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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅶth cause ネガイを赦す権能

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孤立した特権

『有珠君?』


 ダイレクトメッセージを即座に送ってきたのはこれ以上ない収穫と言っていいが、少し怖い。怖いのは自分の血でメッセージを書いた俺かもしれないが、インパクトを重視した結果だ。自慢にならないがこれでも何度か死にかけている。今更多少怪我した所で騒ぐような俺ではない。

 痛いけど。


『そうだよ。久しぶりだな』

『取り敢えず今の画像は消した方がいいよ。ファンに睨まれたら私も会いに行けなくなる』

 

 本人からのアドバイスもあって速攻削除する。それでも何人かは見たかもしれないが、被害は最小限で済んだ筈だ。血文字の方は……服で消すとまた別の所で問題が起きそうなので頑張って足で消した。どうせ使われていない店なら大丈夫だろう。もし営業中だったら足を机に置く事といい、マナー違反も甚だしく単なる迷惑行為で捕まる所であった。


『東京に来てるの?』

『君の撮影会ってのに来たけど、人が厚すぎて割り込めなかった。よく俺の呟きに気が付いたな』

『タグ付きは反応するようにマネージャーに言われてるの。今のご時世、ファンとの距離感を近づけて離さない事が大切だって』

『つかず離れずでその気にさせるのか。アイドルって大変だな』

『言い方が悪い。その通りだけど』

 

 年齢層が遠いなら悪意のない応援だと思う方がむしろ自然だが、こゆるさんはその年齢の若さからしてファン層と一致しやすい。タグ付きで呟けば反応してくれるというなら如何にトップアイドルと言えども感覚的には高根の花とは言い切れない。何もかもスペックが足りていなかったとしても手を伸ばせば届くような、原っぱに咲いた花くらいにはなっているかもしれない。

 ファンが嫌いな以上、ワンチャンというよりノーチャン。見た目や地位が釣り合っていたとしてもそこにチャンスなんかない。そんな事も知らずファンは『俺ならいける』だの『お前には無理』だのと煽り合っているが、そもそも拒絶反応を一括りで起こされているのを分からなければその土台にも立てないだろう。


『この後休憩なんだけど。来れる?』

『絶対追いかける奴じゃん。ファンとかパパラッチ的な人が』

『車で休憩してるから大丈夫。撮影会が終わったらイベントに参加しないとなんだ。今私が居る場所の背中側に車を停めてるからその付近で待ってて。有珠君の為に何とか終わらせるから』


 やはりこゆるさんは俺に気を許している。あんな状況で知り合ったら無理もない。それ自体は非常に有難いのだが、少し申し訳なく思ってしまう。だって、俺は彼女に何の興味も湧かないのだ。同年代にしてはとんでもない美人だが、マキナと未紗那先輩にさえ会わなかったらもう少し年相応の反応が出来ただろう。人外財宝の美貌と小学生先輩の前にはトップアイドルの肩書も霞むのなんの。


 何より糸が視えるのが気に食わない。こればかりは未紗那先輩が特別なだけだが、その『だけ』というのが恋愛においてとても重要だったりする。


 外見に要素を求めるにしろ内面に求めるにしろ、要素一つ欠けただけで相手を恋愛対象に見れなくなるなんてよくある話ではないか。イケメンで高身長だけど部屋が汚いとか、お金持ちで綺麗好きだけど比較癖が鼻につくとか。

 そういった諸々の理由からこゆるさんには何の興味も湧いてこない。こゆるさんと諒子どっちと付き合いたいかと言ったら……脈絡的に、誰でも分かる筈だ。結婚だって同様。諒子の方は視界のせいでそれどころじゃなさそうだが。

「…………はあ」

 妹から貰ったチョコに手を付ける。色々な意味含まれチョコらしいが、中々手が込んだ造りだ。三層構造になったドーム状のチョコなんかはお店で出してもいいのではないかと素人ながらに思う。特に疑いもなく美味しい。

「……美味いなあ」

 大事に取っておこうとかそういう事も考えられなくなるくらい夢中になっていた。一つ、また一つと舌で転がしてはその絶妙な甘さに思考が唸る。どんな意味が含まれているなんて分からないが、ただ美味しいという事ならこれ以上ないくら実感出来る。

 

 ―――ご馳走様、牧寧。


 だからこんなに出来る妹を疑うなんて土台無理な話なのだ。兎葵は毛嫌いしていてマキナも俺達の血の繋がりは認めているが、それでも俺にはアイツを突き放せない。もっと嫌味で我儘で一々難癖を付けてくるタイプの那由香みたいな妹なら信用出来たのに。無理だ。本当に無理。決定的に嫌いになれる事が無い限り信じられない。

 足で適当に擦った血を再度指で弄り、視界を共有している筈の暫定妹にメッセージを送ってみる。


 お前は本当に妹なのか?


