闇病オンナノコ
「じゅ、十二……!?」
他のどんな情報よりもそれが衝撃的だった。いや、そんな筈がない。この国には飛び級がいやそんな事ではなくて。あの体型で小学生はちょっと考えにくい。もしも先輩が小学生だとするなら俺も含めて学校に居る人間の全てが彼女を高校生だと勘違いしていた事になる。流石に、それは考えにくい。
「ちょ。いやいやいや。十二歳って……ええ? 流石にないです。それは嘘です。あれの何処が十二歳なんですか?」
「資料が嘘とでも言うつもりかい? 簡単に入った様に見えるけどその裏には無数の苦労がある。さっきも言ったけどここは下っ端が入れるような場所じゃないんだ。そんな資料に嘘を書いて何の意味があるんだ」
「でも……!」
「ああ、はいはい。分かるよ。言いたい事は分かる。私も衝撃を受けた。というかちょっとショックだ。あらゆる発育が負けてるなんてね。自前なのか何か影響を受けてるのかは分からない」
「資料に書いてないんですか?」
「ははは。流石の資料も『保護した当初から大変スケベな身体でした』とは書かないよ。ただ十二歳なのは間違いない。外見は出会った時と変わってないからね。ああ、髪は切ったり切らなかったりするけど」
「……いつ出会ったんですか、二人は」
「幻影事件から大体一年後くらいかな。だからまあ、三年前? 馬が合ったような合わなかったような。十二歳……ねえ。私が一番信じられてないや」
長い付き合いだからこそ、良く知っているからこそ、うわごとのようにカガラさんは未紗那先輩の年齢を呟いている。多少軽口を叩きはしたが彼女にとっても先輩はかけがえのないパートナーのようだ。
―――ハイドさんは何を思って二人を組ませたんだろうな。
先輩の拾われた経緯が本当なら二人に接点はない。どちらかから言い出した事ではない筈だ。
「何で先輩はそんな嘘を……?」
「さっき言った筈だよ。背伸びしたかった……大人びた子供をおませって言うだろう。あんな感じじゃないかな。嘘を吐いてでも君との関係はより良いものでありたかった。初めて自分の力だけで、善人としての打算も無く生まれた関係だ。紗那の家庭環境を思えば、大事にしたいのも無理はない」
「…………それ、さっきも言ってましたね。自力で築いたとかっての。意味が分からないんですけど。人間関係は余程金持ちじゃないと自分で築くんじゃ?」
「それは、君だけだ」
淡白に言い捨てたその綺麗な横顔には、何やら不穏な含蓄があった。
「善人は、基本的に断らない。頼み込めば出会った瞬間に恋人だし、夫婦だし、浮気相手だし、子供だし、兄妹だ。紗那はキカイの情報を聞けば世界中を飛び回り情報の集まりそうな場所に潜入した。社長秘書だったり、塾の講師だったり、スーパーの店員、弁護士、裁判官。頼み込めばと言ったが紗那自身が頼んでた訳じゃない。メサイアの支援だよ。だからアイツ自身は理想の環境で言われた通りの仕事をしていただけ。そこには何の感慨もない。一瞬で深い関係になれるなら切れるのも一瞬だ。キカイの情報に見込みがないと分かれば直ぐに立ち去る。そこには優しい紗那も仕事が出来る紗那も居ない。アイツはずっと孤独だった」
精神的孤独なのは言うまでもない。だってそれは、俺も同じだったから。一応友達と言うなら結々芽と稔彦が居た。アイツ等は善人としての常識以前に俺と交流があったが、それで心の傷が癒されたかと言えば答えはノーだ。真の意味で塞がったのは諒子と出会ってからとして―――
何もかも変わってしまったのは、マキナと出会ってから。
アイツとの出会いが、俺の全てを壊した。
その美しさが、その明るさが、その強引さが、その優しさが―――孤独を、忘れさせてくれた。
「学校で紗那が人気者なのもメサイアの支援だよ。生徒の中にメンバーが居るんだ。だからもしも出会った当初、紗那が妙に人気な事に違和感を抱いたならそれは正しい。急造の実績と信頼だしね」
「…………なんで俺の所には来なかったんですか?」
「さあ。そんな事は本人に聞いてくれ。君と接触する時だけアイツは『報告が遅れた』という言い訳を展開している。後は君も知っての通りだ。紗那はどうしても君と離れたくない。或いはもっと近づきたいとさえ思っているかもしれない。いずれにせよどうにかできるのは君だけだ。私に出来るのは情報提供まで。どうする?」
「どうするって…………カガラさん的には一つしかないでしょ。俺にマキナを裏切らせる」
「それを許すキカイとも思えないし、私の上司はキカイを敵に回したくない。だからそれが手段としてありでも言わないよ」
俺にしか、出来ない?
