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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅴth cause 病むに止まれぬミライ
107/213

不穏で平和な大衆

 マキナと違って俺は人間社会に飽きている方なので、ラーメン屋に入った所で何の感動もない。目新しい内装もなければ席も密集している。カウンター席が大半でテーブル席がスカスカなのは幸運だったが……狭い。これに尽きる。ただ狭いだけなら文句は言わないが、俺の場合は人間の密度が高ければ高い程、視界に収まる糸の数も増えていく。

 酷使しないなら日常生活に影響はないと言ったが、あまりに糸が多いならそれは酷使と同じようなものだ。これがあるから俺は外食をしたがらない。大きなレストランであるならまだしも、こういう小さなお店はどうしても辛くなる。

「……有珠さん」

「気にするなよ。ボロいとか別に思ってねえ」

 視界を共有していても、この苦しみを味わうのは俺だけで彼女は平然としている。誰か一人でも分かち合ってくれるなら気持ち大分違うのだが、無理な話か。既に罅割れたような痛みが額に走っている。顔に出たら負けだ。マキナには存分に楽しんでもらいたい。その為なら多少無理をしてでも平静を装わないと。

「テーブルに座るのね」

「お前がカウンターにいるのは絶対問題だからな」

「え、どうして?」

「まあその内気付く。そんな事よりメニューを決めろ」

 とにかく表情を窺われたくないので、マキナの顔へ押し付けるようにメニュー表を託す。マキナはメニュー越しに俺を睨んで、不満そうにメニュー表へ視線を落とした。

「貴方と同じのを頼みたいのに」

「安心しろ。考えるの面倒だからお前の注文に合わせる。俺も余程変な味じゃなかったら全部好きだし」

「そうなのッ? ふーん。ニンゲンの食事情はよく分からないわ」 

 マキナはともかく糸が多い。視界の九割以上が糸に塗れている。因果の糸が真横に伸びているような仕様でなくて助かった。赤外線センサーよろしくそんな風に張り巡らされていたら身動き一つ取れなかっただろう。

「で、幻影事件が何だって?」

「大した事は分かってませんけど。あ、いや。それは私が決める事じゃないですね。食事中は静かにしたいですし、手っ取り早く説明します。目、瞑ってていいですよ」

 言われるまでもない。頭が割れるようだ。眼精疲労の概念を超越した激痛は目を休めて本当に直るのか。五分や十分では大して変化もないが、これも気持ちは違う。

「幻影事件の概要は知ってますよね」

「人類が同士討ちしたみたいなのだろ。未だに信じられないけどな」



「幻影事件で親元を失った人や住む場所のない人間を保護してる場所があるみたいです」


 

 兎葵は何てことのないように言ったが、それは大した情報であり、それだけでもついてきた事に意味が生まれた。邪険に扱っているつもりはないが、その情報を貰えたのは非常に大きい。彼女が本当に『妹』なら頭を撫でるのもやぶさかではないが、そこがハッキリしていないのに『妹』扱いは牧寧に対する不義理が過ぎる。

「近所か?」

「いえ、市内ではないです。『人間教会』っていう場所で、ちょっと侵入して調べた感じだと働いている人が数人いるだけで、別に宗教は関係ないみたいです。教会の居抜きみたいな感じですかね」

「教会って居抜けるのか……? お店……?」

「実際使ってるから仕方ないでしょ。それでちょっと携帯で調べたんですけど。なんか……変なんですよね。何をする場所かってのがもう―――」



「決めた! 醤油ラーメンにするわ!」



 会話が一時的に停止する。そんな凄く悩んだかのように言われても、このお店のメニューにそこまでバリエーションは……いや、人間にとってはないだけで、キカイから見るとあるのかもしれない。メニュー表を返してもらって俺も目を通したが、別に悩むような部分は見当たらない。目当てがあればそれを頼むだろうというくらい。

「じゃあ俺もそれで。兎葵は?」

「塩ラーメン 大盛」

「うおお。がっつり食うなおい」

「あげませんけど」

「いらんわ」

 フードファイターでもないとラーメンはどんぶり一杯で十分だ。汁を飲むか飲まないかという点を差し置いても麺は腹に溜まる。代表して俺が注文を伝えると、店員はそそくさと厨房の方に戻っていった。その帰り際、マキナの顔を見たのを俺は見逃さなかった。


