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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅶth cause ネガイを赦す権能

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きかいのきかいなしっと!

 少し、波園こゆるというアイドルを侮っていたかもしれない。もしかすると他のアイドルをやっている方々も同じくらいえげつない事をしているのだろうか。だとするなら興味を持たないのは失敗だった。

「……うん。これで一五〇枚目ッ」

「……ファンサービス旺盛だなって言いたいんだけど、俺、別にファンじゃないんだよな」

「ファンの人に、こんな事すると思いますか? ……あ。 有珠君だけだよ? 私だってこういう仕事してるから慣れてないなんておかしいんだけど―――流石に、恥ずかしいかな!」

 昼食はとても美味しく頂いたが、その後に事件は起こった。何をどんなつもりか俺との個人メッセージに自分の画像を物凄い数送ってきて、挙句それを目の前で保存させられるのはどんな拷問だ。こゆるさん曰く『こゆらー偽装』らしい。確かにカメラ機能はそんなに使っていないが、だからって全部こゆるさんの画像で埋めるのはやりすぎである。

 中学高校の制服を着た写真に始まり、春の流行コーデだの水着だの浴衣だの、ハロウィンコーデだのクリスマスだの晴れ着だの。ありとあらゆる行事に際してこの人は様々な服を着ている。ただ服を着るだけの仕事と侮る事なかれ、ポーズも素人目には分からない研究がされている筈だ。分かりやすい所で言うとこゆるさんの水着はビキニタイプならセクシー且つ胸元に視線が行くように、ワンピースタイプならすらりと伸びた綺麗な足やシミ一つない腕に、ポーズによってはパンチラするかしないかというきわどい部分を攻めるに至っている。

「因みにこれ……中に水着を着てるパターンと本当に何も着けてないパターンがあるって噂だけど知ってる?」

「本人が噂って言い出したら嘘じゃねえか」

「ふふッ! 正解。そんな破廉恥な事、幾ら私でもしないよ。でも有珠君に渡した写真は……どうだろね」

「はあ?」

「背景で分からない? これ、ネットで出回ってるようなのじゃなくて、私の自撮りだよ」

 そう言われると、背景がベッドばかりだ。成程、つまり俺に渡されたデータはポーズの研究課程の物だったという事か。写真の糸を読むにこれらの写真はかなり時期が離れており、最初に貰った写真は中学一年生の頃か。逆年齢詐称も甚だしい。こんなスタイルの良い奴がいるかと思ったが、糸によると整形も規定もなく自前という事で、この時から恐ろしいポテンシャルである。

「…………知っての通り、ファンが嫌い。だから考えるの避けるようにしてたけど……有珠君なら、どんな目的で使っても、いいよ?」

 そう耳元で囁かれても、どんな目的って……こゆらーの人に対する交渉札として使ってもいいのだろうか。いいのだろう。だって偽装だし。そこまで都合よく彼または一部の彼女らが何か邪魔をしてくるとは思わないが、選択肢はあるに越した事はない。

「そう言えば君、そろそろ戻らなくていいのか? 休憩って言っても……流石にこれ以上は不味くないか?」

「心配してくれるんだ。有珠君、やっぱり違う。じゃあ、何とか切り上げたらまた連絡するねッ」

「……出来るだけ、早く連絡くれよな」

「―――は、はいッ!」

 こういうのはスピードが大事だ。早い所マキナの規定を不特定多数にばら撒いてる元凶を見つけないと、こちらが嗅ぎ回ってる事に勘付かれてしまうかも。そういう意味では当てにしている。こゆるさんだけが今は頼りだ。 

「……所で俺、いつ下りればいいんだ?」

「……いつでも大丈夫だよ。何とかするから

 その言葉を信じるしか下りる道が無いので、今すぐにでも下りた。扉を閉める直前、何処ぞのゴスロリさんみたいに投げキッスをして俺達は一先ずの別れをした。どうもスタッフや警備員がこちらを見ていないのはたまたまではなかったようだ。それでもファンに捕捉されたら面倒なので足早にその場を後にした。


 しかし土地勘が無い場所を適当に飛び出すのも悪手だ。


 こんな事ならこゆるさんに地図でも貰っておけば良かった。マキナとどうやって連絡を取ろう。あの人が仕事を終えるまでは暇だから今の内にデートをしておかないと困るのに、アイツと来たら何処へ居るのだろうか。振り回されているであろう諒子や兎葵の苦労が偲ばれる。

「…………まあ俺を差し置いて何の手がかりもなしに拾得者を探してるなんて事は―――」



 立っていた。

 この世の幻想を内包したようなキカイが。ガードレールに腰を下ろして、見慣れないストーム入りのサンダルで地面を突きながら、待っていた。誰を待っているかなんて言うまでもないだろうが、その光景に俺の足はすっかり止まってしまった。果たしてこの瞬間こそ、絵画や彫刻のそれに類する美術品であろう。美人は目立つという次元ではない。地面に視線を向けて歩いている人間でもない限り、年齢や性別を問わずマキナの美貌に皆が見惚れていた。都会だからナンパもある筈だなんて偏見も甚だしいが、アイツに声を掛けようと思う人間はまずいないだろう。まして軽い気持ちで搔き乱しに行っていいものじゃない。その美しさは。この華やかさは永遠になって価値がある。目を凝らせば素肌が透けて見えそうな白いトップスに黒のハイウエストスカート。高級なファッションでも何でもない。アイツの事だから買ってすらないだろう。

