キカイは大好きなニンゲンの愛を視るか
五章開始です。
クリスマスには後一日あるが、俺の勘違いにより今日がクリスマスという事になった。イヴと考えたらあながち間違いでもない気がする。だって俺が勘違いした原因は二十四日にクリスマス商戦をやる地元のスーパーのせいだ。
「有珠希、待ってたわよッ」
ベッドの上で来訪を心待ちにしていたのは楠絵マキナ。金髪銀眼、底なしの明るさとそれに裏打ちされた生命力、並外れたプロポーションと見た物を夢中にさせる美しい容貌が特徴的なキカイだ。俗っぽい言い方をすれば人外なので人並み外れているのは当然と言えば当然なのかもしれない。金銀財宝さえも彼女が隣に居ればその価値を曇らせる、それほどの輝きを持った女の子だ。メサイア・システムにはおかしいと思われたがそうとしか見えない。
この世界でただ一人、因果の糸が存在しない女性を化け物とは認識出来ない。
「……兎葵は?」
「兄を名乗る不審者に付き纏われたくないから散歩してるって。まあいいんじゃない? 『距離』があるなら自衛くらいは出来るわよ」
あれ以来、妹を名乗る不審者こと羽儀兎葵はマキナの家で引き取られた。『こんな風にこき使われるなら死にたがらなきゃよかった』とは本人の談であり、今は俺と同様に部品探しの命を受けて動いたり動かなかったり。
片目の視界を俺と共有している関係でその気になれば一生会わずに済むのはちょっとズルいと思う。探しても意味がないと思わせてくれるという点ではプラスだが。
「そんな事より……今日は私の日! 有珠希に選択権なんかないわ。一日付き合ってもらうんだから覚悟してよね!」
無邪気に、朗らかに。マキナの笑顔は例えようもなく尊くて暖かい。家の中だからなどと野暮な考えはしない。俺は純粋にこの笑顔が大好きなのだから。今日の彼女は一風変わっており、男物の黒いロングコートを肩に羽織って、内側に白色のハイネックで袖の無いニットを着用している。寒さを感じないというだけあって、中々自由な組み合わせだ。服の構造自体はゆったりしているが、一部分がそのゆとりを大きく超えて突っ張っている。露出部分とそうでない部分がハッキリしているからだろうか、普段以上に視線が集中してしまう。
―――考えるな考えるな。
余計な事は考えない方が良い。兎葵の発言により俺のプライバシーは常時侵害されている事が判明した。マキナの胸を凝視していたら後で詰め寄られるに決まっている。因果を見通さずとも俺には未来が見えるようになったのだ。限定的状況だが。
そうは言っても、視線が釘付けになる。ぺたん座りで放り出された彫り出された様に美しい脚、腰で止まったスカートが湾曲の素晴らしいくびれをはっきりと見せつけてきて、その上には豊満に実った膨らみが重力に負けじと突き出している。これだけ全身を舐め回しても人間の行動意図に鈍いマキナは首を傾げており、その顔は美の価値観をひたすらに狂わせる。
「有珠希?」
「…………ま、マキナ」
大切な事は全部口にしないととコイツは言った。普段はこれに反対の立場を取るが、今だけは掌返しを自覚したい。コイツは気まぐれだから気分で服装を変える。この服を拝める日は今日が最初で最後かもしれない。今までの服にも俺は何も言わなかったが、確実に同様の感想を抱いていた。
むき出しの肩を掴み、膝立ちでベッドに乗り込む。本来の力関係は比較対象にさえならないが、油断している今なら俺の方が強い。
「…………に、似合ってる…………ぞ」
ああ絶対弄られる。それはもう露骨に視線を逸らしたから二人に弄られる。面と向かって言うのはやはり難しい。反応が無かったので視線を元に戻す。マキナは電源が落ちたように硬直していた。
「……………………有珠希が、褒めてくれた?」
「な、何だよ! いいだろ褒めたって! 初めてって訳でもないし! 俺が悪態吐いてるのが好きって言うなら……まあ、そっちのが楽だし控えるけど」
「ううんッ、とっっても嬉しいわ! ねえ、魅力を感じてくれたの? それとも別の感情? ねえねえ、教えて? 教えて!」
「うああもう質問責めするなー! 俺にはこれが限界なんだからもう一回しか言わないぞ。いいか? 凄く魅力的だよ、可愛い以外の感情が出てこない。お前を見てたら気が狂いそうだ、お前の事が頭から離れなくなりそうだ!」
「ほんと!?」
やけっぱちになって全てをぶちまける。マキナはベッドの上でぴょんと身体を跳ねさせると、俺の手を跳ね除けないまま前方に倒れ、俺が抱き止める形で胸に飛び込んできた。前回とは逆の構図に、何故か俺の方が興奮……緊張してしまう。
「こういうのが好きなんだ~。そっかそっか~。貴方の事、まだまだ知りたいな? ―――だから、ねえ。触ってもいい……いいわよ? 有珠希が好きなら……抵抗しないであげるんだから」
