煌めく星の全て
美人は居るだけでも目立つが、そうは言っても人間がこの世に何人いるのか、という話だ。ただの美人なら視線を吸う事はあっても目立つまではいかない。だがコイツの金髪は人間のそれとは光度が違う。鮮やか、煌びやかで、華々しい色は人混みの何処であっても目立つだろう。日亥が比較的田舎だったから相対的に目立たなかっただけ。老若男女が犇めくこの場所に置いて、マキナ以上に目立つものなんてなかった。
居心地がとても悪い……と言いたい所だが、代わりに隣でうきうきるーんと笑顔を弾ませるマキナが可愛すぎて、口が裂けてもそんな事は言えない。
「どうかしたの?」
「いや……」
横目で顔を見ていたら気付かれた。気付かなくて良いのに余計な事ばかり気付く奴だ。目を逸らして当てもないのにそれっぽく歩き続けて何とか遊ぶのに丁度いい場所を探っていると、マキナが何も言わないのが段々恐ろしく思えてきた。特に警戒するような理由もなければそういう事例があった訳でもない。漠然とした不安に心をやられて振り返ると、今度は目が合ってしまう。
「どうしたの?」
「………………もしかしてお前、ずっと俺の方見てないか?」
「ええ。見てるわよ。それがどうかした?」
「何で見るんだよ」
「……さあ?」
マキナは両目を瞑って、左目だけをゆっくりと開いた。瞳孔をハート形に作り替えてまで、じっとこちらを見つめている。心なしかその表情は楽しそうで、何か得体のしれない神秘的な色気を纏っていた。
「貴方が近くに居ると、勝手に視線がいくの。別にみてるだけよ。何もしてないわ」
「―――怖いからせめて喋りかけてくれないか?」
「じゃあ何処に行くの?」
はい自爆。
言わなきゃ良かったと思う反面、素直に言う事を聞いてくれるのはとても有難い。自爆とは言ったが半分博打の前提で、丁度良さげな場所を見つけた。そこに行くまでの道筋は分からないが、方向さえ正しければその内到着するだろう。
「……サプライズにしたいんで、ノーコメントで」
「何それ! 変なの」
「そ、それよりも先に聞きたい事があったんだよ。諒子と兎葵を二人で行動させてるって話さ、大丈夫なのか? ごめん言い直す。大丈夫じゃないよな。特に諒子。お前も俺も傍に居なかったら誰がアイツのメンタルを支えるんだよ」
「それなら心配いらないわ。リョーコは包帯で両目を覆って視界を閉ざしてるから」
「は? ……え、じゃあどうやって歩くんだ? 見なくても分かるみたいな超能力が芽生えたり?」
「? 兎葵が手を引けばいいじゃない」
「……なんか盲導犬みたいだな」
暫定妹を盲導犬呼ばわりは失礼極まっている気がするものの、そんな状態で都会を歩く二人はさぞ目立ちそうだ。美貌よりも何よりも、『変』という状態が一番人目を引く。目隠しの女の子を連れて歩く中学生か……想像したら絵面が酷い。諒子の気持ちも分からないではないが、もう少しやりようはなかったのか。
「……なあ。あの二人って仲良かったっけか。俺の記憶が正しければ友達の友達レベルの繋がりしかなかったと思うんだけど」
「正しいと思うわよ。それがどうしたの?」
「…………」
可哀想な諒子。
悪気はないのだろうが、再会した時までにストレスで潰れていないか心配だ。合流したらとにかくケアしないと。友達の不幸を労わりつつ歩いていると、ようやく目的地が見えてきた。
「ここで遊ぼう」
まるでずっと前から決めていたかのように振舞ってみたが、マキナは妙な所がポンコツなので気付かなかった。辿り着いたのはボウリング場。かつてのデートはただの食事だったが、今度は都会だし思い切り遊ぼうという魂胆だ。
「一応聞くけどボウリングは知ってるよな」
「知識としてはね。やるのは初めてよ? 貴方は?」
「お前と同じだ。糸がちょっとな……でも、勝負は勝負だ。お互い本気でやる為にも勝ったら負けた方に命令できるという事にしよう」
「へえ……キカイに挑むなんて良い度胸ね。良いでしょう! 有珠希には私がどんな時でも最強だって事を教えてあげなきゃねッ」
勝負事には随分乗り気な様子。無理もないか、まともな戦いは勝負にすらならない。こういう娯楽上での勝負でもないと、俺だってマキナを満足させられない。キカイと人間のスペックはそれだけ乖離している。
別に勝算がない訳じゃない。幾ら相手が人外でもお互い経験はないのだから五分だろう。ボウリング場には行った事もなかったせいでなにをどうすればボウリングを遊べるかも分からなかったが、店員の糸を読んで何とかその辺りは解決した。見栄を張るのも一筋縄じゃない。
「取り敢えず1ゲーム」
「そうね。こればかりじゃ物足りないから! 先攻は私でいいわね?」
「…………じゃんけんで決めたかったけど、なんか先にやりたそうだから譲るわ」
俺も初めてなので、マキナの腕前を見たい気持ちはある。料理の一件から分かる通り、こいつは再現に関しては完璧に行えるがアドリブが行えない。ここに来るまでにボウリングのプロの投球などを見ていなければ確実に勝算はある。他にもボウリングで遊んでいる人間はちらほらといるが、どれもこれも投球は大した事がない……!
「そいやあああああ!」
頭の上に球を置いたかと思うと、腕を薙ぎ払って投げる独特な投球フォーム。真似が出来なかったらここまでとんちんかんな投げ方になるらしい。ガターに行ってくれればそれだけで勝ち確定まで見えたが、流石にそこまでではなかった。ピンが六本。まずまず。
「…………いや、そんなにドヤ顔されても」
ストライクを取ったならまだ分かるが、六本倒したくらいで得意気に見つめられても本当にどう反応すればいいだろう。その後、マキナは順当に残りを倒してスペアを取った。
「……んー。ちょっと勝てるか怪しいな」
「あれ? 急に自信無くしちゃってどうしたの? 私に勝つんでしょ? せいぜい足掻いてよッ」
「応援してるのか下にみてるのかわっかんねえなその言い方。今の言い方に物凄く腹が立ったから絶対勝つわ。人間を舐めんなよ」
「頑張ってッ!」
残念ながらこの勝負、イカサマが使えてしまうので何としても俺が勝たないといけない。
先に言い訳しておくと、仕方がないのだ。俺だってイカサマはしたくないが、この視界が常時赤く広がっている限りそれはかなわない。レーンに広がる赤い糸が何処にどう球を転がせばどんな結果が出るのかを示してくれている。俺が初心者でもプロでも、この糸に従って球を投げればその結果が再現されるだろう。果たしてそれは、過去に見知らぬ誰かが使った状況の再現。誰かがストライクを取った事があるなら、俺はその道筋を辿ればいいし、辿ってしまえる。
この視界は俺の意思で広がっている物じゃないから、使わないというのも妙な話だ。わざと外すのもそれはそれで勝負として不誠実。真剣勝負は持てる手札を全て使って迎え撃つのが醍醐味だろう。ならばこの不本意なイカサマをしてでもマキナの鼻っ柱をへし折ってやるのが人間の務めではないか。
「……ほッ」
球が転がる。寸分の狂いもない。ストライクの因果目掛けて調整をした。真っ直ぐ転がっていく球が全てのピンを倒すその光景が見えている。
―――悪いな、マキナ。
勝ち誇ったようなしたり顔と共に盤面を見ると、ピンの両端を残して八本。
あれ?




