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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ
103/213

壊れる程に⺨愛してる

 兎葵の所有する規定は『距離』の規定。他の人に影響が及ばないよう、彼女は己の血液を使って自由自在に移動する。ただしそれは通常使用の話だ。かつて俺と未紗那先輩もその力を使ったように、改定された場所にさえ触ればその力は他の人間にも影響を及ぼす。


 だから道路を改定すれば、血液を使わなくとも一瞬で到達する。


 たまたまこの道路を使う人間がいたら気の毒としか言えないが、こうでもしないと間に合わない。助けてもらわないと―――俺にはどうしようもなかった。



「マキナアアアアアアアアアアアア!」


 

 公園近くの道までをショートカットし、二人が相対する主戦場に飛び込んだ。周囲に広がる無数の肉片はメサイア。システムの人員だろう。頭部や身体の一部分が陥没していたり、破裂していたり、首を描き切られていたりする。


 ―――未紗那先輩がやったのか?


 『強度』の規定で殺したならもう少し不自然な損傷になるので間違いない。踏むのが躊躇われてその倫理観に足を取られていると背後から勢いよく突き飛ばされた。

「早く行きなよ。死体なんて気にしなくていいから」

「か、カガラさんッ。あれ、同行はしないんじゃ……?」

 この暗闇だ、ゴスロリ服は流石に目立たないが、言動と行動が一致しないという意味では目立っている。当の本人は不服そうに溜息を吐いていた。

「『距離』を直接弄られたら同行するしかなくなるだろ。不可抗力だよ。現実距離が何キロあっても実際距離は僅か一歩だ。こうなったら仕方ないし、精々君の援護をしてみようかな」

「…………援護?」

「そう。発狂状態に入った紗那を止めるのは大変だろうからさ……ほら、早く行きたまえ。目を付けられた日には私の葬式をしないといけなくなるし」

 形式的な投げキッスを背中に受けて、俺は再び走り出した。公園はこの死体のカーペットを抜けたすぐそこだ。さっきも大声で叫んだつもりだが二人の内片方にも聞こえていないだろう。現在進行形で二人は戦っていた。戦う様子は早すぎて捉えきれないが、マキナが全身を切りつけられて出血している事くらいは分かる。


 ―――『生命』の規定対策か。


 教えた記憶はないが、キカイなら何となく分かるのだろう。あれは俺の血であり、そこに超常的な力はない。『強度』でダメージを無視しようにも『生命』の規定は無傷を瀕死に変えてしまう。ノーダメージを許さぬ鉄壁の婦人には確かに、誰かが介入しないと出血多量でアイツは敗北はするだろう。


「マキナ!」

 

 今度こそ声は届いた。こちらに振り返ったマキナが足元をトランポリンの様にして一気に後退。公園に入るまでもなく、俺達は再開した。

「有珠希ッ! 来てくれたのねッ」

 マキナの声からは嬉しさが滲み出ている。彼女の声音にそういったプラスの感情が乗っているのはいつもの事だが、ただ一つ違うとすれば、元気とは言い難いという所だ。

 キカイについては分からないが、人間の臓器と人間の血液をエネルギーに彼女はキカイとしての自分を動かしている。その燃費は恐らく最悪だ。こゆるさんの時を思い出せ、あれでマキナは二ヶ月もダウンしていた。

 俺との合流に喜びつつも決して顔を向けないのは警戒以上に疲れているからだ。少なくともそうみえる。

「お前が助けを呼んでるって聞いたんだ。いやすまん。よく考えたら変だったよな。俺は遠くから逃げるのにお前を助けるとか……何にも考えてなかった」

「ううん? 貴方は約束を守ったでしょ? だってここにいるじゃない。私、凄く嬉しい! 有珠希を抱きしめて叫びたいくらい!」

「そんな余裕ないだろうが。大体お前はまだまだ不良だらけのポンコツなんだから無理するな」

「む、凄くムカつく言い方」



「約束通り助ける。二人でなんとかしよう」



 マキナからの返事はなかった。その銀色の瞳は揺れる事なく先輩の方を見つめている。あの人はあの人でちょっと様子がおかしい。

「……お前、何した?」

「え?」

 未紗那先輩が、頭から血を流している。それは頭を打って軽く血が流れているとかその程度ではない。大きな穴が開いている。そこから堪えまなく血が流れ、あの人の足元には比喩では済まされない量の血の池が形成されていた。

 人間の出血量ではない。ここまで出血していたら余裕で死因だ。しかし先輩は死んでいないし、マキナとまともにやりあえるくらいの体力はあるようだ。その一方で先輩の目は虚ろで、こちらを見ているようで何処も見ていない。例えるなら仏像の半眼に近いか。

 俺を認識したか否か、先輩は固まったままだ。ナイフの刃にはマキナの血液がべっとりくっついている。

「何もしてない……は嘘ね。『愛』の規定で周りのニンゲンを差し向けたくらいかしら。そうしたらミシャーナの動きが鈍ってきて私が戦うまでもないかなとか思ってたら、誰かが頭部に向けて発砲してね。それからずっとあのままよ」

