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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅵth cause マキナ・ラバー・パラドックス

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人を教えるモノ

 奈落に堕ちているのは俺一人。

 暗闇に吸い込まれるのは俺一人。

 何処までも、何処までも、何処までも。伽藍洞の中へ。ああ、遂に死んだのかもしれない。そりゃそうだ。突然お店が崩壊したら誰だって死ぬ。俺はアイツなんかと違って、只の人間なんだから。


 フッと、落ちていく身体を繋ぎ止めたのは、『 』なきがらの糸。


 それと同時に意識も繋がり、視界は明瞭に開けた。

「おーい。大丈夫か? 起きてるか?」

「…………貴方、は?」

「俺か? ああ、俺は橋本だ。三人で買い物してたら何でか建物が崩れた。どころか地盤が落ちた。ああ、運よく怪我も無しに済んだから、取り敢えず救助活動中だ。君で五人目くらいか?」

「……何で、見ず知らずの俺を」

「いやいや、こういう時に誰かを助けるのに打算とかはない。君も怪我は無いみたいだな」

 怪我がない。そんな事がある訳もなく―――否、しかし実際に怪我はない。地盤が崩れたと言っていたが、よく見ると崩落した断面や体の周りには不自然な状態変化をした瓦礫が転がっ……流れている。


 ―――マキナか。


 アイツが『強度』の規定を使って俺を助けたとしか思えない。液体の量を見た所どう考えてもかつて地面だった名残はないので、殆どは気体になってしまったものと思われる。詳しい事は本人を捕まえれば分かるが、その本人の姿が無い。

 ついでに言うと、無機を流れる糸も消えている。

「…………いや?」

 別に、店が崩れたくらいでこうはなるまい。確かにこのお店は地下階まであるから崩壊したら奈落に落ちるのは仕方ないとして。ここから地上までは低く見積もっても地下六階はありそうな深さである。アイツは建物を改定したんじゃなくて、地面も改定したのか。それで地盤が店の面積分溶けてしまって、俺達はこんな荒んだ地下帝国に放り出されたと。

 一部分だけが崩落しているつもりが、ここは元々空洞であったかのように横にも広い。懐中電灯がなければ左右の確認もままならないくらいだ。

「…………俺の周りに、女の子居ませんでしたか?」

「女の子? いや……かなりの人がこの砂みたいな水みたいな物体に流されたからそれじゃないか」

「……貴方は流されなかったんですか?」

「んー。ああ、運が良かったんだよ。それは君だってそうだろ」

 俺の方は、キカイがいたからなんて言えない。大方アイツは俺を助ける為に周囲への被害を無視する手段を取ったのだ。その事について感謝と同時に文句の一つくらい言ってやらないと気が済まない。

 それはそれとして、この男性は怪しい。どんな暗闇でも、どんな真夜中でも因果の糸は平等に存在するが、この男性は他の人間と比べると赤い糸の数が十倍以上も違う。見た事のないケースだから率直に言って混乱している。

「ほら、立ってくれ。出口まで案内するよ。君の知り合いというのも探してみる」

「……貴方達は、逃げないんですか?」

「逃げないね。たまたま居合わせただけでも全員助けなきゃ。それが俺達の使命って感じかな」

 俺に怪我がないのを確認してからひとりでに歩き始める男性。荒れ果てた道も何のその、慣れた足取りで暗闇を進んでいく。懐中電灯は俺の為に置いて行った。

「ちょ、ちょっと待って下さい! 橋本……貴方が何者かは知りませんけど!」

 懐中電灯を握りしめ、荒れた道を駆け出す。



「お店を壊した犯人も一緒に落ちてる筈なんです。だから―――帰れません!」



 マキナが何故、地盤まで溶かしたか。

 それは俺を守ると同時に犯人の逃げ道を無くすためだろう。こんな地下深くにまで落とされたらまず帰って来られない。とっくにこの橋本とかいう人が帰してしまった可能性はあるが、彼は規定の影響を受けるまでもなく既に糸が変であり、その変な糸も影響を受けている訳ではなさそうなので接触は考えにくい。

「…………そうか」

 橋本という男はそのまま暗闇に消えていくかと思ったが、左手に試験管を携えて戻って来た。コルク栓で止められたその中身には、紅い液体が満ちている。

「これを飲んで」

「え?」

「その感じだと、こちらの言い分は通りそうもないから。せめてものおまじない? 保険? みたいな感じだよ。いいから早く」

 よく分からないが、放っておいてくれるのは目の負担も減って話が早い。コルク栓を開けて勢いよく中身を呷ると、鉄と水の味がした。苦いというか、甘いというか、辛いというか、すっぱいというか、純粋に不味い。

「……何ですかこれは」


「山羊の血」


 全部飲んでしまったが、それでも一部、吐き出せた。

「おええええええええ! 何飲ませてんだよアンタ!」

「ああ、冗談だ。体調を整える薬みたいなものだよ。じゃあこれで俺は失礼する。気が変わったらまたここの明るい所で待っててくれ。定期的に見に来るから」

 今度こそ男は暗闇に消えていく。糸を残して跡形もなく消える直前、橋本はこちらに首だけを向けて言った。



「自己紹介を忘れてたな。人間教会という所で働いている。気が向いたら寄ってくれ」 























 橋本とは正反対の方向に歩き出して、一時間。懐中電灯の範囲が狭いせいで光源を持っている気がしない。

「マキナ―」

 声が嫌に響く。決して返事はない。マキナからもそれ以外からも。果たして本当に俺以外にも生き残りは居るのか。五人目とあの男は言っていたが、それで生存者は終了ではないか。


