言えんな。悪い人じゃないって、流石はキカイに味方する人間様だことで。一応聞くが、まだキカイが好きなのか? 俺は都合が良いから構わねえが、もうどんな危ない存在かってのは分かってるだろ』
『……皆、そう言いますけど。俺にはやっぱりちょっと変わった女の子くらいにしか思えないです……ここだけの話、可愛いって思う事の方が圧倒的に多いかも』
『―――本当に、変わった奴だよてめえは。キカイもびっくりだろうさ。女の子として見られてるなんざ。一応言っとくが水を差すつもりはねえよ。あんな奴と争っても勝ち目はねえ。仲良くしてくれんならそりゃ結構。今回の件が落ち着いたら後でてめえに波園こゆるのサインをくれてやるよ。なーに、ちょっと上司の特権を濫用すりゃいいだけさ。だからそこは心配しなくていい。何も助けてやれねえが頑張れよ』
また電話を一方的に切られた。サインをあげると言ったって、普通サインはその人宛てにしている筈だ。その辺りを誤魔化せるとは思えないのだが―――一応安心はしておこう。ここまで至れり尽くせりだ、何としても俺は俺の最善を追求しなければ。
「有珠希! 電話は終わった?」
薄々勘付いていたが話し合いはあちらの方が先に終わっていた。兎葵は目線だけとはいえ心なしか俺に助けを求めているようにも見える。マキナの方は正直分からない。ただ頬をほんのり染めて、感情の滲む笑顔のままルンルンと身体を揺らしている。
「…………何だよ、また携帯没収か?」
「ううん、それは見逃してあげるわ。とっても嬉しい事があったから! ふふふ、じゃあちゃちゃっと片づけちゃいましょう? 兎葵も準備が出来たみたいだから、有珠希さえ良ければ直ぐにでも始めたいんだけど」
「位置は東京ドーム……つっても分からないか?」
「兎葵の携帯でさっき見たわ! あんなに大きいなら上空から見渡せばすぐに判別出来るじゃないッ。私は準備しておくから後は兎葵に聞いて?」
そう言い残してマキナはふわりと跳躍。初速は緩慢なものだったが見上げた瞬間にはもう消えていた。俺と諒子の視線は必然的に残った兎葵へと注がれる。事情を説明して欲しいという意味ではなくて、腕に負った怪我が気になった。
「…………大丈夫か?」
「平気です。もう慣れました。じゃあ……説明しますね。今から二人には私の血を浴びてもらいます。マキナさんは東京ドームの何処かに血を撒きにいってるのでそれが終わり次第ですね。ただ、東京ドームに居るって事なら内部に入るのは自力になりますね」
「…………こゆらーはどう突破するんだ?」
「そこまでは知りません。自分で考えて下さい」
観客席にこゆらーが集結している事を考えると、正面から堂々と行くのは自殺行為だ。するとどうすればいいのだろう。こればかりはメサイアの力も借りられないしマキナの力なんて借りたら大惨事だ。
「……繋がりました。準備はいいですか有珠さん。諒子さん」
「………………なあ兎葵。穏便に済むと思うか?」
「無理だと思います。ここまで拗れたんだったら……別に、有珠さんを馬鹿にしているとかではなくて。どんな手段を使ってもって感じじゃないですか。話し合いで全て解決するなら警察は要りませんし、幻影事件なんて起きなかったはずですよ」
それでも俺は、平和に終わらせたい。
それでも俺は、あの人の善性を信じたい。
だからまずは、廉次をどうにかしよう。アイツが全てを狂わせた。何もかも悪いのはあの男で、こゆるさんを恨むのは筋違いというものだ。




