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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅶth cause ネガイを赦す権能

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役得の姫

 運転手はハイドさんではない。ただしハイドさんの部下ではあるようで、カガラさんの命令は事実上あの人からの命令であるとの事。要するにあの人は今回先に東京で待っているのだ。

「いや、別に私は行かないなんて言ってないけどね」

「返事おそッ」

 ポータブルゲーム機を手に取りつつツッコミを入れる。本当に遅い。俺の疑問から五分以上経っていた。その疑問が解消しない事には他の話題も振れないと思わなかったらもう別の話をする所だ。車内で二人きりなのを良い事にカガラさんの距離が近い。

「だって東京だよ? 都会だよ? メサイアの仕事として世界中を巡っている内にショッピングとかそういうのが趣味みたいになっちゃってねえ。これは行かない選択肢もないだろう? 勿論君達のやろうとしてる事には関与しない。私は私で勝手に買い物したいだけだよ」

「そんな事言いますけど、今の状況で普通に買い物なんて出来ると思います? もう善意でどうにかなるどころか……今は反動で軽んじられてる気さえしますけど」

「軽んじようが重んじようが買い物は社会の循環構造。国全体にお金を回すのは人間社会において不可欠の行動だ。それは規定が弱まればむしろ必定。社会でまともに暮らそうとすれば買い物はしないといけない。自給自足が完璧に出来る人間なんて限られているしね。会社も会社で物を売らないと利益を上げられないんだ。考えてもみなよ。今まで真っ白だった決算報告書や銀行に提出する意味もなかった稟議書なんかが突然必要になるんだ。九割九分の会社はこれまでの期で赤字を計上している筈。それを取り戻すにはやはり売るしかないよ。ああ、まあ売り物がある会社はだけど」

「……買うって言ったって、カガラさん買う物あるんですか? お土産とか?」

「紗那にかい? ……喜ぶかな」

「先輩ってそんなひねくれたタイプじゃないでしょ。俺と違って」

「ふーん。君がそう言うならそうなのかな。まあそうだよね。十二歳の子供ならテンションが上がって当然か。シキミヤウズキ君、どうだろう。一日二日で終わる仕事でもないだろうし、私の買い物に付き合ってくれよ」

 何故俺は格闘ゲームをしながらデートのお誘いをされているのだろう。いや、本人にそんなつもりはないか、単に揶揄っているだけなのかもしれない。ゲームの展開としては俺が大幅に有利だ。動揺させて勝利をもぎ取ろうとする盤外戦術なら喰らって堪るかと。

「いいですよ。幾らでも付き合います」

「……意外と好反応だね」

「多分ですけどマキナに振り回されるよりは疲れないかなって」

 というのは建前で、先輩の事が気がかりだ。見た目は大丈夫そうでも人格に陰が差している事くらいは俺でも分かる。相棒でも同僚でもない、潜入先の後輩でしかない俺に出来る事なんてたかがしれているかもしれないが、それでも先輩が初めて自力で作った関係性という事なら、何とかしてあげたい。彼女が俺を気に入ってくれている様に、俺も未紗那先輩の事は好きなのだ。モノで簡単に解決出来る問題かと言われると微妙だが、お土産で多少なりとも俺の知っている先輩が帰ってきてくれたら嬉しい。

「これはしたり。君にはもっと初心な反応を期待していたんだけどな。まあこれはこれでありかもね。お姉さんとの約束だ、絶対に付き合ってくれよ?」

 小指を差し出されたので組むように差し出すと、カガラさんは妖しく笑って嬉しそうに身体を預けてきた。

「ちょ、何ですかッ。人の画面を見ないで下さい」

「これが役得って奴だよ。任務を気にせず男の子と絡めるなんて、こんなに充実した日は一日たりとてなかった……あ、負けた」

「アンタが画面見てないんかい!」

 策士策に溺れたのか、元々勝つ気が無かったのかは不明だ。ここにはマキナも未紗那先輩もいない。だから遠慮がないのかもしれないが―――それにしても、距離感がおかしい。こんなにご機嫌でも恐らくあの事については教えてくれないのだろう。糸は読まない。元々意図して読める代物ではないが、意図して読まないようには出来る。相手の了解も得ずに秘密を知るなんて礼儀に欠けるとは思わないだろうか。敵対しているならまだしも親切にしてくれる人を相手にそんな真似はしたくない。


