目指すはこの国の宝
「……よく分かりましたね。俺達の位置が」
車の中が半端に広いせいで諒子を抱きかかえたまま乗る事になった。知らない人間に囲まれて……彼女にとっては怪物に囲まれたようなもので、警戒心がむき出しになっている。呼吸は荒いし目も見開いたまま動かない。
そんな諒子の苦悩を知る由もなく、カガラさんが気怠そうに語り掛けてきた。
「おいおい。私は君の監視役だよ? 学校が休みだからと言ってこちらの業務に影響が出る訳じゃない。まあ……君を迎えに行けないのは残念だけれど」
「誰だお前は! 式君に馴れ馴れしくするな!」
「おやおやジェラシーかい? 馴れ馴れしくとは言うが、私からすれば君の方が馴れ馴れしく見えるよ。お互いに付き合いは短いと思うけど、人間嫌いなシキミヤウズキ君が交友を広く持つとは考えにくい。つまり私の方が先輩だ」
「う……付き合いの長さだけが全てじゃないんだ! 私、私は式君の気持ちを理解出来るッ。お前なんかには出来ないんだぞ!」
打てば響くような反応にカガラさんは面白がっている。一々噛みついてこようとする諒子に目を付けたのは流石と言いたい所だが、ハイドさんに顎で使われるストレスを一介の女子高生で発散するのはやめてほしい。似たような視界ストレスを抱える者として看過できない暴挙だ。
「あー諒子。この人はあれだから、人を弄るのが好きな人だからあんまりマジで取り合うな。頭に血が上りすぎて顔が真っ赤だぞ」
熱でもあるのかというくらい見た目に変化がある。頭に巻いた包帯が様になってきているのはあまりよろしくない兆候だ。彼女を抱いたまま額同士を突き合わせると「あ……」と何故か狼狽え始めた。尋常じゃなく顔が熱い。
―――え、本当に風邪引いた?
「…………式君、どっちの味方なん、だ?」
「味方とかそういう問題かなこれ。カガラさん、うちわ下さい」
「季節を考えてくれよ。何で私がそんな物持ってるんだ」
「ゴスロリ服に合いません?」
「合いません。私が着物だったら良かったね?」
「……おい」
ハイドさんが運転手に命じると、車内に冷たい空気が循環する。気を利かせてクーラーをつけてくれたようだが、季節に反した行いには違いなく、特にカガラさんは寒がっていた。ゴスロリ服と言ってもそこまで薄着には見えない。単に寒いのが苦手なのか。
ならゴスロリ服以外を着ればいいと思うのだが、この瞬間はともかく十二月は厚着をしても誰も何も文句は言わない。何故しないのだろう。
「てめえらの馬鹿な話を聞く為に拉致ったんじゃねえ。これからの話をする為だ。えっと……シキミヤの友達だよな」
「諒子です」
「……式君の知り合いか?」
「んー。まあそうなるのかな。親しくはないよ」
「―――そうなの、か」
「リョウコ。何も事情を知らねえてめえの為に軽く説明すると、俺はそいつを使って世界征服しようとしてる。武力でってのは難しいから、平和的にな」
「式君をお前の道具みたいに言うな!」
カガラさんと違ってハイドさんは諒子の発言に付き合うつもりは無さそうだ。相槌として処理をしつつ普通に話を続けた。
「だが問題が生じた。御覧の有様だ このまま元の世界に戻っていくのは俺にとっても都合が悪い。何せ人類主体で変わってねえんだからな。シキミヤ。てめえにとっても他人事じゃねえぞ」
「……まあ少なからず被害は被りますからね」
「そうじゃねえ。このままじゃキカイの部品を不特定多数にばら撒いてる奴の尻尾を掴めねえつってんだ」
―――え?
