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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅵth cause マキナ・ラバー・パラドックス

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トモダチの為に穢れよう

 一つはっきりした事がある。どうやってかは知らないが、俺の中にある筈の認識の規定を弄った奴はこちらの動きが見えている。そうとしか考えられないくらいの絶妙なタイミングではないか。『刻』の規定の騒動が終わって、一件落着。今日の所はもう何も起きないと思った所にこれだ。


『……シキミヤ。直接話がある。時間あるか?』

『……少しなら。これから妹と二人暮らしの為の物件を見なきゃいけないので』

『ああ!? てめえさっきのニュース見たんじゃねえのかよ! なーにが物件だ。大体てめえら未成年だろ。この状況で物件なんか借りられると思ってんのか!?』

『あー…………まあその辺りも話さないと』

『だーかーらー! 何で外がおかしないやおかしくはねえんだが……人様の都合もなく元に戻ろうとしてる異常事態にてめえは呑気なんだ!』

『……そりゃ、そうですけ……けど。でも俺にどうしろって言うんですか。死ねとでも?』

『んでそうなるよ。どうするかを話すんだろうが』


 俺が死ねば、もしかしたら規定も止まるかもしれない。けどその作戦は誰にも言えない。もし言う時があるとすれば俺が本当に死ぬ時で、言う相手はマキナだと決まっている。アイツに返してやらないと、これまで生きてきたのは何か……何らかの奇蹟なのだ。


『……分かりました。何処で待てばいいです?』

『I₋nを向かわせる。これ以上はナシだ。じゃあな』


 メサイア・システムとしても混乱は避けられないようだ。それもその筈、善人のちょろさがあの組織を慈善組織たらしめていた。想定はされていなかっただろうが、未紗那先輩以外の戦力を保有しないのは正しい判断だったようだ。今の状況ならどんなに都合が悪くても白日の下に晒されかねない。社会機構は決して完璧ではないので、人情の挟まる余地が存在しない瞬間を無くすのは不可能だ。それにしても今は―――心なしか人情の方が軽視されている。どちらが軽視されるべきかではなくて、重視するべきかという話でもなくて、問題は人間の方が追いついていない事。社会という概念は人間が集団で生活する上で不都合の無いように作られていくものなのに、なぜか社会が自我を持ったかのように急変したから、人間は混乱するしかない。

 部屋に戻ると、牧寧が自分の髪を撫でて俺を待っていた。

「用事は済みましたか?」

「まあ……それよりも物件の事なんだが、大丈夫なのか? お前を助ける為に無償で貸してくれるような奴は居ないと思うぞ」

「その事でしたらご心配なく。既に何件も抑えてあります。そう言った面倒な部分は全て私に任せてください。兄さんには自分の素直な気持ちで選んでいただきたいのです」

 澄ました表情でそう言ってから、牧寧はゆっくり俺の所まで寄ってきて―――床に押し倒されていた。恐怖や戸惑いはない。何故かはわからないが押し倒された景色に見慣れている。むしろ体と体の間にある隙間が空き過ぎて自分が本当に押し倒されているのか不安になるくらいだ。

「兄さんが話もしてくれない期間は本当に辛かった。でも私は、兄さんに頼られたくて優秀になったんです。外で何をどうしてるかなんて聞きませんから、家の中くらいは私を頼ってくださいな。でないと私、泣いてしまいます」

「……泣き虫め」

「ええ。私と兄さんはずっと変わっていません。変わったように見えただけです。二人だけの家に引っ越したら、たくさん兄さんに甘えますし、我儘だって言います。失った二人の時間を埋めるように、いいえ。これからもずっと、末永く、幸せで居られるように。その為には後悔のない選択が必要なんです。私は兄さんが望む場所ならどこへなりとも行きますから。ね? こちらの事は気にしないで、自分の都合だけを考えてほしいなって……」

 

 ドンドンドン!


 鍵のかかった扉が不意に叩かれて、兄弟仲睦まじい雰囲気が台無しになった。顔の半分を歪ませた牧寧は言うに及ばず、俺も苛ついている。こんな優しい妹を持った自分は何て幸せな兄貴なんだろうと感傷に浸っていたらこれだ。


「た、大変! 那由香がいなくなった! 有珠希、頼む! 俺のせいで出て行ってしまった!」


 …………。

「……何を喧嘩してたんだ?」

「家を買えと言われたんだ……家族皆で過ごす奴だぞ? それをな、俺も頑張ったんだが無理なものは無理で―――」

 なんやかんやと理由を述べ立てる父親の声。久しぶりというよりは初めて助けを求められたせいで俺も聞き入っていたが、上に載っていた妹に指先で頬を叩かれ、耳の傍で囁かれる。

「……デタラメですよ、これ」

「……どういう?」

「家族皆で、っていうのは嘘です。兄さんをこの家に残すつもりだったんですよ。兄さん、家を空けてる事が多いじゃないですか。わざと怒るなり喧嘩なりで家に一日帰らせないようにして、その間に家財道具もろとも遠くに逃げようって話だったんです」

「―――あの喧嘩は演技だったのか?」

「演技ではないですよ。言い出したのは那由香。両親は賛成したものの出来なくて、我儘という形で却下して喧嘩になった……という感じです」

 

