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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅶth cause ネガイを赦す権能

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142/213

波園こゆるは恋萌ゆる

 アイドルに興味はないと言ったが、こういう状況で身体が密着すると流石の俺も少しは意識する。因果の糸が無かったら……まあ、多分。普通に陥落していた。式宮有珠希の恋愛経験が全くのゼロである事は周知の事実。この視界が存在する限り経験など生まれる筈がない。対する相手はファンもとい男性の心を掴むのに慣れているであろうアイドル……否、プロの好かれ屋だ。そのマッチアップは勝負になっていない。

「……そうだな」

「私、有珠君に聞きたい事があったんです。正直に答えてくれるよね?」

「敬語。まあいいや。聞きたい事って何だよ。出来れば普通に聞いてくれると……」

 距離が近いだけならいざ知らず、こゆるさんは俺の内ももを掌で優しく擦りながら体重を預けてくる。最初は真ん中に座っていた筈なのにそのしなやかな重さに押されて端っこに追い詰められている。ここは完全に彼女のフィールドだった。この会話の流れを無視して本題に入るのも申し訳ないから付き合っている訳だが、その優しさがそもそもの間違いだったのかもしれない。



「あの怖いのは、何?」



「……怖いの?」

「金髪で金色の眼をした……化け物って聞いたんだけど」

 そう言えば、こゆるさんとの別れ方は決して穏便な物ではなかったか。俺を助ける為に無理に出力を上げたマキナが部品回収ついでに俺を連れ帰って、彼女は未紗那先輩によって保護された。それから今に至るまで顔を突き合わせる事も無かったので、あれは誰だと聞かれるのは当然だ。

 しかし化け物とは……当時の先輩とはいえ説明が大雑把すぎる。

「有珠君を、連れ帰ったよね……と、友達?」

「ああ~説明が難しいな。友達じゃないと思う」

「初めて私より美人だと思ったんだけど……有珠君の恋人だったり、するの?」

「それもまた違うと思う。協力者? 取引相手? まあそんな感じだよ。大体さ。俺がそこまでモテる奴に見えるか?」

「有珠君って……他の人とは違う感じがするよ。私の味方をしてくれたからじゃなくてさ。なんか…………危ない感じ」

「アウトローだったのか俺は」

 その前置きを言われたとて、やはり味方だったから認知が歪んでいるのだと言い返したかったが、アウトローと言われるのは心外だ。そうあろうとした事もなければ言われた過去もない。こゆるさんの視界には俺がそう見えているという事なら―――否定は出来ない。

 こゆるさんは小さく首を振って、もう片方の手で俺の手首を握った。

「そうじゃないよッ。なんかさ……有珠君、消えちゃいそうなの。目を離したら直ぐにね。だから放っておけないっていうか……でもね。有珠君が傍にいる時は凄く安心するの。私に興味ないって人初めてだからなのもあるのかな……本当にあの人形みたいな人と恋人じゃない?」

「―――まあ、恋人じゃないな」

 まず人じゃないし。

 見た目は人間っぽいが、美しさにおいて比較するだけ無駄だ。華々しさとか煌びやかさにおいてアイツの右に出られる存在は無い。美貌の表現に金銀財宝を使えるのはアイツくらいだ。

「…………そう。良かった♪」

 

 ―――スキャンダル対策か?


 もしくは俺への心配か。もし彼女が居るならスキンシップは控えないといけないとか、そういう配慮だろう。流石トップアイドルは目の付け所が違う。浮ついた噂も出ない訳だ。とはいっても俺の知識は牧寧からの又聞き以降止まっているが。

「―――有珠君は自分が幸運な人間だって分かってます?」

「え?」

「ファンの人とだって、こんな近い距離で触れ合わないよ! それもこんな誰もいない密室で二人きりなんて……ふふふふッ♡ ねえ有珠君。今日は何とかして仕事を終わらせるので、で、デート…………どう?」

「―――悪い。それはちょっと」

 俺の体力が保てない。

 まずマキナ一人を満足させられるかも怪しいのに予定を詰め込みたくない。どんな人であってもデートと銘打つからにはある程度満足して欲しいので、いい加減な約束はしたくない。というか約束自体、あまり破りたくない。ただでさえ俺は社会から弾きだされる手前の存在だ。せめて人間を名乗るなら、最低限の常識くらいは備えておかないと。

「…………駄目?」

「……駄目」


「―――これでも?」


 話し合いだけで何とか出来ると思っていた俺が甘かったのかもしれない。掴まれていた手首を動かされたと思うと、年不相応に実り豊かな乳房に押し付けられた。反応した時には手首どころか指までしっかり重ねられ、こゆるさんの手に押されるように鷲掴んでいた。