 ―――それでも読めたら、仕方ないけど。


 どうも俺が精神的に興奮していると糸は読みやすくなるようで、最後まで礼儀を貫くには落ち着いている事が大切だ。

「もう一戦しよう。流石に負けっぱなしは悔しい。

「あの、カガラさん。こんな事聞いて良いのか分からないんですけど」

「何かな?」


「ハイドさんと……どんな関係なんですか?」


 わざわざ少しためたのは俺としても答え辛い質問をした自覚があったからだが、カガラさんは小さく首を傾げつつ呑気に使用キャラを変えていた。

「只の上司だけど……と言っても、君は納得しないだろうね。けど嘘じゃない。強いて言えば親代わりにはなるのかな」

「親代わりですか?」

「そ。幻影事件は私も被害に遭ったからね。保護されてから暫くはあの人に面倒を見てもらった。後でパシリになる取引も、その時にね。何? もしかしてもっと親密な関係だと思ったかな?」

「そりゃああんな反応されたら少しは疑いますよ。ハイドさんって肉体労働が嫌いって言いますけど、どうせ裏でメサイアを乗っ取ろうとしてるのがバレたくないから表で活動したくないんでしょ。そんなあの人がカガラさん庇って出て来たんですから、何かないのは嘘でしょ」

「さあ……それは本人に聞いてくれ。私には意地悪としか思えないな」

 対戦が始まった。対戦経験が妹しかないので何の参考にもならないが、攻撃は最大の防御と言わんばかりに攻めてくる牧寧と比較するとカガラさんは堅実だ。ガードを固めてこっちの攻撃が緩んだ隙に攻めてくる。先程普通に勝った所から分かる様に全く歯が立たない訳ではないが、戦っていて面倒なタイプだ。

「意地悪ってどういう事ですか?」

「紗那も居なければキカイも居ない。メサイア・システムは男女の出会いまでケアしてくれる訳じゃないんだ。つまり今回は年下の男の子に唾を付けるチャンスだったんだけれど……あの人は意地悪だからそれを止めようとしたって訳さ」

「そんな人じゃないとは思うんですけど……」

 そして次のセットも何とか取ると、カガラさんは不機嫌そうに眼を細めて「もう一回だ」と呟いた。頭に血が上ってくれたらやりやすいのに、言葉とは裏腹にこの人は冷静でずっとやり辛い。そしてまたセットを取ると遂に頭を抱えてしまった。

「ああ~! つっよ……心が折れるなあ。手心とかない訳?」

「手加減出来る程強くないんで。それとカガラさん、攻め方とか知らないでしょ。こっちが攻撃止めたら攻撃ってそんなゲームでもないですよこれ。ワンパターンすぎて簡単に釣れますし」

 カガラさんは苦笑いを浮かべながら慣れない攻めを仕掛けてきたが、この状況でやるのはただ挑発に乗っただけだ。簡単にいなせるし、簡単に切り返せる。決定的な実力差を分からせるように何度目かの勝利を重ねると、「んがー!」と叫んで後部座席に伸びてしまった。

「はーもう負け負け。東京までまだまだだっていうのに全力出し過ぎ。はーこのゲームは駄目だ―。大人げなくボコボコにするつもりが返り討ちとは……はは。次は別のゲームにしよう」

「ちょっと、こっちに足伸ばさないで下さいよ」

 ストッキングを纏った足が身体にのしかかるまでは気にしないが、スカートも一緒にこちらを向くので視線が制限されてしまう。重力である程度隠れるとはいえ、まるで下から覗いているみたいだ。そんな男としての苦労も露知らずカガラさんはその綺麗な顔立ちを歪ませて、子供のように笑った。

「次は協力しようじゃないか。君と戦うと身の程を知らされているみたいで辛い」

「―――どれくらい持って来たんですか? ゲーム」

「文句は東京に言ってくれよ。首都が遠いのが悪いんだからさ」










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