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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅴth cause 病むに止まれぬミライ
108/213

クライ兎

「ご馳走様でした」

「まあまあ美味しかったですね」

「楽しかったわねッ」

 一人だけ感想がおかしい。ツッコもうかと思ったが割と長い間食べていたせいで多くの人間の注目がマキナに集まっている。そりゃあ財宝のような美人がいれば目が眩んでしまうのが人間という物だが、同行者の俺達にまで視線が集中するのは正直避けたい。

「そろそろ出るか」

「えーもう出るの? 楽しいのにー」

「他の物だって食べたいだろ」

「……どんな胃袋してるんですか」

 俺はラーメンを食べる時、少しはスープを飲むが全部は飲まないタイプだ。単純に身体に悪そうだし、そもそも味が濃すぎる。兎葵も同じタイプらしいがマキナは全てを飲み干していた。キカイだから大丈夫などというふざけた理屈は通用しない。アイツの身体を構成しているパーツの殆どは人間―――もとい俺から奪った物である。

「なあ、大丈夫なのか?」

「何が?」

「スープだよ。尋常じゃない量入ってたと思うんだが……やめろよ。それで俺の臓器にダメージ与えるとか」

「なんだ、そんな事心配してたんだ。心配いらないわ。『清浄と汚染』の規定で無毒化してるから。有珠希の考えるようなリスクはなーんにもないのだ!」

 バラバラになった後も残り続けた唯一の規定。服を洗う必要が無くなったり身体に害がありそうな成分を無毒化したり、血で周りが汚れないようにしたりと、控えめな規定だと思っていたがどうやらそれは間違いだったようだ。

 条件反射で会計をしようとしたがもう信用貨幣など必要ない。誰も払わないし、払った所でお店も使わないだろう。人件費も光熱費も材料費もゼロ円。従業員は定時前から入っているかもしれないし、二十四時間営業ではないがなんだかんだ閉めないのかもしれない。以前訪れた場所と違って閉店こそしていないが、どうせ業務形態は一緒だ。彼等は善意でこのお店をやっている。

「じゃあ行くか」

 とはいえお店に長居すると払いたくなってしまうのが常識の性。二人を置いて一足早く店を出て、地面に目を向けた。


 ―――次は広い店にしよう。


 マキナだけを見ていたから酷使という程ではなくなったが、限界が近いのは感覚的に明らかだった。確かにラーメンは美味しかったが糸のせいで糸を吸っているのではないかという気がしてきて、兎葵が度々熱がる声を聞かせてくれなかったら気が狂っていたかもしれない。成程、確かにこれは病気だ。線状の物体に対する拒否が段々酷くなっている。

「有珠希! 次は何処へ行く? 何処でもいいけど、楽しい場所がいいわね」

「食事で楽しいっていうのが分からないな。俺達は別に盛り上がってた訳じゃないし。美味しいなら分かるけど」

「私にとって食事は娯楽よ。有珠希の身体の影響で食べないとちょっと出力が落ちるけど。それに、貴方とこんな形で食事出来るなんて―――ニンゲンみたいでしょ?」

 最後に出てきた兎葵がやれやれと言わんばかりの伏し目で俺を見ている。男物のコート(今気づいたがこれは俺が校内で捨ててきた奴だ)を着た女性だから目立っている―――というよりその髪色が目立っている。当たり前のように抱き着いてくるのも原因の一端だ。写真を取ろうとする不届き者が居たので、足元の小石を山なりに投げて青い糸を切った。指先くらいの大きさだが因果の糸に強度の概念はない。

「食後のデザート的な何かを探すか」

「ラーメンの後にデザートはやっぱり論外です」

「うるせ。いいんだよマキナは雑食だから」

「雑食? ううん。確かに規定を使えば食べられない事はないけど……」

 本人の目の前で堂々と悪口を言ったのに通用しなかった。何のかんのと目標を立てようとしたが兎葵の茶々とマキナの天然に阻まれて、結局はまた行く当てもなく歩き出した。風の向くまま気の向くままのデートは男としてどうなのかという気もしたが、コイツが楽しそうなので良しとする。

「で、兎葵。人間教会は何をする場所なんだ?」

「人類としての生き方と未来に続く知恵を養う……です」

「うわ」

 クロすぎてシロい理念に俺は言葉を失った。下手な詐欺師グループよりむしろ信用出来る。マイナスとゼロのどちらがいいのかという相対評価ではあるが、何故にここまでの差が生まれるのか。カルト宗教と違って普通の事しか言っていないのが原因だろうか。幸福がどうとか来世で掬われるだとかではなく、生き方と知恵を教える…………学校?

 何か違和感があると思ったらそうだ、これは学校だ。ただの学校なのに何故そんな胡散臭い名前をつけているのか。今時学校であるかどうかの認可なんて口頭で済むだろうに。土地は無限に切り分けられるし建物は無限に立てられる。都市計画も何もない。誰かを助ける為だと思えば社会の道理を虫するのが善人だ。

「一応ポイントは作ったんですけど、行きますか?」

「いや、今日はいい。こいつとデートしてる最中だ。お前がいるせいで何かデートっぽさないけど」

「私は気にしないわよッ。そんな事より、有珠希。あれってどう? 美味しい?」

「寿司ぃ!? 寿司くらい分かれよ、お前だってキカイなら無知じゃないだろ。知識くらいある筈だ……っていうかレシピとかほぼないだろ。シャリに具材乗っけるだけじゃないか」

「いいじゃない美味しそうなんだから!」

「大体ラーメンの後に寿司ってのも―――」


 ドンッ!