部品を拾ってる奴については俺も随分前から存在に気が付いている。結々芽、一神通、こゆるさん。彼彼女等には部品がそもそも見えておらず、また自分で何かしたという事もない。だがその一方で正体は掴めずじまいだ。その気配もない。そもそもの話、そいつさえ居なければ俺とマキナはもっと簡単に部品を回収出来ただろう。振り返ってみればその辺りに落ちている部品を俺の視界で探すなんて……振り返ってみても印象にない。それで挙げた成果がないからだ。
「誰か分かったんですか?」
「分かってねえが、姿を拝む算段はついてた。所がこうなっちまったらそうはいかねえ。善意に付け込む事が出来ねえんじゃな」
「具体的には?」
「波園こゆるは覚えてるな?」
「まあ」
「アイツの出演した番組のテープを取ってくりゃいい、と思っていた。そうすりゃ顔は拝めるだろ?」
「ま、テレビの関係者じゃないからもしその手段を使うとすれば強行突破になるけどね。生憎と紗那以外は暴力否定派だから」
不必要に未紗那先輩の評価が下げられたのは努めて無視をしつつ、そんな単純な案が浮かばなかった自分を恥じたい。確かにその通りだ。他の拾得者と違い、そいつはわざわざテレビに出演してまでこゆるさんに接触した。仮に変装していたとしても背中さえ見えたら追跡出来る可能性はある。
「…………一つ方法があるんですけど。こゆる……波園さん。あの一件で俺に気を許してる節があるんですよ。もしもあの人が自分の出演番組をまめにチェックしてる人だったら録画してるんじゃないかなって」
そしてこれなら『認識』の影響力が落ちたとて意味はない。難儀になったのは赤の他人の善意に付け込むやり方であって、俺達は知らない仲ではないのだ。都合の良い時に利用するみたいで気が引けるが、頼らない手はないだろう。
「……I₋n。どう思う」
「どうも何も、いい案なんじゃないんですか? 問題はキカイがお熱な彼を遠出させると不興を買うんじゃないかって事と、出来るだけ日常生活には干渉しない暗黙の了解が崩れるんじゃないかって事だね」
「だが俺達には本人との繋がりがねえ。善意に付け込んで親友や恋人の間柄に割り込むのも難しい話だ。よおシキミヤ。俺はてめえの善意とやらには食いつかねえ。取引と行こうぜ。条件を聞こうか」
ハイドさんはメサイア・システムを通じて本気で世界征服を目指している。それも荒々しい口調に反した穏便なやり方で。キカイとも敵対せず。何かにつけて取引しようとするその姿勢は俺達のような人間不信の表れというよりも、立場に対してシビア過ぎるが故だ。お互いに利のある取引を繰り返す。それが信頼関係を構築する上で最も堅実で合理的だと知っているから、何度でも同じ状況を作り出している。賢いやり方だ。傲慢ながら伊達に世界征服を目指していない。
「…………条件ですか。何か分かったら知らせてほしいってのと、新しい拾得者が現れたらこっちに譲ってほしい事ですかね。メサイアも部品は……欲しいと思いますけど」
「肝心のミシャーナが今は誰にも動かせねえからな。まあ見なかったフリしてやるよ。それくらいなら安いもんだ」
「…………はぁ。ホント、仕方のない奴だよ」
珍しくカガラさんがシンプルに嘆いていたが、それに追及すると本筋から逸れそうだ。さっさと残りの条件を提示してしまおう。
「後、これから引っ越す事になると思うんでそっちの手伝いはそれからにしてほしいですね。それと波園さんとのコネクションはともかくそこに行くまでの過程はサポートお願いします。後は本人から情報を得られなかった場合に備えて、そっちでも従来の計画通り動いてほしいです。この場合ってカガラさんを動かすんですか?」
「まあそうなるな」
「じゃあ条件……っていうか今の情勢だとまず無理だと思うんで、ゴスロリ服から着替えてもらえると助かるんですけど」
車内の空気が、凍り付いた。
それは決して空調が効きすぎたからではない。紛れもなく原因は俺の発言にあったと分かるが、直近の発言の何処に失言となるような文字があっただろうか。これでも語彙は選んだつもりである。
「―――分かった。I₋nじゃなくて俺が行く」
「え? ハイドさんが?」
「肉体労働は嫌いだがな。そんなに条件付けられちゃ下っ端に任せるのもおかしいだろ。一度てめえには人類を統べる器ってのを見せつけてやらねえとと思ってたんだ。丁度いい機会だな?」
何だ、この感じ。
交渉の手前吐く訳にはいかないから糸は読まないようにしているが、この人。カガラさんを庇わなかったか。視線をどちらにも向けてみたが反応はかえってこない。唯一返してくれたのは状況が呑み込めないままの諒子だけだ。
窓の景色に目を向けると、雨が段々と降り出していた。こんな時にも天候は何の気遣いもなく変わる。今日は曇りだったので雨が降り出した事に規定は関わっていなさそうだ。
「条件は。もう終わりだな?」
「すみませんね、色々聞いてもらっちゃって。出来ればこのままマキナの家まで連れてってもらえると助かるんですけど」
「はあ!? シキミヤ。てめえ殺す気か俺達を。仮にもウチはキカイを破壊するっつう使命がだな……大体何処かも知らねえし!」
「必要なら教えますよ。貴方を信用してる証って事で」
全てが解決する保証もないのに、世界征服の見返りという名目であらゆる条件を呑んでくれるハイドさんには、常々お礼をしたいと思っていた。マキナを裏切るなんて真似は到底出来ないが、これくらいは博打覚悟で切ってもいい。メサイア・システムの中で唯一かは分からないが、アイツとの敵対を望まない人間だ。邪険にする理由も、遠ざける理由もない。
ハイドさんはフロントガラスに顔を向けて、初めてふっと笑った。
「―――I₋nも含めて全員降りろ。俺が運転して直接送り届けてやるよ」
「え、あんなにこき使われたのに私は途中下車かい?」
「うるせえ。もし殺されても俺一人で済むなら安いもんだ。てめえらの命にまで責任もって堪るか。分かったらさっさと降りろクソ共。こいつの信用に応えるんだ、俺以外がキカイの居所を知るなんてあっちゃならねえんだよ」




