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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅰst cause カラクリの夜
14/213

金剛不壊

 ベンチで項垂れ続けて、一時間と少し。人々はそれぞれの行動表に沿って歩いており、俺達には目もくれない。時刻は十七時五九分。マキナは噴水の縁に寄りかかって退屈そうに時計を見つめている。追手は来ない。あれだけの速度でぶっちぎったのだから当然だ。血に酔いしれていた感覚も霧散して、代替の心臓も正常なリズムを刻んでいる。手を握って開いて握って開いて。麻痺も取れた。


 時針が十八時を指すと、マキナがこちらに顔を向けた。


「はい、これで約束通りね! それじゃあ改めて、部品探しを始めましょうかッ」

「……待てよ。あの状況について聞かないのか?」

「あの状況って、有珠希が女の子に迫られてた事? ニンゲンの繁殖事情に首を突っ込む程野暮じゃないわよ。私」

「繁殖って……お前なあ!」

 立ち上がろうとするといつの間にかマキナが前に立っていた。虚を突かれて仰け反り、ベンチに凭れてしまう。

「元気になったじゃないッ。さっきはあんなに弱弱しかったのに」

「あ…………いや。すまん。実はアイツに無理やり連れ込まれたんだ。周りの人間はまあ……知らんぷりだったけど」

「あら、貴方にしては珍しいわね。『私を助けると思って』って言われてコロっとついてったんだ? さっきの女の子が、余程貴方の好みだったと見えるわ」

「ばッ違うわ! アイツ、よく分からないけど周りと急に温度差が変わったんだ。今日、聞いたんだよ。学校で教師を殺してる……音をさ。それに血の臭いもあって…………様子がおかしいんだ。逆らったら殺されるかもしれない奴に、何で断れるんだよッ」

「面従腹背は趣味じゃないって誰かさんが言ってたなあ~?」

 そこについては、何も言い返せない。本当に、格好つけただけとしか言い訳の仕様がなくてとても恥ずかしいのだ。気まずそうに眼を逸らすとマキナは直ぐに視界の中へ入ってきて、何度も何度も正反対の方向に逸らすとまるでメトロノームのように身体をねじ込んでくる。

 終いには、諦めた。

「―――ごめん。格好つけた」

「知ってる」

「え?」

「知ってるわよそんな事。だって貴方は程度の差はあれど普通のニンゲンとして生きてた筈だもの。あらゆる人から敵視されるという事もなければ、逆に無視されるという事もない。学校に行けるという事は最低限度に溶け込めてはいるという証明でもある。本当にそれを徹底してるならとっくに死んでる筈だわ」

 

 ―――だっさ。


 とうの昔に見透かされていたのに、俺は何となく見栄を張っていて、しかもそれを撤回しようとも思っていなかったらしい。その浅ましさをつくづく呪いたくなる。内心忸怩たるものを感じ入る俺にマキナは堪えず笑いかけている。

「気に病む必要はないのよ。私も因果を感じ取れるって話はしたでしょ。表向きがどうとかは関係なくて、貴方は他の人よりは信じられるわ。だからそんな不安な顔しないで?」

「…………そう。だな。切り替えよう。今は部品探しだよな」

「それなんだけど、有珠希の発言が引っかかっちゃった。教師を殺したって言ってたわね。一応警察には通報したけど問題にはされなくて。それっきりだ」

「―――本当の話よね」

「嘘ついてどうする」

 仮に嘘を吐いたという事実が成立するなら、俺が聞いた音は全て幻聴か何かで、ここ一連の流れは全て過剰な思い込みだったという説くらいだが、そこまで精神的に手遅れなら今日の内にでも死にたいくらいだ。マキナは校舎の方を真剣な表情で見つめており、そこに楽観的な表情は介入する余地がない。俺も暫く、そのキレイな横顔を見つめていた。

