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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅶth cause ネガイを赦す権能

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救いたい者と救われたいモノ

 何故だ。橋本とかいう男の人の顔がどうしても思い出せない。会話から身のこなしから全てが鮮明なのに、そこだけが抜け落ちている。断じてド忘れなんかじゃない。これは明らかに干渉を受けている。もしかして……『認識』の規定?

 俺の心臓としての役割を果たしつつ誰かが使用出来るなんてそんな事があり得るのだろうか。しかし東京から帰ったら人間教会とやらに行かなければならない。現状、最有力容疑者だ。

「その人、気になりますね」

「ん? お前もそう思うか?」

「顔が思い出せないカラクリは良く分かりませんが……それなら着替えるだけで別人に成りすます事も出来ますし。今から私が一人で確認しに行ってもいいですよ」

「……やめた方がいいと思うわ」

 またいつになく真剣な声で、マキナが兎葵を制した。それとこれとは話が別と言わんばかりの切り替え方には感心する。兎葵もおちゃらけたマキナはともかく、真剣になった彼女は無碍にできないようで煩わしそうに表情を歪めていた。

「……天敵の『刻』はもう回収したじゃないですか。だったら逃げるくらい」

「そうじゃないわ。仮定は最悪を想定するものよ。最悪じゃない仮定なんて小難しく考えなくても気合いで何とかなってしまうから。いいかしら、その男が私の規定を回収してニンゲンの願いに沿って与えたり力を行使してた場合、そいつは複数の規定を司ってる事になるわ。『星』の規定や『空気』の規定、『空間』『蒸気』。どれを持ってても勝ち目も無ければ逃げられないから確証がないなら迂闊に刺激するのは控えた方がいいわ。有珠希は守ってあげてもいいけど、それ以外の保証は出来かねるし」

「……ちょっと待て。何か俺でも聞いてるだけでやばそうな物がたくさん出てきたぞ。取り敢えず参考までにどういう殺され方があるのかを聞かせてもらえるか?」

「……蒸気とか、想像もつかない、な」

「『星』の規定はこのセカイの構成要素を弄るってだけ。貴方達が生きていく上でこのセカイは唯一最適な場所だって事くらいは分かると思うんだけど、そこを変えられたら逃げ場なんてそもそもなくなるわよね」

「……つまり?」

「このセカイをニンゲンの生きられない環境に調整されたら終わりって事よ。まあそこまで大がかりな事が出来るニンゲンが居るとは思えないけど、もし部品が見えるなら、兎葵が行った場所にだけそういう変化を施す事も出来るわ。『空気』も同じね。構成要素を弄られたらニンゲンにとって致命傷よ。周辺状況を無視して酸素分圧を高めて中毒にしてもいいし、低くして酸欠を引き起こしても良い。『空間』の規定があればそれと併用して視覚的に箱庭を作って閉じ込める事だって可能よ。或は次元段階を引き下げた空間に隔離するも良し。『蒸気』だったら蒸発の基準を大幅に下げるか上げるかすれば逃げ場なんて関係ないわ。液体が一切蒸発しないで地表を満たし続けるか、蒸発し続けるかの二択。外に出ただけで血液が蒸発するくらいやれば、殆どの人間は死ぬでしょう?」

 なんかもう、大袈裟と言うか、スケールがおかしい。マキナも驚かせたいつもりで言っているのだろう。規定にはちゃんと限度がある(上限と下限にはなれない。『傷病』の場合は無視出来るダメージに限界があるらしいので、この場合は上限になる)という部分を省いている。しかしそれを差し置いても凶悪だ。人類にとって悉くが致命傷。マキナがその気になれば人類滅亡なんて訳がないと思い知らされる一瞬である。

 肝が冷えたくらいのつもりだったが、諒子は露骨に怖気を走らせており、俺の手を握って震えていた。その反応は正しいと思う。気軽に実行出来てしまう存在が目の前に要るのだ。俺がおかしいだけで、諒子の反応は至極真っ当。

 ついでに言わせてもらえばマキナが挙げた『規定』に対するカウンターが未紗那先輩の『生命』になるのだろう。あの人は生物が生きているその物の状態を自由に操れる。どんな環境になろうとも通用はしない筈だ。

