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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅶth cause ネガイを赦す権能

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稀人の契り

 死体による交通妨害も乗り越えて、何とか東京に辿り着いた。長い。本当に長い。暇つぶしに誘ってくれたカガラさんに感謝しなくてはならないだろう。ゲームを一本クリアしてしまった。東京に入ったら流石に死体は掃除されていて、今度は妨害されないと信じたい。

「さて、この辺りで降りようか」

「え? ハイドさん見当たりませんよ」

「かと言って東京を車で移動し続けるのも効率が悪い。人口密度と死体の密度を良く考えてみなよ。行政が頑張って掃除をしたみたいだけど、これから死体が一切生まれないっていう保証は何処にある? 自殺は私もよく目撃するよ。何故それが見過ごされていたかと言えば善意に付け込んでいたからだ。此度の影響はそれが見過ごされなくなっただけで原因は解決していない。この場合は本人の精神状態かな」

「……何が言いたいんですか?」

「車動かしてたら死体が降ってきて車に傷がついたら誰が責任を取るんだ? 保険とか、機能すると思う? 今から財務状況を調べてもいいよ。どうせ最悪だから」

 大人になればなる程この世界がどんなに辻褄の合わない状態になっているかが良く分かるよと言って、カガラさんはドライバーに駐車を指示。黒塗りの高級車が路肩に止まるとそれだけで異様に目立つものだ。周りに死体があればまた違ったかもしれないが、流石にそんな路面状態だったら衛生面が心配なのでそもそも人は来ないだろう。

「…………誰もいないな。どれ、ちょっと私も探してあげよう。あの人がちゃんと仕事をしてくれない事には君とのデートもおじゃんになる。それは駄目だ」

「……携帯、繋がらないっぽいですね。もしかして……何かに巻き込まれたとか」

「あの人に限ってそれはない。慎重に慎重を期すのがモットーだって自分で言ってるんだから。最近は大胆な事をするようになってきているけどね。君からそんなに信頼を勝ち取りたいのかな」

 

 …………。


 本当に世界征服をするつもりだとして、そこまで俺の力が必要なのか。己の行動方針も捻じ曲げなくてはいけないから、無くてはならない存在なのだろうか。望んで手に入れた力じゃない。マキナや諒子と出会うまで随分悩まされていたから、俺にはこの力の真価とやらがいまいち把握出来ていない。凄い力なのは分かる。相手に何も言わせなくても人生の全てを読み取り、あまつさえその行動に干渉する力は異能と言わずして何と言おう。

 だけど、そこまでなのか。

 俺なんかよりマキナのご機嫌を取った方が余程楽に世界を獲れると思うのは間違っているのか?

 ともあれ車から降りると、高級車の付属物として嫌が応にも注目を浴びてしまう。白い糸は『視線』か。夥しい数の糸が人間を吊るし、その人間を起点に無機物にも赤い糸が広がっている。今にして思えば、まるで内側の檻のようだ。外からも内からも檻に挟まれて、精神的には全く身動きが取れなくなる。最早綺麗な視界を確保できる場所は人の居ない場所にもなく、マキナの部屋だけが唯一俺を正常たらしめてくれる。

 お腹に力を入れて正気を保つ準備をしている内にカガラさんも車から出てきた。顔だけは良い女とハイドさんの評する通り、車に気を取られていた通行人は一転、この人を芸能人か何かと勘違いしたのか動画を撮影し始めた。

「……顔だけは良い女さん。撮影されてますけど」

「まあ、気にする事じゃないよ。所詮は一般人だからね」

 車内では脱いでいたブーツに違和感を覚えているようだ。黒い厚底靴のつま先を地面で叩き、首を捻って違和感の正体を掴もうとしている。元々スタイルは良かったが、靴で底上げされたお蔭で本当にモデルみたいだ。ゴスロリ服専門のモデルに需要があるかはさておき。

「さ、あの人を探そう」

 手を繋ごうと寄ってきたカガラさんを、今度は突っぱねる。驚いた彼女は目を大きく開いて、芝居がかったように手を広げた。

「Why?」

「……糸が視えないから何処にいるか分かりませんけど、カガラさんを殺したくないんで、分かってください」

「……キスしなかったら浮気じゃないってハイドさんに聞いたんだけど」

「勝手に痴情のもつれにしないで下さい。そうじゃなくて、アイツの機嫌を損ねるのは簡単なんです。人間なんてどうでもいいってアイツは言いますけど、メサイアは流石に敵視してるみたいなんで、お互いの身の為に外は控えた方がいいと思います」