 ―――そう、か。

 

 牧寧が嘘を言っている可能性は無きにしも非ず。だが今まで散々煙たがってきた家族と妹では根本的な信頼度が違う。仮にも実の息子をどうしてそこまで邪険に出来るのかは分からない。糸に只々拒絶反応を示していた頃の俺が悪印象だったのかもしれない。

 今となってはどうでもいい事だ。俺も別に、好きではないし。

「――――と、そういう訳なんだ! 有珠希頼む!」

「…………ああ、いいよ」

 

「……兄さん?」


 妹を退けて立ち上がる。誤解のないよう、隠れてもらいつつ、俺は準備運動替わりにその場で足踏みをした。そしてこの距離から妹向けにメッセージを送り、扉の鍵を開ける。目の前には泣きそうになっている親父の姿。

「探してくる。見つかったら連絡するよ」

「おお…………おお、それでこそ俺の息子だ! やはりお前は―――!」

「もういいよそういうの。早速行くからどいてくれ」

 振り返りはしない。牧寧が部屋に居る事を悟られぬように。自宅を出てから携帯に視線を落とすと、妹から『兄さんはやっぱり優しいんですね』と返信が来た。あのメッセージを見てそう思うのはおかしいだろう。どちらかと言えば趣味が悪い。人を試しているようなものなのに。

「―――因果を読んだだけじゃ、もしかしたら違うかもしれないって。思いたいだけなんだよ」

 しかし因果の中身を読んで外れた事はない。単に俺も外に出るきっかけが欲しかっただけだ。那由香を探しても探さなくても、俺が何を調べたいのかはいずれ分かる。


 

 今は諒子の方が気がかりだ。



 ニュースを覚えているだろうか。町中で家を見つけては家主を追い出して済む若者―――それは間違いなく『刻』の規定の被害者だ。マキナは戻したと言っていたが急速に戻したのがまた問題になったのだろう。戻さなかったらそれはそれで責めるつもりだった俺がこのことに関してどうのこうの言うつもりはない。どうでもいい存在を、わざわざ俺の為に何とかしようとしてくれたその心遣いで十分だ。

 問題があるとすれば人間の構造の方。精神年齢はそのままと言っていたが、そもそも精神年齢はある程度身体に引きずられるものだ。一度赤ん坊に戻った事で肉体が―――成熟していた脳みそが急速に退化したと考えたらどうだろう。小さかった頃、俺達は我慢なんて物を知らない。欲しいものは欲しい。感情表現も泣くしか出来ない。

 実際の経過はマキナに頼らないと分からないが、小さくなった脳みそに成熟した人格が収まるなんて考えにくい。あくまで直接は弄れないだけで影響くらいは受けている筈だ。不健康な身体が気分を落ち込ませやすいように、身体と心は密接に繋がっている。大人が赤子に赤子が大人に、これまた個人の意思を無視して変化したら―――我儘な人間の一人や二人出来る事なんて。俺でも想像出来る。




 知らない筈のトモダチの家に向かうと、年齢がバラバラな男達に抑え込まれていた。諒子はそんな絶望的な状況になっても暴れ回って自分の身体に触ろうとする不埒な手を払いのけているが段々と限界が近づいているようだ。中でも屈強な身体をした男達の手で制服が引きちぎられようとしている。

 俺にとってはミミズのような糸が大量に押し寄せて、諒子を呑み込もうとしている。

「…………誰の」

 ポケットの中にあったナイフを抜くまでに何の躊躇もない。トモダチの為なら。




「誰の許可があって、そいつに触ってるんだあああああああああああああああああああああああ!」




 外側に居た奴等から白い糸を次々と切り裂いて瞬く間に中心へ。諒子を抑えつけている輩は行動だけを止めても邪魔で仕方ないので白い糸を切った上でちゃんと腕を切った。

「し、しきく……!」

「行くぞ!」

 自分でも不思議なくらい簡単に諒子をお姫様のように抱えて救出。暫くすると行動を封じられていた男性達が怪我に気付いて一斉に泣き出した。改めて脱出の際には青い糸を切って『邪魔をする』選択肢を排除。自分の体力を無視したペースでマキナの家に向かって走り抜ける。

「家は…………無理みたいだったな」

「―――うん。ちょっと、悲しいな」

「マキナに住まわせて貰え」

「……式君と一緒がいい、ぞ」

「―――機会があったら、その内な」

「助けてくれて……ありがとう。怖かった……」

 諒子は紅潮した頬を隠すように俯く。触れれば壊れてしまいそうな儚い笑顔は、友達にとって何よりも信頼の証と言えるだろう。

 道中に邪魔者はない。万が一にも那由香を見つけたという事も。交差点に差し掛かると、俺達を阻むように黒塗りの車が路肩に停車した。


「はい、乗った乗った」


 いつの間にか背後を取っていたカガラさんに押され、俺達はつんのめりながらも車の中へ。後ろからカガラさんも乗り込んでくる。









「よおシキミヤ。奇遇だな。逃がしてやるから今後について話そうじゃねえか。お互いの為に」


  

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