「……ま、待って欲しい。よく分からないんだけど。もう全部その力? は集められちゃったの、か?」

「それも分からない。飽くまで仮定よ。言ったでしょ、最悪を想定するって。でも今回は殆どないだろうとは思ってるけど」

「何で、だ?」

「そんな事しようとしたら私に気付かれるって分かってる筈だから。さっきも言ったけどそこまで集めてた場合の話よ。限りなくその可能性は低いけど、無駄死にしたくなかったら控えておくべきね」

「…………私が死ぬだけなら、って思ってましたけど。そこまで周りに被害が出るならやめておきます」

 賢明な判断だと思う。少し前まで逆張りし過ぎるあまり痛い目にばかり遭ってきた俺が言えた事ではないが、度を越えた逆張りは命の危険に晒される事もある。ここで意固地になるのは周りの意見と違う事を言う次元で終わるモノではない。幻影事件をどんな思想の持ち主でも己の思想の土台にしないのは自分も含めてとんでもない被害を被ったからだ。政府が悪いと言ってもその政府も被害を被り、隣人が悪いと言っても隣人だって被害者で、何処にも得をした人物が居ない。だから誰も幻影事件の解釈に疑問を挟まない。集団幻覚という事にしておかないと、正気を保てなくなるから。




「で、黒いシャッターは何処にあるんだ?」



  

 人間教会の話をここでしてもしょうがない。話題はメサイアを名乗る男との出会い方に誰の了解もなく戻っていた。諒子は全くこの話についていけてない様子で、『料理、まだ来ないのか』とぼやいていた。今の社会状況じゃ仕方ない部分もある。

「それが、分からないんです」

「おい、都市伝説じゃないんだぞ。いや都市伝説なのか……? 黒いシャッターって流石に目立つだろ。今のご時世で何処にあるか分からないなんてあり得るのか?」

「だって本当に分からないんです。黒いシャッター自作してる人の投稿とかは見つかりますけど。自作じゃ駄目みたいで。まあ黒いシャッターには願いを叶えたい人の名前が大量に書かれてるので、贋作を作ろうにも作れないでしょうけど」

「…………都内にあるって言ったな。じゃあ丁度いい。ここで食事を済ませたら兎葵とマキナにはそれを探して欲しいな。行動力のあるお前達だったら夜までに見つかるんじゃないか。本当にあるなら……だけど」

「私は?」

「諒子にはちょっとついてきて欲しい。身の安全がちょっと……心配でな」

「だったら私を連れて行けばッ? 有珠希の障害になりそうなモノ、全部消してあげる!」

「お前は見境なさそうだから駄目だ」

 してほしいのは飽くまで護身。何故諒子なのかと言われたら俺が未紗那先輩に拉致された際にその場で襲う事はせず追跡に徹してくれた実績があるからだ。文句ありげなマキナはさておき、突然選ばれた諒子は瞳を陰らせながら憂いを帯びた表情で見つめてくる。

「……私で、いいのか。もっと考えた方が、いいと思う、ぞ?」

「―――嫌なら無理にとは言わないよ。お前にも危険が迫る可能性はあるし」

「ち、違うんだ! 嫌じゃないぞ全然ッ。でも……ただ。役に立てるか不安、だから。マキナさんもいるし……」

「……言葉不足だったな。してほしいのは護身なんだよ。アイツ隣に居たら護身じゃなくて鏖殺になる。友達のお前を信じて、もしもの事があったら何とか逃げられるくらいには守って欲しい」

 こちらの会話など知った事かと料理が運ばれてくる。食事を後回しにしてまで話を続けるべきかは分からない。ケースにストックされたカトラリーを他の三人に分配する。

「……式君」

「ん?」

「私が、守る。ぞ」

「…………すまん。ありがとな」

 束の間の休息。もしくは嵐の前の静けさか。こゆるさんの事を信じていない訳ではないのだが、あんな風に脅されたら誰だって怖い。ましてや相手はトップアイドル。ファンを手足に何をしてくるか分からない。

 こゆるさんが何をしてきても良いように。何もしなければ勿論、それが一番良い。浮いた時間で友達と何の気兼ねもなくデート出来たら……ああ、待て。


 こういう想像をした時は大抵、実現しない。未紗那先輩との約束だって怪しいのだ。これ以上は考えない様にしよう。

 

 

 

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