全部俺のせいなのか。俺が、俺があの時先輩を裏切ったから? いいや、裏切ったという話なら最初から裏切っている。あんな事があった以上、無理矢理従わされているという虚偽はなくなった。それでも何故俺が従っているかは誰も知らない。教えたからどういう訳でもないが、言わない事が俺なりに裏切らない保証、もとい誠意だ。
「……」
「式君?」
誠意。誠意。誠意。誠意。誠意。
誠意。誠意。誠意。誠意。誠意。
誠意。誠意。誠意。誠意。誠意。
諒子の方に視線を落とす。唯一の友達は俺の浅ましい怯えを見透かしている。それでも分からないでいてくれる。親しき仲にも礼儀あり。言い出すまでは何も言わないと。
「諒子……何が誠意だろうな。誠意なんて……誠意って。何だ? そんなもの、ないよ」
そうだ。誠意なんて物はない。それっぽい言葉と理屈で取り繕っても無駄だ。誠意なんて物があったら未紗那先輩とのデートなんてしないし、あの人の助けを借りて部品をどうこうしようなんてのも、するべきではない。
「式君……は。いい人……だぞ? 私は。だって、式君がいなかったら……こんなに、安心出来ないから」
「……なんか、悩んでるみたいだけどさ。今必要なのは誠意じゃなくて、どうやって止めるかだと思わない?」
「だって先輩は、俺に誠意が無かったからおかしくなったんです。元に戻そうと思ったら誠意がないと…………」
「じゃあその誠意って? 誠意を示せば元に戻る? 一ついい事を教えよう。誠意とやらは一生ものになる。これから君が紗那の事しか考えない、紗那第一の紗那至上主義になるというなら、それを提案すればいい。まあキカイには狙われるかもしれないが、そこは紗那の腕の見せ所になるかな。いずれにせよ苦難の道だ。そしてこの誠意はキカイに対する不義理になる筈だ」
未紗那先輩を見捨てるなら、何も悩む必要はない。マキナを呼んで殺してもらえばいい。俺にはどうやっても殺せないから、全てを任せて目を塞いでおけばいい。
―――。
未紗那先輩とのデート、楽しかったな。
支部のエントランスに移動してきた。周囲に転がっているのはメサイア・システムのメンバーだろうか。アイツの仕業だとは思うが悉く昏倒している。銃は使わなかったか、当たらなかったようだ。
「うう…………」
一〇人程度か。しかし糸の数があまりに多い。目の負担が……大丈夫だろうか。特性的にもこれ以上増える事は無いと思うが。痛みで説得どころではなくなってしまった場合はいずれにせよ詰みである。諒子が未紗那先輩を誘い出してくれるまでの間に気持ちを整理しないと。
「式……君! 逃げ……!」
階段裏側のエレベーターが開くと同時に、諒子と―――未紗那先輩が出てきた。掌で首を抑えて持ち上げており、捕まった諒子の方はそんな状態でも容赦なく蹴りを入れているがびくともしない。
「……本当に律儀ですね。でも諒子が苦しそうなのでやめてください」
「二度と目の前に現れるなと言われたので、こうでもしないと」
「じゃあ撤回します。お願いですからそいつから手を離して下さい。トモダチなんです」
「…………友達ぃ? ああ、そういうの嫌いです。嫌いです。嫌いです。嫌いです。嫌いです。嫌いです。何でですか。何でなんですか。私は簡単に裏切られたのにどうして出会ったばかりの貴方が友達なんかになってるんですか?」
「…………ぁ…………ぅ……」
「いいから離して下さい。離さないと」
俺の方から先輩が見えていないという事は、先輩の方からも俺が見えていない。
だから。
「………………グブ」
喉に向けて、ナイフを刺せる。、
「未紗那先輩。何でこうなっちゃったんでしょうね俺達」
先輩の目に、初めて敵意の火が灯る。
「俺は、只の先輩と後輩でいたかったのに。変ですよね。ねえ先輩。これっておかしいですよ」
おかしいのは、どっちだろう。
殺そうとした俺なのか。
死なない未紗那先輩なのか。
「…………可愛゙ぐない後輩に゙は、お仕置きが必要ですね♪゙」