「うう…………」

「何だ……?」

 

 そういう訳でもなかった。瓦礫に足を挟まれていたり、単純に頭を打っていたりするが、生きてはいる。何人かが俺に助けを求めてきたが、そういうタイプは俺一人が助けに向かった所でどうにかなる状況ではない。身体の半身を挟まれた人なんて、どうすればいいと言うのだ。

 助ける方法もないのに形だけ見せるなんて偽善もいい所だ。何人かいるならともかく、俺一人しかいないなら猶更。見捨てるように無視をして、引き続きマキナを探す。アイツさえいればどうにかなるならその方が良い。俺には何百キロとありそうな瓦礫なんて押せもしないし引けもしない。

「マキナ―」

 しかしキカイの力という物を侮っていた。足元を照らせば何処までも改定された地面が広がっている。ただの女の子にしか見えないのは今も同じだが、アイツが地面に足を付けているだけで、もしかしなくても俺達は命を握られているのだろうか。この日本大陸を改定されたら国民全員が海の底だ。


 ―――でも、心配なもんは心配だ。


 アイツの身体のパーツはまだ大部分が人間のままだ。だから無理をし過ぎると身体を壊す。また何か月も眠るようなら―――いや、もう二度と目覚めないかもしれない。それが怖い。どんなに強かったとしても俺のせいでアイツは弱いままなのだから守らないと。

「………………なあ。見てんだろ。流石に来いよ。お前がいれば話が早いんだからさ―――兎葵」

 マキナに遠くへ追いやられたっきり、まるでやってこない暫定妹のアイツ。『距離』を持っているので何処にいるかは関係ない。その気になればいつでも現れる事が出来る筈だ。何故出てこない。そんなに俺と顔を合わせたくないのか。視界の共有というなら俺にも視界を見せてほしい。段々腹が立ってきた。

 

 二時間経っても、マキナは見つからない。


 そして改定された地面もまだ広がっている。元々あった空洞だろうか、途中からは平たい地面や多少の坂道だけでなく、穴みたいなものがぽつぽつと見えるようになった。懐中電灯は何の役にも立たない。

「…………き、ん」

「え?」

「式……くん」

 木霊する声にやっと反応が返ってきたと思えば、聞き覚えのある声だ。糸のある方向に歩いていくと、懐中電灯の範囲に諒子の顔がぼわんと浮かび上がった。

「りょ、諒子!? お前も…………え? 何で……」

「よか…………ったぁ……」

 俺の顔を見て安堵したせいか、諒子は何も無い場所で躓いて俺に寄りかかるように倒れた。頭の包帯とスカートは薄汚れ、セーターは繊維にゴミが入っている。そんな状態でも彼女は自分の心配は二の次に、俺が無事である事を喜んですすり泣いている。

「良かったぁ…………式、君。生きてたんだ……!」

「―――何で、ここに居るんだよ」

「通りがかっただけ……だ。式君を追い回すとか……全然。してない、ぞ」

「ああそう。尾行してたのね―――で、巻き込まれたのか」

 啜り泣きながら首を振る。胸で顔を擦っているだけだ。トモダチを放ってはいけないので一旦その場に座り、慰めるように彼女の背中を撫でる。

「自分で……降りてきた」

「飛び降りた訳じゃないよな?」

「飛び降りた、ぞ」

「はあああ!? お、おまおま、お前……何でそんな事を……!」




「式君が死んでたら、生きてても、仕方ない……じゃん?」




 俺のせいという訳か。

 しかしまあ、責めるつもりはない。マキナが居る俺とは違って、諒子には俺しか居ない。マキナなしではとっくに食べられていた俺と同じ。生きている意味がない。生きている意味がないので惰性で続けても仕方がない。

 人間の輪郭を認識出来ないばかりに誰とも交流できなかった反動が俺に返っている。迷惑だが、それは諒子のせいではない。この視界で俺が責められる訳ではないように。

「…………はぁ。本当にお前は。でも携帯を取り上げられる前に連絡するべきだったな。すまん。ちょっと協力してくれ。知り合いを探してる」

 諒子が泣き止んだので探索を再開。そうしたかったが何故か睨まれている。懐中電灯を当てても眩しそうに目を細めるだけでその表情は変わらなかった。

「……どうした?」

「―――勝てない」

「はあ?」

「……式君の、ばぁか」

 色々不備があったのは認める。ここに来てストレスの元である糸を引き連れるのは考え物だったが、どうせ糸なんてその辺に転がっているし、今更だ。それに今は、何故か視界が改善されている。謎の行動力で俺の所まで来てくれたトモダチをもう一度突き放す程俺も鬼ではない。

 何より、近くを離れたら『刻の規定』の被害を受けるかもしれないだから守るために、あえて傍に置く。

「でも、トモダチは私だけだよ、な?」

「……? 何の話か全く読めないけど、そうだな。それよりも早くついてきてくれ。丁度猫の手も借りたい瞬間だったんだ」

「赤子の手をひねるようなものか?」

「使い所も意味も違えな」

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