「なッ……!」

「今、事務所は凄く混乱してるから、誰も私に逆らえないの。私がその気になったら、有珠君を通報して逮捕させる事も出来るんだよ?」

「……脅す気かよ」

 内腿を擦られてくすぐったい、とか言っている場合ではない。何をどう踏み間違えたのか俺は追い詰められている。俺はこゆるさんに対して著しく興味が薄いが、それでもこの状況を見てその言い訳が通るとは思わない。統計を取るまでもなくファンの方が多数派だし勝ち目はない。

「有珠君が望むなら、もっとしてもいいんだよ? 因みに私の胸を触ったの、貴方が初めてだから♪」

「…………脅しに使われてるのに、それを喜べる状況か?」

「前向きに考えよう? もう脅されてるならどれだけ身体を触っても関係ないんだよ? 私、有珠君と親密になりたいんだッ」

「だったら脅すな! あーちょっと待て。待て待て待て。分かった。こうしよう。そもそも俺がここに来たのは、お前に頼みたい事があったからだ。こゆる」

「え?」

「お前が番組に出た占い……ごめん言葉を整理し直す。番組で共演した占い師の奴。おまじないかけてもらった番組あるだろ? あれの録画とかって持ってるか?」

「持ってます……あ。持ってるって言ったらどうする?」

「欲しい。もしくは見せてくれるだけでも構わない。条件は……えっと。親密になりたいんだっけ。別に友達は増えても問題ないし何の取引にもなってない気がするけど―――連絡先でどうだ? 後は今すぐ脅しをやめてくれると助かる」

「!!」

 直ぐに手が離れた。しかし胸の感触だけはこゆるさんから消せる物じゃない。脅しをやめろと言っただけなのにこの人は大袈裟で、座席の端まで離れてしまった。これはこれで急によそよそしい。

「……一応確認しておきたいんだけど、通報しないよな?」

 メッセージアプリのコードを見せると、直ぐにフレンドとして追加された。こゆるさんは満足そうにニコニコ笑って、今度は健全に指と指の間隙に己の指を通すように繋いだ。

「絶対に通報しないよッ! で、でも…………有珠君が望むなら―――好きにして、いいよ」

 あんなに強気なハニートラップを仕掛けておいて何を今更恥じらう事があるのだろう。桜色に頬を染めてこゆるさんは自分の身体を撫で始めた。完全に罠だ。俺には糸を読まなくても分かる。こうして脅しの体を取り払っておいていざ手を出したらまた脅すのだろう。今度は自分の意思で触った御墨付を与える事になるから、いよいよ言い訳が出来なくなる。


 ―――アイドル怖いなあ。


「私の方は有珠君とたくさん約束出来て満足しちゃった! 有珠君に何もないなら本当に昼食をご馳走したいんですけど、一緒にどうですか?」

「……染みついた敬語って大変だな」

 助手席から山のように積まれた弁当を取り出して、俺に一つ差し出してくるこゆるさん。まだ親密になった覚えもないのに距離を詰めてくる辺り、この人は人間の距離感を間違えている。まあ、自分を好きな人が嫌いという状況になったら難しいか。

 この人もこの人で、苦労しているのだ。

 俺や諒子とは違う系統でも、きっと別の方向性として苦しいだろう。距離感はその名の通り目に視えない。感覚を掴もうとすれば長い時間が必要で……あの一件以降、恐らくこゆるさんは感覚を失い続けている。

 

 ―――まあ、いいか。


 その感覚が戻れば、俺みたいな男は世界中にごまんといる事に気付くだろう。価値観の回復やコミュニケーション能力の改善の踏み台になれるなら喜んでなろう。俺達みたいな存在は少ない方が良いに決まっているし―――何より、俺が首を突っ込んだ部分はアイドルが関与していい領域じゃない。それでもと首を突っ込んでくるなら、俺が守らないと。

 無関係の人間が死んでいいなんて事はない筈だ。残念ながら善人ではないので自分の命と天秤に掛かったら……分からないが。

「有珠君♪」

「何だ?」

「呼んでみただけッ。お返しします?」

「……こゆる」

「はいッ!」

 

『成程。君は『常識』或いは『道理』にコンプレックスがあったんですね』


 先輩の言葉が耳に痛い。本当にその通りだと思う。式宮有珠希は人とは違う異端な行動を正当化も当然化もするので必死なんだ。

 

 














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― 新着の感想 ―
[一言] なんだか有珠希くんは、いろんな女性から消えちゃいそうって思われてませんかね?完全に女たらしが受ける評価なんですが、本人は恋愛経験ゼロですし、こゆるさんに対しても勘違いがありますね。この鈍ちん…
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