「…………いや、あの人は必要なら普通の人だって殺せる。動きが鈍ったからにはそれなりの理由がある筈だ」

「随分と肩を持つじゃない。んー何かしたかしら。防御だけは一丁前だから……あー挑発くらいはしたかな」

「挑発?」

「ええ。あの女があんまり有珠希がどうのこうのって煩いから、もう私の物だからマーキング済みだって言ったら…………」


 原因が今分かった。百人中百人が誤解するその発言だ。マーキングって、動物じゃあるまいし、マキナは俺がメサイアにそれをされていたと言って憚らないが、メサイアにとっても訳の分からない因縁だろう。そりゃ動きも鈍るし、そりゃ銃弾くらい食らうし(どうせ死なないなら防御してもしなくても一緒だ)―――ついでに俺が物扱いされている事にも腹を立てたのかも。

 実際、俺もちょっと腹が立った。

「え、何? 私が悪いのこれ」

「お前が悪い」

 発狂状態という字面からどんな状況になればそうなるのかと気が気でなかったが、直前までの異様な反応速度とその超然とした佇まいは、成程発狂と呼ぶには相応しいのかもしれない。足を止めてくれているのは、やはり俺が入って来たから様子を見ているのだろうか。


 ―――糸に変化はないんだな。


 因果の糸は基本的に人間を吊るすように真上から伸びている。俺は糸さえ切る事が出来ればどうとでも出来るので、人間を相手にしているというより一本の柱と戦っている感覚に近い。仮によけられたとしても縦軸で躱してくれるならそれは回避になり得ないが―――未紗那先輩にはネタが割れている。高速移動する柱との戦いは、ちょっと経験がない。

 でも。

「未紗那先輩」

 隠す意味もないナイフを見せつけるように構えて、深く腰を落とした。

「俺の事を認識出来てるかは知りませんけど、マキナには死んでほしくないので、こっちに加勢します」

「………………ィひひ」


「有珠希ッ」


 マキナが全力で身体を突き飛ばしてきたと認識した時には、先輩の槌がそこに振り下ろされていた。俺の身体は無事に済んでもそこに残っていたマキナの腕は肘から先を粉砕、陶器のように綺麗な肌という表現に沿うように砕け散った。

「いったああああああああああああああああ!?」

「マキナ!」

 すかさず白い糸目掛けてナイフを薙ぐが、既に因果は移動している。繰り出された蹴りを認識した時には、アイツが額で攻撃を受け止めていた。次こそはと追撃を加えようとした所で頭が急速に冷えて全力退避。前方を守る様にマキナもついてきた。

「分かってると思うけどニンゲンが喰らったら即死よ。有珠希が私より全然弱っちい事は知ってるけど、慎重に立ち回らないと危ないわ」

「……すまん。それよりもお前、腕は……」

 わざわざ言及するまでもない。グチャグチャのボロボロだ。ただ繋がってるだけの余分な骨肉の部位。ぴくぴくと筋肉だけが痙攣している様子がかえって生々しい。マキナにとってもそれは無視できない重傷のようで、壊れた方の腕は後ろに下げていた。

「気にしないで。貴方を守れるなら腕の一本や二本いらないわ。ただこれ以上戦うのは危険ね。もう地面が吸いきれないくらい血が流れてる。足を滑らせたら一環の終わり。どうしましょう」





「具体的にどうにかする手段はあるんですか?」


   


 尻餅をついて情けなく腰を抜かしている俺を見下すように視界の反対側から兎葵が現れた。

「……あら、貴方が兎葵ね。規定を返しに来てくれたのかしら。それなら今すぐ首を落としてあげるから有珠希の横に座ってくれる?」

「おい、やめろよ!」

「マキナさん。さっきまで戦ってたなら分かってますよね。未礼紗那は有珠さんに対する殺意を鈍らせてる。私は今すぐにでも死にたいですけど、取り戻した所で勝ち目はないと思いませんか?」

 空気を読む気は無いようだ。音もなく飛び込んできた先輩を再びマキナが迎撃する。片腕が使えなくてもアイツは最強だ。防衛に徹しているからか、まるで致命傷を受けていない。

 それを取り込み中として、兎葵の視線がこちらに向けられる。

「……有珠兄。立てる?」

「……何だよ。送ってくれるだけじゃなかったのか」

「あんな風に言われたらね。そんな事より分かってるよね。助けるって言ってもにいの出番とか一ミリもないから」

「嫌味言いに来ただけかよ!」

「自分の弱さを知ってて良く助けるとか言えるなあとは思ったけどね。私がアシストするから、早く立って。兄の力は誰にも抗えない。マキナさんに触らせる状況さえ作れれば取り敢えずこの場はしのげるよ。幸い、他の人は全滅してるしね」

 立ち上がって、再びナイフを構える。未紗那先輩はこちらに一切注意を向けていない。文字通り眼中にない。マキナを反対側まで追い詰めたのに俺達を狙わないのが良い証拠だ。両腕を破壊されたらさしものアイツでも拮抗は難しい。動くチャンスは一回か。