 ―――やっぱこうなるよな。


 外国人というか、外人というか、人外というか。美人は居るだけでも目立つ。マキナの髪色は海外を巡ってもそう居ない色だ。金髪なんて英国にでも行けば余裕で見つかるだろうと思われるかもしれないが、違う。綺麗さが段違いだ。髪色を表す際にゴールデンやプラチナなどと言う事があるが、それらは全てまがい物。金銀財宝のように語るならこいつのような輝きを持っていなければいけない。

 そして庶民の大半は財宝に目が無い。マキナが目立つのは自明の理だ。本人はいつラーメンがやってくるのかと厨房を見てワクワクしているが、注文待ちをしている他の客などからちらほらと視線を受けている事には気付いていない。気付く筈もない。彼女のスタンスは一貫してニンゲンはどうでもいいから。

「他には?」

「…………幻影事件の影響が抜けなくて未だにカルトとして活動してる場所があるみたいです。善人ではあるんですけど、最初から倫理観が壊れてるので遭遇したら有珠さんが嫌うあの言葉を使って逃げないと殺しにくるみたいです」

「……まあ、受け入れるだろうな」

 俺を助けると思って殺されてくれ。そう言われたら善人は断れない。最初から理屈が破綻しているにも拘らず、死体を認識出来ないせいで殺される恐怖が薄れているのか。ある意味では世界の常識を悪用する性質の悪い奴等である。メサイアにはこういう奴等をこそ殲滅する義務があるのではないだろうか。

「……でも先輩しかまともな戦力居ないんだっけか」

 とはいえ、銃を持たせれば何とかなりそうではある。あの言葉は人類の誰にでも使える文字通り魔法じみた効力を持つが、会話出来る距離に居ないと使えないし使おうとも思わないのが欠点だ。なので遠くから狙撃すればそんなのは関係ない。



「お待たせいたしましたー。醤油ラーメンお二つと塩ラーメンお一つです」   



「凄い! もう出来上がったのね?」

「厨房見てたのにそりゃないだろ」

「レシピが無いからさっぱり理解出来なかったの。兎葵、後で教えてねッ」

「いいですよ。人間教会の話はまた後程。有珠さんも他の情報を求めるからつい省いちゃいました」

「マキナが急に注文決めたのが悪い」

「え? 私のせいなの?」

 割り箸を割る時はいつもほんのちょっぴり楽しい。綺麗に割れるか割れないかというだけだが、綺麗に割れてくれると今日は得した気分になる。端っこから引き裂くと大抵失敗するので、多少硬くても真ん中からやった方がいい。

「……よし」

「…………ああ」

 兎葵は失敗して、割り箸のケツが少し繋がったまま割っていた。一方マキナはというと真ん中から四つにへし折っていて、根本的に割り方が違う。呆れてモノも言えなかったが自力で気付いたらしい。次の割り箸を取って再挑戦。今度は綺麗に割れた。

「有珠希! 見て見て、綺麗に割れたわよ」

「おう。おめでとう。へたっぴなのはお前だけだな」

「は? じゃあ牧寧は出来るんですか?」

「アイツは何処で習ったのか知らないけどそういう作法は得意だから多分出来るぞ」

「……知ってます。大雑把で悪かったですね」

 不機嫌そうに口を尖らせながら兎葵もラーメンに箸をつけた。マキナには話しかけられると思ったが夢中で麺を啜っていてそれどころではない。まだ手をつけていないのは俺だけみたいなので、ここは礼儀作法っぽく静かに済ませよう。

 目を瞑れば、純粋に食事を楽しめるのだが、敢えてそれはしない。大衆志向の食事でも食べる人が違えばここまで優雅になるのかというくらい、マキナの食べ方は美しかった。



 だから、目は瞑らない。こいつのペースに合わせて、その顔だけを見続ける。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドッペルティーチャー
[良い点] 少し見てないうちにとんでもないことに… というか見るたび見るたび女の子侍らせてる [一言] マキナでバレそうな感じありますね 目立つし
[良い点] この世界でちゃんとラーメン屋が店として機能してるのか…何か意外だな。 [気になる点] 人間教会ってもしかして表向きだけ教会だったりしない…? [一言] だーめだこれ…頭からゲンガーが離れな…
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