「…………独占欲の強いキカイなんだなあ。束縛なんて苦しませるだけだと思うけど」



「―――別に、それくらいいいですけどね」



 マキナを庇う訳じゃない。

 ただ好き放題言われるのが、不愉快だった。

「俺は因果に悩まされてきた。ええ、ハイドさんと組んでる限り嫌ってほど思い知らされますよ。自分がどんなに特別な人間かってね。因果が視える。糸が視える。身体についたその糸は、生物にとって束縛の証。アイツといる間だけなんですよ、俺の視界が異常を捉えないのは。自分を普通の人間だって思えるのは。そりゃキカイと仲良しな人間は特別だとか言い出したらキリがない、飽くまで俺の気持ちとしてね」

「…………ああ、これは失礼。悪く言うつもりはなかったんだ。ただ君を信用してないんじゃないかなって思っただけ」

「信用してなかったら『傷病』の規定の時、俺に任せるような事もしなかったと思います。アイツなりに信用も信頼もしてくれてますよ。アイツはただ、キカイと人間のスペックの差で苦労してるだけ」

 何処まで行っても、俺にとっては女の子。それは譲らない。ちょっと底抜けに明るくてピュアで我儘で理不尽で奔放なだけ。本当にただそれだけの……それだけの。

カガラさんは一瞬だけ片手で頭を抱えたが、直ぐに気を取り直すように歩き出した。要望通り手は繋がない。

「……紗那の気持ちも少しは分かるよ。ちょっぴり不愉快だな」

「はい? 何か言いました?」

「いや。紗那も苦労したんだなって話だよ」
























 カガラさんにも当てはないようなので、共同推理にてハイドさんの居場所を探る事になった。ポイントは三つ。


 俺達の目的はこゆるさんとの接触。

 厳密には俺がこゆるさんと接触し、ハイドさんがテレビ局に入ってテープを回収する。

 マキナや諒子も別の手段で東京に来てはいるが、こちらの話とは一切関係がない。


 SNSで調べた所によると、渋谷の方でこゆるさんが撮影会をしているとかしていないとか。ハイドさんとは目的地が違うものの、流石に連絡出来ない状況をあの人が把握していないとは考えにくく、一旦合流しようとするなら俺の方に寄るべきと考えるのではないか。

「考えたくない事としては、他の幹部に部下をけしかけられて死んだ線かな」

「じゃあ考えないようにしましょう。別に考えても打つ手なんかなさそうですし」

「その時はテレビ局に私が行くよ。何処かの事務所に所属するアイドルって事で通らないかな?」

「無理……じゃないですかね」

 二人で他愛もない話を続けながら目的地へと歩いていく。ファンの人が嫌いという割には投稿された写真に居るこゆるさんは完璧な笑顔だ。悲しいかなここには糸が視える。『表面上』と知った上で尚、素直に称えたい。

 驚くべきは社会がこんな状況になってもめげずにアイドルを続けている事だ。どさくさに紛れてやめても文句は言われないだろうに、何がそこまであの人を突き動かすのだろうか。もう会う事もないだろうと思っていた手前、再会の折にはどんな声を掛けよう。

「あ、居た」

 どこぞの英国紳士を疑うような燕尾服とシルクハット。カガラさんといい何処まで黒色で目立てるか選手権でも開催しているのか、遠目に見てもそれがあの人なのは理解出来た。初めて出会った時のスーツ姿で良かったのに、東京だからとお洒落をしたつもりだろうか。多分恐らくきっと、それは浮いている。

「…………おかしな点はなさそうだ」

「おかしな点?」

「いや、携帯を落としたなら探す素振りくらい見せてほしいなと思ったまでだよ」

「―――ああ、でも諦めたんじゃないんですか。そうじゃなきゃ一点読みでこんな場所来ないでしょ。外の人見てくださいよ、こゆるさんより目立ってるまでありますし」

 人ごみに囲まれているであろうトップアイドルは、残念ながらここからだと姿を拝めない。だからどちらがより目立っているかも実際は不正確だ。カガラさんは「違いない」と頷いているが、不審者と推しのアイドルだったらどう考えても……………………いや、どっちを見るんだ?

 どちらにしてもこゆるさん目当てに来た人が視線を奪われるのは可哀想なので合流しよう。カガラさんとはここでお別れのつもりだったが、用事があるらしくまだ一緒に居るとの事。

 


「ハイドさんッ!」



 驚かすつもりで真後ろについてから声を掛けると、彼は不自然に珠のような汗を掻きながらオーバーに仰け反った。

「おお、驚いた。ようやく来やがったか」 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 温めておいたこゆるを拝む日がー! もはや一般人でしかないアイドルは一体何をやらかしてくれるのやら
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