「…………何で急に、そんな呼び方するんだよ。さっきまで控えてたのに」


「―――兄妹で協力するの、これが最後になるし。少しくらいいいじゃん」


 兎葵の手が俺の背中に触れる。小さくてか弱い指が、小さく服を撫でた。

「直接送るから、兄は未来の糸を視て」 

「………………分かった」

 青い糸を凝視する。それ以外の物は視界に入れない。努めてそれ以外を理解しない。道理を放棄し、理由を放棄し、理性を放棄し、本能で判断する。意味を求めるな。結果を求めるな。望みを持つな、願いを想うな。現実を見るから分からない。この視界を占めるのは現実ではなく因果の流れ。糸を見ればマキナの動きも先輩の動きもハッキリする。

 首を狙ったナイフに『強度』で反撃。武器は破壊出来ない。

 肩を狙った槌も『強度』で防御。

 内ももを狙った蹴りを『傷病』で受け止め。

 鳩尾を狙った槌の突打を姿勢で軽減。

 

 マキナが全身を使って未紗那先輩の腕を、掴んだ。


 同時に俺は圧縮された距離を移動。同じ視界を共有している以上、タイミングに誤差は生まれない。寸分の狂いなく完璧なタイミングで先輩の背後に移動。『白い糸』を切って『刺突』を中断、青い糸を切って俺への『反撃』を削除。俊敏だった先輩の動きが五秒も止まれば、決着は一瞬だった。

「―――お返し!」

 頭部を強烈な掌底で吹き飛ばされた先輩は公園の時計台に激突。バキンという音が聞こえ、鎖骨から背骨にかけて全損。支えを失った頭部がぐるりとズレて、先輩の身体はその場に崩れ落ちた。

「…………やっぱり、頭の傷を治されたら無力って訳ね。これに懲りたら二度と有珠希に近づかない事ね。今度は許せる気がしないわ。有珠希が何て言っても―――殺しちゃうから」









「………………こぉろぅ、す?」









 骨が破損しているにも拘らず、未紗那先輩はぐるりと首を戻して立ち上がった。

「……やってえみぃれば、いい。しぃき、みやぁ君はぁ、わぁたシぃがたぁすけるんでぇす?」

 ずる、ずる、ずる。

 立ち上がろうとして、崩れる。立ち上がろうとして、崩れる。立ち上がろうとして、崩れる。生まれたばかりの動物のように繰り返す。繰り返す。栗化している内に慣れていく。無傷であるかのように立ち上がる。『生命』の規定が正常に稼働しはじめたのだ。

「…………式宮君、こちらへ。来てください。貴方は。命に代えても。守ります。から」

「有珠希は行かないわよ。だって私の味方だもん。貴方なんかに守ってもらう必要はないわ。私が守る方がよっぽど強くて、頼りがいがあるわよね?」

「…………兄。兄は結局どっちの味方なの」

 不安にも思わないマキナと、必死の形相でにらみつけてくる先輩。そして中立を気取り、判断を求めてくる兎葵。申し訳が無いからとどっちつかずの立場で動いて来たが、この辺りが潮時なのだろうか。心の中はとうの昔に腹が決まっている。俺がどちらの味方かなんて、それはもう―――この戦局が始まった時から決まっている。

「俺は」

 心臓が痛い。歯車は噛み合わないまま回り続ける。未紗那先輩の事は好きだ。心の底から後輩で良かったと思っている。先輩で良かったと思っている。でもそれ以上に。






「俺は、こいつの味方です――――――ごめんなさい」






 ズドンッ!

 裏切りを知って未紗那先輩の目が大きく開かれた瞬間。明後日の方向より聞こえた銃声が彼女の心臓を胴体を貫いた。

 『生命』の規定により影響は皆無と思われたが先輩はそのままダウン。以後、二度と動く事は無かった。程なくしてポケットに突っ込んであった携帯が鳴る。掛けてきたのはカガラさんだった。


『……もし、もし』

『全部キカイの仕業にしていいならこっちで処理をしておこう。何を話してたかは知らないが、早々に帰宅してほしい。規定所有者が居て出来ないとは言わせないよ?』

『先輩、は』

『無力化しただけだ。あの程度で死ぬ奴じゃあない。君と羽儀兎葵の問題はまだ解決してないんだろう? なら落ち着く場所で解決させればいい。ここまで手を貸すと、何だか私までそっちの味方みたいだね』

『ハイドさんの指示ですか?』

『さあ…………どうだろう?』


 一方的に通話を切られ、呆然と立ち尽くしてしまう。直ぐに移動してくれと言われても、困るのだ。状況も知らず一方的に。あの人の悪い癖だ。

「有珠希?」

 そんな簡単に切り替えられるなら、苦労なんてしないんだ。ああ何で、俺は目の前を見ていたんだろう。








 目を閉じていれば、未紗那先輩が泣いていた事にも気付かなかったのに。  


   

中々終わらないけど次が恐らくラスト?

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― 新着の感想 ―
[一言] なかなか辛いです。
[気になる点] ついに来ちゃったー 今後メサイアにより忠実になるのか、はたまた有珠希守るbotになるのか
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