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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅴth cause 病むに止まれぬミライ

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生き残った意味なんて

 作戦なんて物はないので、残りの休み時間を目一杯使って諒子と相談をした。彼女は頼もしくも俺を守ると言ってくれたが、地の戦闘力は普通の女の子とそう変わらない。あのまま先輩が引かなかったら刺しに行っていたのは糸を読めば明らかだが、腕相撲をしても普通の女の子くらいで、身体の柔らかさは凄いが、それだけで人外扱いは人類のスペックを過小評価し過ぎである。するとあれだ、体操選手なんかは全員エイリアンという事にもなりかねない。

 俺から見ても真っ向勝負で諒子に勝ち目がないのは明らか。時間も稼げるか怪しい。さっきの今で未紗那先輩の印象は最悪。性格面は言うに及ばず、輪郭も溶けているから外見もボロクソに言うくらいには嫌ってしまった。自分で言うのもあれだが、今の先輩を刺激するのは自殺行為に近い。諒子なんて手首を折られても悪態を吐きそうで、いつもの先輩ならともかく今のあの人は普通に人を殺しかねない。それは困る。

「弱点とか、ないの?」

「弱点かあ……ないなあ」

 いつぞやの結々芽みたいに所有権がマキナに戻ったなら殺せるかもしれないが、あれ以来一回も起きていない事からも結々芽が未熟だったか非常に条件の厳しい現象であると分かる。そんな何もかもあやふやな現象に期待するのは元々薄い勝算を更に薄くするようなもの。


「―――考え方を変えよう。何とかしようとするから無理なんだ」

「……どういう事? 説明してくれないと分からない、わ」


 諒子に対する情報共有を終えて、俺達は休み時間を終えた。授業が本当に茶番になる日が来るとは夢にも思わなかった。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。勉強に身が入る訳がない。教科担任は諒子が起きている事に驚きを隠せていない様子で授業を進めていた。アイツがいい感じに注目を集めてくれるお蔭で俺のサボリは最後までバレなかった。



 例によって掃除を嫌がる生徒の頼みで掃除が省略されて。放課後。



「式君……本当にやるのね?」

「お前に懸かってる。頼んだ」

 こうも俺が落ち着いている理由はまた薬を分けてもらったからだ。他人が服用している薬を勝手に服用するのは健康的によろしくないが、諒子自身『変な男の人に貰った』と言っているので二人ともお互い様である。むしろ諒子の方が何故貰ったのか……ああいや。それは冗談。死ぬなら死ぬで良しという根性が働いたのだろうから。

 早く帰路についてくれないと作戦が進まないのに、目の前の眠り姫は何やらもじもじして動かない。

「…………式、君。私達、トモダチだよね?」

「まあな。一応なんて言わないよ。俺とお前はトモダチだ。視界の異常を持ったたった二人だけのな」

 因果を視ている訳ではなさそうだが、いずれにせよ俺達はこれに悩まされた。それだけでも十分だ。これ以上は無い。マキナにも未紗那先輩にも理解されなかった部分を僅かにでも共有する事が出来て本当に嬉しいのである。

「…………ぎゅ、ってしてほしい」

「あん?」

「……だめ、か?」

「…………」

 自分も含めて人体の輪郭が溶けて見える諒子にとって、俺は唯一の人間。その存在を感触で確かめたいという気持ちはよく分かる。問題は同い年の女の子という事だが……立ち振る舞いから表情、濡黒の瞳に至るまで弱弱し過ぎて断ったら死ぬ気配がする。砂の城より脆そうだ。

 少し悩んだ末に抱きしめに行くと、力なんて一切感じないくらいあっさりと胸の中に納まった。

「…………温かい」

「お前は冷たいな」

「……ごめんなさい。冷え症で」

「別にいいよ。そんな事よりもそろそろ離れてくれ。先輩が来ると思うから」

 諒子は最後まで俺を気にしていたが、アイツが一旦離れてくれないと作戦にならないので、こればかりはどうしようもない。誰も居なくなった教室で俺は扉を閉めて鍵を掛け、先輩の来訪に備える。   


「ゲームをしようと言った筈なんですけどねえ。逃げないんですか?」



 扉を閉めている内に窓から入られた…………!

 振り返ったが、そこに先輩の姿はない。代わりに、背後を取る何者かの気配を……見栄を張るのはやめよう。そんな物は感じない。足元を見たら、もう一つ足が見えただけだ。

「逃げないんじゃ張り合いがありませんねえ。さっきのお友達もいないようですし」

「……逃げようと思いましたよ。でも、逃げてどうなるんですか。先輩は俺が嫌いなんでしょ。それで、俺も先輩が嫌いです。学校から出られたら家に帰すなんて約束守るなんて思えないし、実際思わなかったからこうしました。先輩こそ、どうしてそんな風に背後を取るんですか」