 …………酷いよ、兄。

 そんな幻聴が聞こえた気もするが、『距離』の規定はなんでもありの力じゃない。近くに居る筈がないのだ。さて、そろそろ行かないといよいよやる気が失せてくるかもしれないから―――


『所でこゆる。どれくらいで終わる?』

『何が何でも十分で切り上げるよ』


 十分か。

 土地勘は無いが流石にあの場所の真後ろへ行くくらいは出来る。早急に向かうとしよう。






















 


 チェックのベレー帽にサングラスを着用した女の子が立っている。あまり一般に無いような赤と青の入り混じる制服に似た服は専用の衣装だろうか。スカートはやや短く、健康的な太腿がこの寒空に惜しげもなく晒されている。寒さを感じないキカイとは違って普通に寒い筈だ。アイドルという職業には苦難しかない様に見える。

「こゆる」

「……有珠君ッ! 本当に来てたんだ……!」

 それはそうと、その服は目立つので着替えてほしかった。サングラスも帽子も一体何が隠せる。衣装その物が波園こゆるを表しているというのに。

 彼女は鼻の先くらいまでサングラスを下ろすと、軽くステップを踏みながら近づいてきて、頼んでもないのに握手をしてくれた。硝子越しに熱っぽい視線が上目遣いで俺を見つめてくる。

「今日は来てくれてありがとう……会いに来てくれて、嬉しいッ」

「お、おう……周り、大丈夫か?」

「自販機に用事があるだけって伝えておいたから大丈夫。あ、そうだ。これ……有珠君にあげようと思ってたんだ!」

 そう言ってこゆるさんがハンドバッグから取り出したのは箱詰めのチョコだ。リボンを使って包まれているが、これが手作りなら驚くしかない。尤もバーコードが見えるので万が一にもその線はないが。

「ほ、本当……はね? て、手作りしようと思ったんだよ? でもでも……忙しくて。絶対渡さないとって思ってたから! ―――高いの、買ったんだよ。手作りじゃないけど! 私なりに精一杯愛情を込めたので……受け取ってくれ……ますか?」

 敬語が直ったと思ったら、再発した。

 確かにこの人に対して興味はないが、別に断る道理もない。義理チョコだか友チョコだか分からないが、これをくれるのはそれだけ俺を信頼してくれているという事。

「……当たり前だろ」

 チョコを受け取ると、こゆるさんはサングラスでも誤魔化せないくらい目を輝かせて、露骨に身体を揺らし始めた。こんな事で喜んでくれるならお安い御用だ。また頼んでもないのに握手をしてきて、今度は離さない。

「有珠君。私の車に来てください。昼食、まだじゃありませんか?」

「……敬語」

「あッ。……来ない? ファンの人には握手と撮影までだけど、有珠君にはもっとサービス……しちゃうよ」

「―――何で、俺が昼食を摂ってないって知ってるんだ?」




「女の子の勘♪」


 


 ここで昼食を済ませると後で苦しい思いをするだろうが、まあいい。別腹だ別腹。アイツの笑顔を見る為なら安い安い。

 しかし車と言ってもどうやって連れて行くつもりだろう。俺は芸能人でもなければ公認の彼氏とかでもない。周りには関係者が大勢いる筈だ。既に規定を失った彼女にはどうやっても突破は出来ないような。

「ん?」

 またも俺の不安は杞憂に終わった。関係者は確かに居たが、表の方で彼女に会わせろと犇めくファンを抑え込むので精一杯と言う感じでこちらに背を向けているではないか。背後―――つまりこちら側も電話をしていたり機材の調整などでこゆるさんには注目が集まっていない。何より彼女の乗る車はハイドさんの使う車のようにカーテンが敷かれており、外から内側の様子は一切視えないようになっている。

 唐突に溢れてきた吐き気を抑え込み、身体の流れをアイドルに一任する。ここで吐くのは違う。せっかく気を許してくれているのに、壁を作るだけだ。俺は彼女に視界の事を何一つ教えていないのだから。

「早く入って」

 何処かで見た強引さに苦笑いをしながら先に車内で入ると、後からこゆるさんが押し込むように入って、扉を閉めた。今はドライバ―もいないようで、全ての主導権を握っているのは他ならぬ彼女。

 

 ガチャ。


 全てのドアの鍵が閉まる。

 こゆるさんが、俺の肩に胸を押し付けながら耳元で囁いた。




「…………二人きり。なっちゃったね♪」 

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