平和的な掃除
人間の子供を小石か何かと勘違いしてもらっては困る。それはれっきとした生物であり、人は人を尊ばなければならない。今の世界はどうあってもそれを強いられている。赤子が転がっている訳が無いだろと思いマキナと共に外へ出たら、何とも得体のしれぬ異様な光景が広がっていた。
「……いや、どう考えても規定だろこれは。お前は気づけよ」
「え? そうなの?」
確かに、赤子が転がっている。そう形容しても仕方ないくらいの数が散らばっていた。泣いている子供も居れば泣かずに固まったままの子供もいる。ちゃんと糸は繋がっているが、赤い糸が時計の針のような形で檻まで伸びているのが特徴的だ。
「……マキナ。お前の部品で時間かもしくは年齢に関する規定ってあるか?」
「刻の規定ならあるけどッ」
「じゃあ猶更気づけよ。どう考えても原因はそれだろ」
でないと少子高齢化と言われる社会でこんなに子供が転がっている筈はない。或は少子高齢化のように言われる原因はここに赤子が過密しているからではないかと言われても仕方ないくらいだ。物心もつかないような子供は好きでも嫌いでもないが、新年の朝から不気味な光景とセットで泣き声は聞きたくなかった。
糸とか関係なしに気分が悪い。物理的に幼児退行させるなんてどういうつもりだ。
「そう言われるとそうなんだけど、知識がズレてたみたいだから。それに目的が見えないでしょ? 今までの泥棒はなんだかんだで目的があったけど」
目的……明確にあったのは一神通くらいだったと思うが。確かに目的は見えない。嫌でも意識が集中して糸からも情報は読み取れないし、ただただ不気味なだけだ。二階で妹が待ってるのも忘れて玄関から赤子の群れを観察していると、遠くの方からエンジンの音が聞こえてきた。
「…………おい、これ轢かないよな」
「死体じゃないなら大丈夫よ。改定された意識は徹底的に叩き込まれてるみたいだし」
興味なさげな発言とほぼ同時に車は停止。間違っても赤子を踏まないように身を乗り出すと、車から続々と作業着を着た人間が降りている所だった。よくみると反対側の道にも車が停まっていてそこからも同じ作業着が見える。
「ね? 言った通りでしょッ。私の力、凄いんだから!」
「…………」
「有珠希?」
多分、褒めてほしかったんだと思う。わざわざ肩を掴んで身体を揺らしてくる辺り、マキナの構って欲しさは十分伝わって来た。それを差し置いても言葉は出ないし、身動きも取れない。ずっとおかしいと思っていたのだ。青いツナギを着た彼らが何をしに来たのか。ここは工事予定地でもないしその連絡もない。それくらいはまあ善人なので今更目くじらを立てても仕方ない側面はあるにしても。
まさか箒とちり取りで赤子を回収するなんて思いもしない。マキナは小石みたいに扱ってくれたが、同じ人間が人の子をそんな風に扱うなんて、あり得ない。
「…………」
「有珠希! うーずーきッ!」
「ちょっと黙っててくれ」
「……何よ。声を掛けただけじゃない。あの光景がそんなに面白いものかしら」
「面白くなんてない……だけど、おかしいだろ。な、何で……死体なら、分かるんだ。見えないしな。見えない物掃除しようとするのもおかしいけど見えないからそれ自体は仕方ない」
だが赤子は生きている。ちり取りに掃けられた瞬間、泣き出さなかった子供も含めて一層泣き叫ぶようになった。その声はオギャアという擬音では到底表せない。ゼロ距離で救急車のサイレンを聞いた時のような喧しさ。或はそれ以上。本能に語り掛けてくるような不愉快さ。
作業着の男達はポリバケツに掃きとった赤子を放り込み、蓋をする。あんな前時代的な物体に防音機能など無いのだが、音はそれきり止んでしまった。
そうして道路中に転がった赤子を全員回収すると、トラックの荷台に置いて再発進。家の前から姿を消して、そこには何の変哲もない道路が戻っていた。
「………………メサイアじゃないよな」
「そんなに気になるなら後を追ってみる? 私は構わないけど」
「何でお前はそんな楽観的なんだよッ。あれは規定で赤子まで戻った普通の人間だろ? 後を追えば所有者が見つかるかもしれないのに」
「うーん。見つからないと思うわよ」
「その根拠は?」
「ただの勘。試した事はないけど結構当たるのよ?」
それは当たるとは言わない。何処までもニンゲンに興味がないせいでマキナの行動方針は度々見えない。正直、そんな勘は一ミリも当てにしていないので追いに行きたい気持ちは山々だが、妹との約束を反故にするのは違う。
―――あんまり破ったら、嫌われるかな。
最悪、それでもいい。嫌われるてもしょうがない性格だと自覚はある。同時に泣かせてしまう可能性があるのが駄目だ。泣き顔だけは見たくない。あんな健気な妹を泣かせるのはどうしても堪えられない。
「……まあ、後にするか。お前にも追う気はないんだよな」
「一応兎葵は向かわせるかもってくらい。あの子が隣にいるとたまに殺したくなってくるから遠ざけなきゃッ」
―――アイツ、何してるんだ?