「……二度と俺の目の前に現れるなと言ったのは君ですよ。自分の発言も覚えていない所、本当に嫌いです。どうでもいいんでしょう。私の事なんて。でしょうね、キカイの味方ですから。本当に騙されちゃいました。本当に本当に本当に。嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」

「…………先輩。俺は」

「聞きたくないです。嘘つきの言葉なんか。そういう所が嫌いです。そういう所も嫌いです。嫌いでも、仕事に私情は挟めません。君は最重要保護対象になりました。これからメサイア・システムの支部を挙げて君を保護します」

「保護ですか」

「家には二度と帰れないと思ってください。食事に始まり、入浴、栄養管理、就寝時間、就寝方法、掃除、洗濯、全て私が引き受けます。ええ♪ 君が悪いんです。君が悪い。キカイになんか与しなければこんな事にはならなかったんです。だから諦めて下さい。私、君に強制するの大好きなんです!」

「……俺と接触出来なくなったら、マキナが怒りますよ」

「だから何ですか? 保護と言いましたよね。私が守ります。もう誰にも、何にも君を渡さない」

「大嫌いなのに?」

「大嫌いだからこそ、です。嫌なら逃げてもいいですよ。追いますから」

「…………どうせ逃げ切れないので、逃げません。諒子が居ないのはアイツが居ると暴れるからです。捕まえるならさっさと捕まえて何処にでも放ってください。ただ最後に一言だけ言わせてもらっていいですか?」

「本当に張り合いがない……何ですか? 君の言葉なんてどうせ嘘だと思って聞きますよ」

「俺は先輩が嫌いですよ。二度と目の前に出るなって発言も覚えてます。今も顔も見たくない。声を聴くので精一杯です。でもね、そうやって感情的に出たような発言にも糞真面目に対応する、その律儀な所―――大好きですよ」

 頭部に痛烈な一撃が叩き込まれ、意識が混濁する。何故微妙に意識が残ったのかは誰にも分からない。キカイの心臓のせいかもしれない。



「ごめんなさい! ごめんなさい……! ごめんなさぃ…………!」



 記憶の前後も繋がらない。誰の声かも分からない。きっと起きる時には忘れている。それでも俺の耳には確かに、優しかった先輩が泣いていた。


























『起きなきゃ駄目だよ。だって君はまだ、生きてるんだから』

 そんな言葉が暗闇を縫って聞こえてくる。ああそれはとても遠い。遠い遠い夢のような女性が語り掛けてきたような。この世の物とは思えない美しい銀髪と空のように碧い瞳が草原で寝転がる俺に語り掛けて、身体を揺らしてきたような。

「起きて。早く起きなきゃ私が殺される。いや本当に起きてくれ。なあ、なあシキミヤウズキ君」

「…………カガラ、さん?」

 見飽きたくらいに目立つゴスロリ服と、上司にも認められるような容貌を持った女性。篝空逢南が俺の表情を覗くように待ってた。

「あ、今起きるのやめて。角度的に頭ぶつけるから……はい、もういいよ」

 上半身を起こして周囲を見渡す。六畳ほどの部屋にベッドや机、テレビと言った一通りの家具が置かれている。ただし窓は一つもなく台所はおろか玄関も見当たらない。俺が眠っているのは毛布の上。ベッドに座っているのはカガラさんの方だ。

 普通の部屋のようで違う。生活感が存在しない。

「…………何で、ここに?」

「何でとはまた酷い言い様だねえ。君を監視してたら紗那に連れ去られる瞬間を目撃したから助けに来た」

「ハイドさんの指示ですか?」

「…………三割って所かな。あの人には連れ攫われないようにしろとは言われたけど、立ち向かっても死ぬだけなのは目に見えてるからねえ。私は臆病で、見た目通りか弱いんだ。こんな事で死にたくはない。残りの七割は……私情だよ。紗那の事を調べてたせいもあるし、単に君が危ないだろうと思ったから」

「…………?」

「何だよ、年下が好きなのはそんなに悪い事? あんな悪い上司にこき使われてたら年下に癒しを求めるのは自然じゃない?」

 この人は恥ずかしそうに視線を逸らしているが、その感情の出どころは発言そのものというより行為に掛かっているようだ。説明を求めた俺が悪いのだが、理由なんてないのだろう。真面目に問い詰められたくないから場を茶化せるような理由を言っているだけ。

 この人らしいな、とも思った。同時にハイドさんの人望は意外にないのではないかとも。

「ありがとうございます」

「感謝はまだ早いよ。ここは支部の一角。早い話がビルの中で、ここは君に当てられた―――失礼。君と紗那に当てられた部屋だ。基本的にそれ以外の全員が立ち入り禁止。私が来なかったら君は一生ここで暮らす事になる。監視カメラとかセキュリティとか全部掻い潜る苦労を思えば、私は助けに来たというより自ら行き止まりにやって来ただけだよ」

「……良く来られましたね?」







「入り口で女の子が銃持って暴れてるお蔭で、紗那がそっちに行ってくれた。さ、早く出よう。二人だけの逃避行だ」

  

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