「学校って言ったわね。現場に案内してくれるかしら?」

「まだ人が居るぞ。それに、アイツが探しに来てる可能性もある。お前は色と言い見た目と言い目立つからな。目撃情報が出回った日には隠れるのも難しくなるんじゃないか?」

「目立つ? 私が? どの辺りが?」

「どこもかしこもだよ!」

 金髪だけなら染めてる人も大勢いるからまだしも、スタイルが抜群に良いだけならまだしも、月色の瞳は寡聞にして聞いた事がない。相乗効果で物の全てが目立つようになっていて、こういう公共の場所ならいざ知らず、不法侵入者ともなれば誰よりも目立つ事間違いなしだ。

「キカイならもうちょっと地味な感じにアップデートしてこい……ってそうか。ごめん。部品が無いならそういうの無理だよな」

「フフ、ニンゲンがもっと便利だったら良かったのにね! それはそうと有珠希。さっきから話してる感じだと、貴方はコトの深刻さを分かってないみたい」

「え?」

 十分わかってるつもりだが、と反論する口をマキナの人差し指が抑え込んだ。戸惑いを隠しきれない俺を見、彼女は言い聞かせるように語り出す。

「殺しは悪い事かしら。それとも善い事?」

「悪い事だろ。頼まれたら別だろうがな」



「じゃあ、死体は?」



「…………は?」

「死体は悪い? それとも善い?」

 物に善悪はない。道具は使う相手も使われる相手も選べないなんて陳腐な話だ。拳銃は殺傷道具だが、その意味を正しくしているのは拳銃を握る相手。もしも世界中の人間が拳銃を真上にしか打たないなら、それは殺傷道具になり得ない。

「……善悪の問題じゃないだろ。死体は」

「残念。死体は存在そのものが悪いモノよ。有珠希の言う通り、確かにそれ自体に善悪は無いわ。でもね、死体に対して出来るどんな行動にもある程度非が生まれてしまうのよね」

「意味が分からない」

「この国じゃ穢れ信仰は有名でしょ? 穢れとは共同体に異常をきたすと考えられている概念ね。分かりにくいなら考えた方が早いわ。死体に対して出来る善行って何? どうしたら死体は助けられるの? どうしたら救えるの?」

「………………う、埋める?」

「その正しさは誰が保障するの? 死体が『私を助けると思って埋めてくれ』とでも言うのかしら。いい? 有珠希。死体はそれ自体が手遅れなの。助けられない存在って言った方がいいかしら。殺人は頼まれでもしない限り悪行になるからしないけど。死体は遭遇するだけでも善人のロジックを矛盾させてしまう」

 それは簡単な話だった。複雑に考える必要はない。百聞は一見に如かずと、俺はこの目でしかと見ている。死体を認識出来なくなった稔彦の奇行を。それ以前の景色ならば、時折川から流れてくる死体もそうだ。誰も引き上げたり気に掛けたりしないのは、そもそも認識出来なくなっているから。

「……だから、認識出来ないのか?」

「そうよ。でも貴方の話が本当なら、その子は自分の意思で殺して、死体を生み出した事になる。それはね、特別なんかじゃないわ。貴方みたいに糸が見えるって訳じゃない。現場に行けば判明するから、とにかく行きましょう」

 そう促しながら、マキナは校舎に向かって歩いていった。




「―――え! ちょ、おま! 俺の話聞いてねえだろ! おい!」















   、  




 


 目立つからと言っても聞く耳を持たず、どうしても現場を確認したいようなので俺の制服を貸した。内側にはワイシャツを着ているので俺が上裸の変態になるという事態はないし、灰色ニットの上からブレザーを着るとマキナもそれとなく男性に。

 見えねえ。

 一か八かで渡したのに、八が出てしまうとはつくづく俺も運がない。こんな美人な男子高校生が居てたまるか。可愛すぎて目の毒だ、猛毒だから今すぐアイマスクの着用義務を付随させた方がいい。こんな男子がクラスに居たらそれだけであらゆる物が音を立てて拗れてしまうぞ。