「ぐふッ!」

「有珠さん。ちょっとこっちに来てください。マキナさんすみません。二十秒だけ借ります」

「? 別にいいけど、あんまり長いと殺すわね」

 マキナを放って俺は隣の道まで引っ張られた。

「馬鹿。このアンポンタン。有珠さんは鈍いんだか敏感なんだか分かりません。そろそろ意図を察してくださいよ」

「何だよ。人間の胃袋は無限じゃないんだ。文句くらい言ってもいいだろ?」

「それを言い出したら最初にラーメンとかほざいた有珠さんが一番ゴミですよ。自分のセンスの無さは棚上げして一丁前に文句とか何様ですか。マキナさんは、貴方と色んな思い出を作りたくて言ってるんですよ?」


 ……思い出。


 もしかして、マキナもいつか来るかもしれない俺との別れを惜しんで……。

 十九秒で彼女の下へ強制送還。兎葵が約束を前倒しで守ったので、マキナの機嫌はまるで損なわなかった。

「で、美味しいの? 貴方は好き?」

「ああ好きだよ。そこまで行きたいのか?」

「うん! 貴方がどんなネタが好きなのかとても興味があるわッ。白身とか赤身とか色々あるわよね。で、どのネタが―――」


「それは入ってからでいいじゃないですか」


 そんなアシストもあって、俺達は次のお店に足を踏み入れるのだった。   

    
























 無限に食べ歩きをしていたら、あっと言う間に夜になってしまった。胃袋はマキナの興味が気まぐれ過ぎたというのもあり、何とか破裂せずに済んだ。レストランだのピザ専門店だのカフェだのカレー専門店だのファストフード店だの、目についてその時その気分だったからという理由で色々な場所に向かったが、その最後は穏やかなものだった。

「何だか今日は、ちょっと疲れちゃった」

「ちょっとで済まないくらい疲れた」

「………………最悪」

 公園のベンチで、俺達は互いに身体を寄せ合って休んでいた。後は家路につくだけだが、色々な意味で身体が重い。

「でもすっごく楽しかったッ♪ ねえ、有珠希はどのお店が一番美味しかった?」

「全部」

「雑食じゃないですか」

「人間様は大体雑食だっつーの。俺には拘れるような主義とかないからな」

 今日の夜まではマキナと過ごすとして、明日からはまた学校だ。本当に気が重い。気が重い予感しかしない。未紗那先輩にはどんな顔で会いに行けばいいだろうか。そもそも退学してくれているなら気は楽だが、あの人は俺の存在に拘らずただ学校生活を楽しみたいという理由で入学している。こんな事で退学するとは思えない。


 ―――憂鬱だなあ。


「一応聞いときたいんだけど兎葵、お前俺の教室に紙飛行機投げてないよな」

「は?」

「オーケー。今のリアクションで十分だ」

 まあ一応。一応の確認だ。こゆるさんの時はどう考えてもコイツが助け舟を出していた。それとダブっていたので一応。HRの反応からないと思っていたが一応。大事な事なので一応。

 先輩との関係性を失った以上、俺の細やかな楽しみだ。違う人物で助かった。

「有珠希。後少しで貴方が私の下から離れちゃうわね」

「おう。それを俺に言ってどんな反応を期待してるんだ」

「たまにはニンゲンみたいな事もしてみたいなって思ったのよ。ニンゲンの雄と雌ってこういう時に一緒にお風呂入るんでしょ?」




 

 ……………………。





「おい、兎葵」

「わ、私じゃないですよ!」

「お前しかいないだろ。マキナに変な事吹き込みやがって。変態」

「私じゃないんですって! 何で私がそんな事……視界を共有してるのに!」

「俺への嫌がらせだろ。動揺すると思って」

 だって胸を顔に押し付けるのが好きだとか、既に余計な情報を教えている。前科持ちの人間をどうしてこの場は信じられようか。

「違う! してない! ま、マキナさんいいですか。人間の男と女は基本的にそういう事しないんです。特別な関係でもないなら―――」

「有珠希とは特別な関係よ? ねっ!」

「人間は! しないんです! こういう時は健全なんです!」



「私、キカイだけど?」



 飽くまで人間『みたいな』事をしてみたいというだけで、自分がキカイだという部分は一歩も譲らない。兎葵は最初から敗北していたのだ。

「…………有珠さん。理性的な判断をお願いします」

「―――俺かあ。入る以外の選択肢、無いと思うんだけどな」




「視界をー共有ーしてるんですけどー! 朝からチュッチュチュッチュ、風呂でイチャイチャイチャするに決まってるのを強制的に見せられるこっちの身にもなってくれませんかー!?」


 

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