欲しいモノは手に入れたい
諒子の居場所が分からなかったので最初に向かおうと思っていた場所まで向かうと、見つけた。頭に包帯を巻いているので直ぐに分かる。再会を喜びたい所だったが、俺が居ない間に何があったのだろう。五人くらいの男に絡まれている。ナンパされたというよりは絡まれたのだろう。俺やマキナみたいなごく一部の例外を除けば怪物に見えてしまう難儀な視界だ。まだ何もされていないのに彼女は自分の身体を守るように蹲って震えている。
「おーい。ぶつかっといてごめんなさいも無しですかー?」
「なあこの子よく見たら可愛くね? デートで手打ったらいいっしょ」
「おーそれいい! ねえキミ、名前は?」
いつもの諒子ならもっと噛みついている筈……と思ったが、アイツが強気に反抗している時は大抵俺を守ろうとしている時だ。そうでなければ教室でもっと目立っている筈である。助けに行かないといよいよ無抵抗で連れて行かれそうなので普通に割って入る。
絡まれるのが面倒なので、白い糸を切って硬直している間に連れて行く。
「行くぞ諒子」
「……式君。私……!」
「ごめん話は後だ。ややこしい事になりそうだから離れるぞ」
都会において全く人目につかない場所なんてそれこそ真夜中にでもならないと存在しないが、人通りの少ない場所なら幾らでもある。密度の死角だ。人が多く見えるのはそこに用事がある事が多いからで、例えば五十歳の人間しか用事のない建物の通りがあれば、そこはそれだけ人通りが少ないだろう。例は例であってそんな通りがある訳ない、あっても田舎暮らしの俺に発見できる道理はないが、何となく暗くて、狭くて、お店の無い通りは人気が少ないイメージがある。
適当な所で彼女の手を離すと、直ぐに飛びつかれた。目の周りには爪を立てたような痕がくっきり残っている。視界の種類は違えどストレスは分かる。目を抉り出しそうで、それを必死に我慢した結果だろう。ああ、ではナンパどころではない。危うく失明させる所だった。
「式君。心配したんだぞ……! 勝手にどっか行って、本当に本当に本当に……ううううううう!」
「ごめん。なんか、助けてくれた人が居てその人に連れられてった。お前が呼んでくれた訳じゃないんだな。いや、いいんだ。こうして合流出来た訳だしな」
マキナと違って諒子の身体は冷たい。死体を抱きしめているとまでは言わないが、本当にひんやりしている。それが身体全体に諒子の存在を伝えてくれる。冷たくて、柔らかくて、小さくて。夏だったら抱き枕にしたいくらいだ。
「…………ごめん」
「許す、よ。式君が、無事だったから」
段々恥ずかしくなってきたのでよそよそしく身体を離す。偶然にもそれと同時に携帯に通知が入った。こゆるさんから『何とか仕事を切り上げました』という旨のメッセージが来ている。笑顔のスタンプがやたら連打されているのは、何なんだろう。
「―――ようやく来たか。すまん諒子。占いは無理だ。連絡来ちまった」
「連絡?」
「言っただろ。お前に俺を守って欲しいんだ。危なくはないと思うんだけど別の意味でちょっと危惧するべき事とかあるし……取り敢えず今から距離を置いてついてきてくれ」
「……あ。じゃあその前に」
諒子がおもむろに差し出してきたのは赤い糸の繋がった『何か』。その姿を俺には視認出来ない。ただ確実に赤い糸は繋がっており、諒子の手には何かがある。
「…………視えるのか、お前」
「普通に視える訳じゃないぞッ。ただなんか……空間が歪んでるんだ。式君の言葉を信じたら、これが部品なのかなって。合ってるか?」
「合ってるよ。合ってる合ってる! お前凄いな!」
「そ、そうか?」
俺とは違う形で、部品が視えるようだ。遠くから探すと言った芸当は出来ないと思うが、それでも十分。俺も初めて部品を見た。責任を持って預かりたいが、肉眼で見えないものを管理するのは結構難しい。ポケットに入れても重さを感じないし、これでは落としても気が付かなさそうだ。
「……お前が持っててくれないか」
「私、が?」
「ああ。念の為な。全部終わったら受け取るよ。それじゃ行こう」
「ま、待って。他にも渡したい物があるんだ! それを一番に渡したかったんだけど」
それはこゆるさんとの約束を先に置いてまで応じるべきなのか。そんな風にしか考えられない自分が嫌いだ。いざ連絡が来て焦っていたのかもしれない。しかし諒子に服の裾を掴まれている。まるで俺に見放さないでくれと願わんばかり。別に悪い事なんてしていないのに、
「……やめろ。そんな目をするなって。何を渡したいんだ?」
「………………!」
また抱き着いて来たかと思うと、ポケットに手を入れられた。離れてから中身を確認すると、クマの形をしたチョコが包まれた状態で入っている
―――ああ、そういえば貰ってなかったな。
期待はしていなかった。諒子と俺は友達で、友チョコという概念はあるが別に渡さない事だってザラにある。大体がして俺はチョコが貰いたいから友達になった訳じゃない。チョコ自体も小中ではクラスチョコとして貰った事もある。パッと思いついた感じだと結々芽には貰った―――
あ?
