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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅴth cause 病むに止まれぬミライ
110/213

壊し壊され殺し殺され愛し愛され縛り縛られ狂い狂わせ黒く黒く黒く黒く黒く

 マキナがどんなに優しかったかを実感する。アイツは度々馬鹿にされることに腹を立てて多少苛立っていたが、それも多少だ。存在のスケールが違い過ぎるからその多少でも命を失う危険性があるのは分かるが、その危険性も込みで俺は一緒に居る。

 アイツに殺されるなら本望だ。いや、特別な理由なんてない。強いて挙げるなら、この醜い世界で死ぬとして、どうせなら美人に殺して欲しいというだけだ。それも糸に一切縛られていないとびきりの美人ならこれ以上は無い。

「…………ぁッ」

 心臓が、震えている。歯車のように重なり、周り、軋んでいた不良品が純粋に震えている。未紗那先輩は人間だ。それはこの眼がしっかりと示している。無数の糸と色鮮やかな因果の数々。他ならぬ人間の証であり、これを今更疑うような真似はしない。

 どんな顔をして会えばいいのかなんて気楽すぎた。どんな顔ではない。どんな命乞いをすればこの場を切り抜けられるのか。俺に必要なのはその思考だ。足が震えて来たのを武者震いだと強がる事も出来ない。この寒空に汗をかいているのかと思えば、本当は涙だ。泣きそうになっていた。ただ先輩と相対しただけで、この身体は無条件に降伏していた。

 先輩のロングブーツが一歩近づいてくる。無意識に身体が退いた。一歩。二歩、三歩。四歩目で壁にぶつかり、そんな筈はないと振り返ったら、そこに先輩が立っていた

「何処に行くんですか? 式宮君」

「ひっ…………あ、ああ先輩。お、おはようございます」

「はい。おはようございます。朝帰りとは言い度胸ですね。夜に出歩くだけではなく。一体何処に行っていたんでしょう」

「…………あ、あの」

「はい?」

「お、俺……俺とは……絶交したんじゃ?」

「絶交? ふふふ、君は面白い事を言いますね。キカイに狙われているような人を見放す訳ないじゃないですか。ね?」

 首根っこを掴まれてこんなに全身が強張ったのは初めてだ。俺の怯えなんて誰が見ても明らかなのに、未紗那先輩はお構いなしにニコニコと微笑んでいる。あんまり怖かったので逃げる様に家の中へ入ろうとしたが、彼女に腕を掴まれ。



 そのまま肩の骨を外された。



「いッ―――!?」

 人の骨はこんなにもあっさり外されるのかと、そんな事を思う前に激痛が走った。足がもつれて壁に突っ込むのを先輩が止めてくれるが、そもそも肩を外したのもその人である。

「な、何を……?」

「私ね、考えたんです。君に裏切られた日からどうすれば守れるのかって。ええ、そうしたら凄く善い名案が浮かんできました。君を私なしでは生きられないようにしてしまえばいいんです。そうせざるを得なければ君が私から離れる事なんかない―――合理的ですよね?」

 

 ―――狂ってやがる!


 ハイドさんの言う通りだった。未紗那先輩は致命的に正常を欠いている。まがりなりにも後輩だった俺に躊躇なく危害を加えるのはおかしい。あってはならない。この人にここまでさせる原因は何だ? 俺か?

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい先輩!」

「…………何を謝ってるんです?」

「い、いや! 先輩。俺がマキナの味方をしたのに怒って」

「別に怒っていませんよ。だって心臓を人質に取られてるんです。しょうがないしょうがない! ええ……しかし。それと私個人の気持ちは別の話ですが。心配しなくても、痛みを一方的に与えるなんて趣味じゃありません。君が脱臼したのと同時に、私の腕も脱臼しています。これでお互い様ですね?」

「―――い、いや。ちょ。待って下さい。じゃあ何のためにこんな!」

「式宮君はとても頑固なので、体罰もやむなしです。ええ、仕方ない事なんですこれは。恨むなら私をどうぞ恨んでください。ポケットに入ったナイフで刺すもより切るも良し。気の済むまで殺してください。痛みは共に分かち合いましょう。ね? 式宮君?」

 人の話を聞いていないのではない。未紗那先輩にはそもそも傾ける気がなかった。命乞いは相手に聞く気があるから成立するのであって、それすらない相手には滑稽なだけだ。俺に一通りの忠告を言った後、先輩は直ぐに肩を嵌めてくれたが、この人の気まぐれ一つでいつでも身体が壊れる事を思えば最悪の治療だ。

 先輩に促されて、俺は朝食も摂れないまま学校へ向かう事になった。那由香を通じて家全体には伝えてあるそうだ。そういう問題ではないのだが、今の先輩に言い返すのは正直怖い。痛みを伴って覚えた恐怖はどうしても頭にちらついてしまう。

「か、カガラさんは……?」

「任務を解きました。あの人は昔からやるべき事はやってもやる気は感じられず、いつものんびりまったりとマイペースに動く協調性に問題がある人で、君を守るには不適当です」

