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キャベッジ  作者: 大石安藤
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なかなか行けないじゃないの。

 途中の乗り換え駅でスマホを見た成は、慌てて駅の時刻表に駆け寄った。

「嘘っ。あと1時間後までないっ」

「なにがだよ」

 敦も成の横に並んで時刻表を見る。少ない。1時間に多い時で5本ほどしか列車は来ない。一緒に電車から降りた人々は、すでに足早にどこかへと散って行ってしまい、ホームに人影はほとんどない。売店すらない。

「乗り換えだよ。乗り換え。1時間後に1本。それを逃すとまた1時間後に1本。で、それが最終だって」

「最終? 2時間たったって……まだ8時じゃん。おい、それで最終? いや、でもここにもっと書いてあるじゃねえの。10時に、11時だって。いくらなんでも書いてあるからにはあるだろ」

「だから、その脇の張り紙」

「シーズンオフ。……ってのはどういうことだよ。ここはスキー場か? 雪があんの?」

「そんなはずは……。あ、ちょっと待ってろ」

 ホームを歩く駅員の姿を認めて成は走っていった。敦はその後ろ姿を見送りながら、「信じらんねえよ」と呟き、時刻表を見てから、念のためにスマホで検索もかける。そして「うげっ」と言葉にならない声を出した。

 シーズンオフ中につき、赤字以外の列車の運行はありません。

 どのアプリでもどのサイトでも、他の情報は出てこない。もっとも、敦がきちんと目を通せば、その理由がどこにでも書いてあるのだが、生来の短気がこういうときに表れて、情報をうまく精査できない。困ったものである。

――だから、なんのシーズンなんだよっ。

 いらいらしている時の癖で無意識に煙草を口に挟む。

「げっ」

 火もつけていない煙草は、舌に触れた途端にホームへと吐き出された。

「……っだよ、まずいっての」

 敦は部屋を出た時、無意識に煙草を口に加えた。その時、横にいた裕子が「あっ」と小さく声をあげて驚いた顔をした。だが敦が「まずっ」と煙草を吐き出すと、やっぱりというか、ほっとしたというか、ざまあみろというか、なんとも不可思議な顔をしてから、「煙草も無理だと思います」と小声で言って頷いたのだ。

「煙草も吸えねえんだよなあ」

 昨今、どこの駅でも決められた場所以外は禁煙である。

 敦ががりがりと赤い頭を掻きむしっているところへ、たらたらした足どりで成が戻ってきた。

「どうした?」

「どうもこうもないよ。書いてあるとおりだって、それだけ。それ以外はなんだか寺がどうの、お参りがどうので、はっはっはって笑って行っちゃったよ」

「なんだ、それ。寺にシーズンがあるのか?」

「お寺にシーズンなんて、聞いたことないよ。でもここらがなんかの観光地になっているのは確かみたいなんだよ。海になにかあるのかもしれないな」

 冷たい風がきつい潮の匂いを運んできている。遠く近くに鐘の音もする。駅員の言うように、寺はいくつもあるようだ。時刻を知らせる鐘の音は微妙にずれて響きあい、正確とはいえないが一日の終わりを穏やかに知らせている。

「ちょっと待ってな」

 成は検索が得意だ。スマホの画面をシュシュっと動かしていく。

「ブログとかには書いてあるけど。なんだか曖昧だなぁ。っていうか、そもそもホームページがアナログで、ちっとも更新されてないし」

 敦は足踏みをしながら言った。

「なあ、寒くね」

「だからって、どうするの」

 スマホから目を上げて、成はホームを見渡す。休憩のためのブースも無い。ベンチはあるが、冷気はしのげない。

「ちょっと外へ出してもらって茶でも飲もうぜ。まだ1時間あんだろ」

「そんなこと言ったって、おまえなにも飲めないだろう」

「そうなんだけどさ、寒いんだよ。寒いだろ」

 敦の言うように寒い以外になにも無い。

「……ま、じゃあ、ファミレスかどっか行くか。ついでにゆっくり調べられるし」

 駅員に断りをいれ、列車の来る時刻も確認してから、ふたりは駅舎の外へと出た。

 駅舎から出ると目の前が山肌だった。道が左右へ伸びている。どっち側もどこから来てどこへ行くのか先が見えない。ゆるいUの字カーブの底の部分にあたるようだ。

「なあんにも無いな」

「ねえな」

 駅前なのに、店らしきものはたったひとつ。それもシャッターが下りている。開いていたとしても多分、雑貨などをこまごま置いた店だろうと想像がついた。敦は田舎の中学校の傍にあった山科さんの店を思い出した。耳の遠いお婆さんが店番をしていて、菓子やパンをちょろまかして持って出るのなんか朝飯前だった。でも結局は気がひけて、次の時には、お釣りはいらないよとかカッコつけたりした。

――そう言えば、あのばあさん、死んだんだっけ。

「どうするよ」

 ぼやっとしていた敦の腕を成は軽く小突いた。

「あ、ああ。どうするっても。コンビニもなんにもないんじゃ、しょうがねえなあ」

 どうりで外へ出たいと言ったふたりを、駅員は不思議そうな顔で見たわけだ。言ってくれりゃあいいんだと思いながら、それでも駅員には愛想よく「どうもすいません」などと笑顔を振り撒いて戻ったホームで、寒さに震えながら列車を待つしかなかった。

 山側を背中にすると、ホームから海が見える。時々、波頭が白く光って見える。水平線はすでに空との境が曖昧でよくわからない。振り返れば山並みはすでに黒い影だけになり、微かに空と山の間を分ける闇がわかるだけだ。スマホで時刻を確認すると、驚くぐらい、少ししか時が経っていない。

 敦はあああああとうめいて頭を抱えた。

「なんでこんなところにいるんだろう、俺」



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