俺は貰った事がないんじゃなかったのか……?
だけど『今』の俺にはその記憶があるような…………いや、よく考えたらなかったような。諒子は赤くなった顔を隠すように手で覆って、俯いている。
「…………顔は、見ないで。くれ」
「……有難う。嬉しいよ。今日は俺の人生で最もモテた日なんじゃないか」
「初めて、渡したかったな」
「いや、同級生から貰ったのは初めてだ。ホワイトデーには必ず返す。手作りかどうかは分からないけど」
「その前に部品が回収出来たらいい、な」
「―――そりゃそうだ。いつまでもちんたら集めてられないよ」
もう分からない事だらけで頭がいっぱいいっぱいだ。何にも起因していないと思われる部品集めを取り敢えず終わらせなければ。
こゆるさんに指定された場所まで行くと、白い乗用車が停まっていた。諒子には少し離れた場所から付いてきてもらっているが、文明の利器を相手についてこられるだろうか。今から対策をするのは難しいだろう。既に車の窓からこゆるさんが顔を覗かせているのが全てだ。ここは既にあの人の視界内。俺が見てから取れる行動はない。
ファンらしき危ない人間の姿はない。車に近づくと自動で扉が開き、奥でこゆるさんが座布団を抱きしめながらちょいちょいと手招きしていた。
「早く。早く乗って。見つかったらスキャンダルですから」
死体がそこら中で見つかって社会全体の金回りが破滅した状態でアイドルのスキャンダルなんて一体どんな火が立つのだろう。アイドルに興味のない俺にはてんで想像がつかない。意外ととんでもない事になるのかも。
他愛もない事を考えながら乗車すると、手を出すよりも早く扉が閉まり、完全に閉まるより前に車が発進した。
「トップアイドルともなると専用の運転手が居るんだな。興味本位で聞きたいんだが、俺を家に入れた事が何処からか漏れたらどうするんだ?」
「んー。大丈夫だよ多分。有珠君は何にも気にしないでいいんです。あ…………ほ、ほら。ねえ有珠君はこういうの好き?」
こゆるさんは自身の衣装もとい肉体を見せつけるように前傾になって俺に身体を寄せてきた。衣装と言っても只のブラウスだが、どうも普通の制服に比べて透けやすい仕様になっているみたいだ。サイズは合っていてもそれ以上に胸の自己主張が強く、ボタンを緩めても生地の張り具合は変わらない。狙っているのか丁度胸の谷間にあたる部分だけはボタンが外れており、その両脇からはハッキリと水色の下着が透けている。
「……ノーコメント。何かお前、録音してるとか言い出しそうだし」
「それってほぼ答え言ってるよ? それに視線とかで大体わかっちゃう。アイドルですから。録音なんてしてないから……君が触りたいなら、触っても。それとも下の方を触りたい?」
座席に座っているから目立たないが、こゆるさんのスカートは校則で取り締まられても庇えないくらい短い。太腿の肉付きもあって半ば程露出しているだけでも見てはいけない物を見ているみたいだ。
「やめろやめろ。脅迫材料を増やすな! そんな感じでずぶずぶハメるつもりだろ。これアイドルっていうかハニートラップだぞ。スパイとかでやれよ」
「そんなつもりじゃ……ありだけど」
「おい!」
「だ、だってぇ……やれって事じゃないの?」
「フリじゃねえ。いや、本気で。マジで。なあこゆる。俺だから止めてるけど、他のファンとかだったらどうするつもりだ。今から下着を全部渡せとか上も下も生の感触を確かめさせろとか言ったら従うのか?」
「え、そうだったの!? それならそう言ってくれれば」
「やるなって!」
変態だし、余裕で犯罪だし。下着越しでも手遅れだが下着が隠している部分を触り出したら人間として終わりだ。『傷病』の規定じゃないが生殺与奪の全てを握られる。こればかりは上も下も関係ない。元から手遅れなのが地獄直行便に変わっただけだ。
「……えっとな。俺は番組の録画を見たいんだ。それでお前の家に行くんだけど……変な真似はするなよ」
「通報は?」
「しても不利だろ」
天下のトップアイドルがこんなハニートラップも辞さない強硬派だとは思いもしない。痴漢だって男性から女性に対するケースが圧倒的に多いのが実情だ。しかもこゆるさんはドラマや映画にも度々出演している。演技という面で俺が勝利する確率は驚きのゼロ。別にデータはないが分かる。
「大丈夫ッ。そんな事しない。有珠君は私の大切な恋人だからッ♡」
「勝手に恋人にするな」
ああ、思った通りだ。この人は危ない。己の立場を良い事に好き放題する危うさがある。マキナよりも分別がなくて危険だ。
―――諒子。いざと言う時は頼むぞ。
そもそも追いつけているのかは、分からない。未紗那先輩を追跡出来た実績を信じよう。