「……ここだ」

 こんな目立つキカイの美女に変装の二文字はない。出来るだけグラウンドを迂回するように非常口まで案内してやる。彼女を自由にさせたら何をされるか予想もつかないので扉まできちんと開けた。好奇心もあったかもしれない。


 学校の東、非常口から入って階段前の広場に、惨劇の現場は広がっていた。


 ただしそこに死体はあらず。残るは四方を破壊された暴力の足跡のみ。建物の老朽化と呼ぶには徹底的な破壊が波の様に広がっていて、各所に残されたドス黒い血痕がその結果を物語っている。仮に被害者が見つかったとしてもまともな状態ではないだろう。

「ふーん」

「…………糸が、繋がってる」

「糸? ふーん。何処に繋がってるの?」

「女子トイレ」

 マキナは何も言わずにトイレの中へと入っていった。血液から伸びる糸が何を意味しているかなんて俺には分からない。分かりたくもない。

 暫く待ってみると、マキナが腐敗臭のする物体を引っ張りながら出てきた。

「…………お、お前! そ、そ…………それ、は―――!」




 人間の、腸。




 刹那、胃液が裏返る吐き気に襲われ、俺はその場に膝を突いた。確かにこんな悍ましい物体、認識しても良い事は何も無い。

「死体、あったわよ。ぐちゃぐちゃに折り畳まれてたっていうか……潰されてた? トイレットペーパーが入ってなかったし、紙の代わりにでもしたのかしら」

「な、な、な………………何で! 持って来たんだ! 見たくねえよ……んな、の!」

「有珠希に分かってもらいたい事があったの。今から手を離すからよく見ててね?」

「………………………………………………ふざ、けんなよ」

 しかし今更目を伏せても脳裏に焼き付いてしまった。人間、忘れようと思えば思う程それを意識してしまって中々忘れられないのだ。ヤケクソになっていっそ直視してみる。マキナの手から腸だった物体が離れた。

「どう?」

「――――――――どうって。お前の手が汚れてる。後、握ってた部分が潰れてる」

「そうね。これで確信したわ。貴方を襲ってた女の子―――私の部品を持ってる」

「……な!」

 そんな事が、あり得るのかと。目で問う俺にマキナは無慈悲な答えを返してくれた。

「貴方みたいに反発出来る時点でそうかなとは思ってたわ。特別なんかじゃなくて、部品を持ってるからおかしくなったってだけ。本当に最悪。貴方は知ってると思うけど、ニンゲンってこんなに強くないのよ。壁や床が壊せるくらいの力で殴ったり蹴ったりすれば肉体の方がタダじゃ済まない。死体だってそうね。こんなに汚れてるんだもの、触れば必ず汚れる筈なのに、この死体は汚れを残していない。有珠希が糸を見逃してないならね」

「……は、はあ?」

「糸とは因果。因果は体のあらゆる場所に刻まれてるわ。生きてから死ぬまでの行動を肉体の全てが決められているんだから当然よね。だからもし、有珠希みたいにただ見えるだけの人が殺人を犯したら糸がさっきの子に繋がってる筈なのよ。これが本当に最後の確認なんだけど。さっきの子は怪我してた?」

「いや。全く」

 それはない。あり得ない。怪我をしていたなら俺だってもっと強気に出られた筈だ。

「なら決まり。さっきの子は『強度』の規定に干渉してるわね。この感じなら不壊の身体に作り替えて殴殺したって所かしら」

「…………すまん。分かりやすく言ってくれ」

「物体がどれくらいで壊れるかっていう基準を弄り回してるのよ。自分の身体の基準を上げればコンクリートよりも固くなるなんて朝飯前、逆に相手の身体を豆腐みたいにぐにゃぐにゃにするのも簡単って事…………早い話がねッ?」

 要領を得ない様子の俺に、マキナは声を荒げて不愉快そうに言った。








「物理的に殺すのは無理って事!」

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[良い点] 怖すぎ [一言] 死体で動揺してて安心
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