死にたがってはいたけれども。その辺りは改心した筈ではなかったか。マキナは俺以外のニンゲンに全く興味がない。少しでも気分を損ねたら殺されてしまうというのに。
「……そうか。じゃあまあ、うん。またな。流石に妹に心配される」
「―――妹って良いわよね。有珠希にそうやっていつも気に掛けてもらえるんだから」
「藪から棒になんだよ」
「ううん? 羨ましいなーって思って。それに有珠希の妹だったら毎日だって隣に居られるでしょ? 一分一秒絶え間なく貴方の体温を感じられるって考えたら、うーん羨ましいなー!」
「そこまでベタベタしてねえ。それに気に掛けてるっていうならお前も随分気に掛けてるよ」
「ホント?」
「ホント」
糸だらけで気味が悪い世界。この症状はどんどん悪化していき、最終的にはどうなるかも分からない。それでもこいつだけは。マキナだけは糸の一本もかすりもせず、綺麗なまま居てくれると確信している。
その顔を見るのが恥ずかしくなってきたので身を翻して家に戻ろうとすると、物凄い力で肩を引っ張られ、彼女の方を向く事に。
「何―――ッ」
玄関に押し付けられたかと思うと、唇を奪われた。上半身にしがみつくような強い拘束。いつも以上に感じる柔らかさと、痕が残りそうな握力。
「ん……んんッ!」
まさか野外でそんな真似をされるとは。いや、以前も野外でしたような記憶はあるが、あの時は夜だったし、茂みに隠れていたし。今は家の前で早朝で、何処にも遮蔽物がない。
―――は、離れろッ。
恥ずかしいという感情が一杯になって何も考えられない。お腹を全力で押しているつもりだが少し押し返せた瞬間に押し戻されて何度も何度も背中が玄関に叩きつけられる。抵抗をやめていっそ受け入れると、十五秒くらいで解放された。
「な、何すんだ馬鹿! こんな朝っぱらから!」
「…………私も気に掛けてる……ううん。貴方しか目に入らない♪ こんな形でしか返せないけど、ホンモノよッ?」
「……それは、俺も」
「え?」
マキナの瞳がピンク色に染まり、頬に朱が差した。それ以上は知らない。恥ずかしい。
「いや、何でもない。じゃ、じゃあな」
家に入って小走りで二階に戻ると、何も知らない様子の妹が正座で待っていた。
「随分遅かったですね? 顔を洗うのにそこまで時間を掛けるなんて」
「あー……いや、まあ。お前が晴れ着姿なのに何だかなって。着物とかないし」
「あら、そんな事を気にしていらしたんですか? 兄さんも真面目な所があるんですね。大丈夫、朝は早いですし、マナー違反という事もないでしょう。気にしないで下さい」
妹が立ち上がって、雅に微笑んだ。
「…………なあ。朝、煩くなかったか?」
「え? 何の事ですか?」
黒っぽい服で何となく整えて、近くの神社まで歩いた。牧寧は草履まで用意する気合いの入り方を見せてきた。
「……こういう日くらい、腕を組んでも良いですよね」
「ん」
道中で赤子が転がっているという事はなかった。時間帯も狙った通り人が少ない……ばかりか、神社に人が居ない。
「……廃神社、じゃないよな。場所間違えた?」
「いいじゃないですか。誰も居ない神社で二人きりの誓約を交わす……ふふッ。とてもロマンチック、ですね?」
「一々語弊が生まれそうな言い方はやめろ」
「誰も居ないから、勘違いするとしたら兄さんしか居ませんよ。おや、何か勘違いされましたか?」
「…………ああ、そう。俺が悪かったよ」
「ふふふッ」
手玉に取られている気分だが、何の問題もなく一通りの手順を二人で一緒に済ませた。後は賽銭箱に小銭を投げて拝礼するだけだ。
「兄さんは何をお願いしますか?」
「秘密だ。お前は新居での生活の安全とかか?」
「そうですね。でも一つだけお願いってのももったいない気がしませんか? 私、欲しい物は全て手に入れないと気が済まないんです。だからそれも込みで―――全部お願いしようと思います」
家族を放っぽりだして二人きりの参拝。少しの嬉しさと、少しの寂しさと、ほんの少しの罪悪感。
二拝二拍手一拝に全てを込めて、目を閉じた。