「マキナ、その発言はまずい」
「どうして? 都合が悪い? それとも私がキライ? ここには貴方と私の二人しか居ないわ」
「……兎葵が視てる」
「関係ない。だって私、貴方の事がスキだもの。大スキ、スキ、スキ、スキッ、スキ! スキ♪ スキ♡ だから……もっと近くで感じたいの。その為の今日なんだから…………」
沈黙とは裏腹に身体は正直で、むき出しの腕をいやらしい手つきで触っている自分がいる。下心がないなんてあり得ない。煩悩が無いとは言い切れない。糸の無い存在―――正常な視界として映し出される存在と出会えばこうもなろう。今までの俺は操り人形としか触れ合ってこなかったのだ。年相応になって何が悪い。俺だって時期が遅い思春期にくらい入る。
「…………マキナ。ずっと言いたかった事がある」
肩を掴む。身長差に気付いて腰の裏側に右腕を回す。畳んでいた膝を伸ばすと同時にマキナの上半身も持ち上げて、あのときのお返しと言わんばかりに彼女の唇を奪った。
「んぐ…………ッ」
マキナ特有のしなやかな指が俺の胸で波を打つ。彼女が主導権を握ろうとする事は最後までなくて、唇を離す時まで常に俺がペースを握っていた。それはたかだか三十秒程度の短い時間だったが、マキナの瞳は最後まで動かず、ピントがぼやけるくらいの距離でも俺を見つめていた。
「……お、俺が先にキスしたいと思ってたんだから、先にキスするなこの大馬鹿野郎!」
「もっと」
「ああ!?」
「もっと……して……ほしい。有珠希。腰がおかしくなってね、動けない……けど。有珠希にキスされるの嬉しい……から。してくれ…………ないの?」
コイツのズルいのは、普段は強引で勝気な癖にたまにしおらしくなるところだ。ギャップという程ではないかもしれないがその一面を見るとどうしても―――!
「お前との二人暮らしなんだが、前向きに考えてる」
兎葵と和解した後、俺は疲労困憊の身体を引きずって無理やり家に帰った。口は災いの元かもしれないがあんな面倒に巻き込まれるとは予想出来まい。だから俺は過去の自分を責めず、約束をきちんと守る事に決めたのだ。
妹こと牧寧は兄の言いつけ通りに起きており、快く出迎えてくれた。時間帯の都合もあって他の家族の割り込む余地がない状況。入浴を済ませて早々に俺は結論を口にした。
「……本当ですか!? 因みに、理由は?」
窓を通してくれた時は今にも寝落ちしそうな寝ぼけ眼だったのに、もう覚醒している。肌に悪い時間帯というのもお構いなしだ。そうさせたのはどこぞの兄貴だけど。
「今まで遠慮してた。他の家族に。後、倫理的……というか常識的に。でもさ、那由香と喧嘩してたろ。俺の事で。別に根拠とかはないけど、あのまま喧嘩の火種が両親にも繋がっていくと思うんだ。俺は居心地が悪いなりにもここを自分の家だと思ってたけど。もしもそんな事になるなら―――お互いの為にもこれ以上居ない方がいいかなって。でもお前を置いていくと……それはそれでお前を泣かせるだろ」
「そんな事で私、泣きませんッ。兄さんってば時々子ども扱いしますよね。泣き虫はもう卒業したんです」
「あ、ゴキブリ」
「ギャアアアアアアアア―――!!!」
慌てて口元を抑え込むも、その両目には涙が浮かんでいた。
「あ、泣き虫だ」
「―――兄さんの馬鹿! どうしてそんな意地悪するんですかッ? 信じられません、私が苦手なの知ってる癖に!」
話が本筋から逸れたので、彼女が涙をハンカチで拭った頃に改めて切り出した。
「だから……色々合わせたら、お前の案を呑むっていうのが妥協案なのかなって。それを今日伝えたくて」
「―――コホン。決断してくれた事嬉しく思います。それでは今日から物件情報を兄さんにも共有しますね? 二人きりの新居なんですから、やはり二人で決めないとッ」
「新居? 賃貸とかじゃないのか?」
「兄さんとの新たな生活の門出をそんな安っぽく済ませるなんてあり得ません。早速ですが兄さんは何十人も入れるような家がお好きですか? それとも二人でこじんまりと収まるような小さな家がお好きですか? 私はどちらでも構いませんけど、寝室は統一しましょう? 毎日二人っきりで眠るんです。それで朝起こし合えば遅刻する心配も無くて素敵ですよね。もし生活するとなれば台所なんかも―――」
というようなやり取りをマキナにも共有するつもりだったが、マキナと指を絡ませながらキスをするのに夢中で、どうでもよくなってしまった。
「今日が永遠に続けばいいのに♪」
「俺の体力が持たないから、やめろッ」
これ以上に踏み込まないのは、俺がヘタレだからではない。
兎葵が視ているという羞恥心から来るデッドラインが強固だからだ。