「……ま、守るって言うなら。もっと護衛対象を丁重に……扱ってください。俺……先輩の事、嫌いになりそうです」

「………………ふふ。ふふふふふ。アハハ。あはははははあはははははははははははははは! 奇遇ですねえ! 私も君の事が凄く嫌いになりそうだったんですよ! ええ、嫌い。両想いですねえ!? あは♪ 両想いなら遠慮する必要なんてありませんねえ! ねえそうでしょう、私の可愛い後輩君!?」

「せ、先輩…………」

 彼女は俺の顔を覗き込むようにたちはだかって、嬉しそうに微笑んだ。

「ゲームをしましょうっ。放課後、君を迎えに行きます。もしも私に見つからず学校を出る事が出来たら家に帰してあげます! 私が見つけたら―――」




「大嫌いな後輩にお仕置きです」


























「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 学校に着いたら未紗那先輩は解放してくれたが、身体はどうしても恐怖を隠せない。季節的にも寒いから震えている人間が大半だろうが、俺だけは違う。寒さなんてどうでもいい。今は何も感じない。怖い。怖い。こわい。コワイ!

「はぁ、はぁ、はぁ…………何だよ、これ」

 動悸のせいかもしれないが、呼吸も苦しい。聴覚もやや狂っている。視界もぼやけて、臭いはどういう訳か血の臭いしかしなくて。まともに授業を受けられるコンディションではなかった。きっと俺の顔は青いし、今にも死んでしまいそうなくらい震えているのだろう。見かねたクラスメイトが保健室を勧めてくれたが断った。禁句を拒否して蹴られたが、それでもここに居なければならない。保健室にはあの人が待っているような気がする。

「…………手紙」

 机の中に入っていた。何日前に書かれたものかは分からない。以前の返事だとするなら―――いや、この際会話の内容なんて気にするべきじゃない。少しでも気を紛らわせないと、あ たま が おかし くなって  しまいそう。


『朝からずっと体調が悪そう。大丈夫?』


 やはり体調が悪い様に見えているのか。そりゃそうだ。先輩に身体を壊されて恐怖心でどうかしているなんて考えない。学校にテロリストなんて最後まで来ないように、殆ど妄想に等しい現実だ。

 力の入らない手で返事を綴る。元々字は上手くないが、今に限っては本当にミミズがのたうち回ったように汚い。でもこれが俺の限界だ。とめてないだのはらえてないだの部首が違うだのは気にしていられない。せっかく心配してくれたのを無碍にするのは違う。


『大丈夫じゃない。苦しい。辛い。朝食も食べてないし、死にそうだ』


 誇張ではない。本当に、気を抜けば奈落へ落ちてしまいそうな脱力感。紙飛行機を作って窓に捨てる気力もない。手紙を手紙のまま教室に滑らせて、HRの始まりまで突っ伏す奴等に倣って俺も視界を覆った。





「だ、大丈夫…………か………………?」





 誰だ。

 聞き覚えの無い声。女性なのは分かるが―――いやどうだろう。聴覚が鈍いから男性かもしれない。如何せん声自体は中性寄りなので断言しにくい。身体が怠いので答え合わせをする気にもなれない。

「…………大丈………………」

「保健室……行く……ぞ。私から……言っておくから」

「………………無理………………」

 だって身体が動かない。

 だってあの人が怖い。

 もう何処にも行きたくない。次に何をされるか想像しただけで吐き気が増す。俺のせいであんな風に変わってしまったのなら、先輩を一方的に責めるのだって筋違いだ。話を遡ればいつまでも心臓云々で勘違いしている先輩に訂正を入れない所からもう悪い。角を立てたくなくてスルーしていた。その結果がこれだ。

「…………これ……飲んで」

 軽い音で机の上にプラスチックの様な物が置かれた。まだ視界では確認していないが音でそう判断した。軽いとは言ったものの錠剤タイプであり、置いた瞬間にジャラと賑やかな音が崩れた。

「―――飲みにくいけど。薬。私が普段使ってるけど……絶対。効くから」

 そう言って声は遠くへ歩いて行ってしまった。渾身の力を振り絞って顔を挙げると、そこにはビー玉より一回り小さいくらいの錠剤が何十粒と入っている。何処の薬局か医者が処方した物かは分からない。そもそも他人の服用している薬なんてどんな副作用があるか分からないから使うべきではないのだが―――ラベルに貼ってある効能が妙だ。

「………………は」

 痛みの喪失、感情の抑制、本当にそんな効果があるのならと、半ば自棄になって服用を選んだ。副作用とかは考えない。いっそ死んでくれるならそれでもいい。本望とは違うが、薬で死ねるなら楽な部類だ。

 ご丁寧に飲料水のペットボトルまで置いてくれたので、飲む事に苦労はしない。



「HRを始めるぞー」



 そんな号令を無視して、俺は薬を五錠流し込んだ。


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