 それでも、高貴な美しさは少しも曇りはしない。

 銀色の瞳が、俺の方にちらっと動いた。


「…………」


 何となく怒っているような気がしたので、俺はその場から逃げ出した。少なくとも人目がない場所にまで逃げたかった。人類史上最も付き合いの長い人間は俺だが、そんな自分でも弁えたい瞬間はある。人目のつく場所を歩きたくない訳ではなくて。ただあの瞬間だけは邪魔したくなかった。人目のない場所人目のない場所へと流れて行ったら建物と建物の間の、とても入り組んだ場所に来てしまったが、後悔はない。


「こんなに待たせておいて、鬼ごっことかちょっと自由過ぎない?」


 既にマキナは追いついていて、まるで待ち伏せていたかのように仁王立ちしていたのだから。


「―――や、悪い。なんか怒ってる気がしたから」

「怒ってる? ……ええッ。それは正解よ。私、今とっても怒ってるわ。自分でもどうかなりそうなくらい。ああもう、部品が壊れそう。今すぐにでも有珠希を子供に戻して分からせてあげたくなるわ!」

 一瞬で距離を詰められて、反応出来ない。糸がないから何も分からないが多分怒っているのは本当だ。珍しく俺を壁に追いやって、股下を足で蹴りぬいた。


 ―――ドゴンッ!


 壁に背中がくっついていたからこそ分かる、ここだけが直下地震の兆候を貰ったのかと錯覚しそうな激震が走った。法律上耐震構造にも問題はない筈の建物が、あと一歩で崩壊寸前だ。壁に広がる赤い糸がそれを教えてくれた。

 驚嘆すべきは罅一つ入れずに建物だけを揺らすマキナの手加減だが、そんな事を気にしている内に俺の方が手遅れになりそうだ。これは本当に不機嫌だと断言出来る。

「兎葵が教えてくれたわ。有珠希が部品探しもしないであの女と仲良さげにしてるって」

「―――あの野郎……! 待てマキナ。誤解だ。部品探しに必要な事なんだよ」

「ふーん。そうなんだ」

「お、珍しく分かってくれたか」

「…………ふーん…………」

 月の瞳が俺を捉えて離さない。別に分かってくれた訳ではないと、そう物語っている。どうやら死への恐怖が俺に空気を読む力までつけてくれたようだ。この場で生き残るにはどうすればいいか。俺の頭は冴えわたっていた。

「ごめんってッ」

「―――何に怒ってるか分かって言ってる?」

「いや、別に。怒ってるから」

「有珠希!」

「ごめんって! いやでも、本当に違うんだ。お前を探そうと思ってたんだよ。だ、大体だな。俺の方からデートに誘ってるのにお前を蔑ろにするのはおかしいと思わないか? 俺が好きで誘ったのにさ!」

「…………仲良くするのが、必要な事なの?」

「あの人の性質上しょうがないんだよ。俺の下心が透けたら目的が達成できないかもしれないだろッ」

 嘘は吐いていない。全て本当だ。それにしても人目がなくて良かったと思っている。傍から見れば浮気か何かの言い訳をする最低な奴みたいだ。マキナはまだまだ不満そうに口を尖らせていたが、取り敢えず股下に突き抜けた足は引いてくれた。

「―――いいわ。許してあげる。目を見れば嘘か本当かくらい分かるもの」

「……本当に悪い。最初に合流しておくべきだったよな」

 しかしそれをするとメサイアとマキナが鉢合わせする事になって、結果どう考えても二人の死は免れなかった。自らを中間管理職と自称したくなるくらい、うんざりする板挟みだ。個々人はいい奴等ばかりなのにどうしてこんなに食い違うのか。

「…………えっと。に、似合ってるな」

「え? そう?」

「…………」

 好感触の反応に羞恥心を覚えて、沈黙。マキナは直前の不機嫌はどこへやら瞳孔をひし形に輝かせて顔をずいっと近づけてきた。

「有珠希はそう思う? 似合うかしらッ?」

「…………………………………………ああ」

 マキナはその場でターンをして、見せびらかすように衣服をその場で揺らしてみせる。浮いたスカートがゆらゆらと。煌めく髪がキラキラと。緩んだ表情はニコニコと。主張の強い膨らみがゆさゆ―――   

  

 こういうのは真似するのに、下着は真似しないんだなあ。


 人間と違ってキカイには不都合がないからなのだろうが、あらゆる意味で身体に悪い。しかしマキナの存在が目の保養になるので差し引きプラスで見ないという選択肢はない。俺の負けだ。

「うふふふふッ! 有珠希に褒められちゃった! 嬉しいッ! 凄く、凄く嬉しいわ♪ うんうん、そうよね、私もそう思ってたの似合うって! 有珠希もメロメロだって!」

「メロメロかどうかは…………こんな所で話してるのもあれだし、デート―――するか?」

 手を繋ぎたかったのに、マキナは強引に腕を組んで身体を寄せてきた。その時の動揺はこゆるさんの比ではない。こんなスキンシップは日常茶飯事だろうが、服装が違えば、状況が違えば、また少し違ってくるのだ。俺も心臓の部品が、おカしくなりそう。

 そんなに嬉しいものなのか、彼女の言葉の節々から笑みが零れて発音がぐずぐずになった。

「ええッ! デートね。あ、一応言っておくけど諒子と兎葵は二人で行動させてるわ。だから気にしないで、たっくさん過ごしましょッ。 貴方がどんな所に連れて行ってくれるか、楽しみね。うふふ!」

「…………」

 こゆるさんから地図か……或いはおすすめのデートスポットでも聞いておくんだった。




 土地勘なんて、ないよ。 

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