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08.侍女

『……お返事が無いようですが、もしや、体調が優れずお声も出せぬ状態でしょうか? 仮にそうであれば、それは一大事です。アーシャさまをお任せされた身におきましては、確認の為にも、お返事が無いのであれば許可が無くとも中に入らせて頂きます』


 体調が優れないわけではない。

 アーシャはただ、侍女とどう付き合っていくべきかを悩んでいるに過ぎず。

 初対面の印象はそれなりに大事な気がするので、部屋に入れる前に、色々と頭の中で予行演習を積んでいたところであって。

 けれども、少し時間をかけ過ぎてしまったらしく、体調が優れずに倒れているのではないかと疑われてしまったようだ。


「入って大丈夫よ」


 アーシャは首を横に振って思考を止め、そう言った。

 どう接するべきかはまだ結論が出ていないけれど、勝手に部屋に入られても困る。

 もう考える時間はなく、あとは、なるようにしかならなかった。

 仕方ないので、アーシャはいつもの自然体で接しようと思った。


『……それでは、失礼致します』


 ドアがゆっくりと開いた。

 現れたのは随分と小柄な侍女で、平均よりも少し小さいくらいのアーシャよりも、さらに小さかった。

 愛らしい見た目の侍女で良かったと、アーシャは胸を撫でおろした。

 いかにも侍女然としたような、見た目からしてびしっとした人は苦手だ。そもそも侍女に慣れていないこともあって、気疲れしてしまう。だから、こういう子で良かったと思った。


「……オフィーリアと言ったかしら」

「はい」


 オフィーリアは片足を引き、もう片方の足の膝を曲げると、そのままゆっくりと上半身を前に折って頭を下げた。


 それは、目を奪われるほどに華麗な動作の一礼であった。やっていることは、背筋まで曲げるただの丁寧なカーテシーではある。けれども、思わず唸りそうになるほど完成されている。


 一部の隙さえも見せぬ精微な動作は、侍女と言うよりも、教養として厳しいレッスンを常日頃から受ける位の高い貴族の子女を思わせた。いや、そうした人物でもここまで美麗には行えないかも知れない。


「綺麗なカーテシーね」

「……お褒め頂き光栄にございます。お世辞として受け取っておきます」

「いえ、お世辞ではなくて本当にそう思ったの。ここまで美しくは出来る人はそうはいないわ。少なくとも、私が今までに見た中で貴族も含めて一等よ。着飾って人前に出たのならば『一体どこの娘だ』と良い意味で注目の的になりそう」


 アーシャは思ったままを伝える。自然体で接すると決めたからだ。すると、オフィーリアの表情が少し緩んだ。


「……」

「……えっと……私……何か変なことを言った?」

「そのようなことはありません。……嬉しいなと思ったのです。一生懸命に学び練習を重ねました。それを褒めて頂けたのですから喜びます」


 オフィーリアは努力家であり、そして、意外と素直な娘のようだった。特別に嫌味な所も無く見え、なんとなく上手くやっていけそうな気がした。


「ところで……アーシャさま。随分と寝汗を掻かれたご様子。お体を清めましょう。浴槽の準備を整えさせますので、それが終わり次第にご入浴のお手伝いを致します」


 オフィーリアは、めざとくアーシャが寝汗を掻いていたことに気づくと、体を清める手伝いをすると言い出した。

 貴族であれば、確かに、体を洗うのも髪を結うのも全て侍女がやってくれることなので、何らのおかしい点はない。

 けれども、アーシャは公爵家では全て一人でやるように言いつけられていた。ある意味で特殊な育ち方をしている。だからこそ、突然手伝うと言われても困惑してしまう。


「ひ、一人で大丈夫よ」


 上ずった声でそう伝えると、オフィーリアが悲しそうな顔になった。一体どうして? とアーシャが戸惑うとオフィーリアが言った。


「……何かお気に召さない点がございましたでしょうか?」


 言われて気づいた。今さっきの自分の言い方だと、侍女の仕事をあえてやらせないようにも見えてしまう、と。勿論そういう意図はない。


 だから、オフィーリアにそのことを伝えようと思い――しかし、アーシャは開きかけた口を閉じた。


 仮に本人に納得して貰えたとしても、そうではない周囲にはどう見えるか、ということについてまで考えが及んだからだった。


 仕事もろくに出来ない侍女とこの子が見られてしまうかも知れないし、あるいは、第三皇子妃殿下は侍女を虐めるのが好きと自分自身が噂されるかも知れない。


 どちらにしろ、良い方向には転ばないのは明白であった。それを悟ったアーシャは、諦めのため息を吐いて、大人しくお願いすることにした。





 ――侍女に体を洗って貰うのは、始めは抵抗があったものの、実際に体感してみると至福の時と言えてしまった。


 何もせずとも体の隅々まで綺麗になっていく快感。特に、硝子細工のような透明感を放つようになった爪がお気に入りになった。こんなに綺麗になるものなのかと目を疑った程だった。


 自分で手入れをしていた時は、こんなに綺麗にならなかったのだ。いや、決して手を抜いていたわけでは……適当にやっていたわけでは……。


 と、ともあれ。それから次に、リラックス効果があるらしい時々に入る指圧も、気の抜けたような低めの声が思わず出てしまうほどに良く感じた。


 なんだかとても夢見心地で、頭の中がほわほわしてくる感覚に襲われる。


 まるでお姫様にでもなった気分――いや、気分ではなく、アーシャは望もうと望むまいと第三皇子妃殿下となるのであって、つまり実際の立場的にもお姫様の一人となる。


 ゆえに、この扱いはある意味で当然の事であった。


 要するにこれは慣れるべき事柄であるのだけれども……どうにも本人にその自覚はまだ薄いようで。あまり人には見せられない感じの、半眼でニヤつく顔を終始晒していた。


「ふひひひひ……」


 ただ、そんな恍惚も束の間。ふと、やはり自分にはこうした扱いは合わないように感じた。月イチくらいの楽しみとしてなら良いけれど、毎日これだとなると色々と感覚が狂いそうになる気がしたのだ。


 ……どうにかして、前のように自分で色々とやる生活を送りたいな。アーシャはそう思った。

次回はバーバラ視点をやりたいと思います。

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[一言] さーせん、男の読者です。 見なかったフリをして、楽しく拝読させて頂いております。☆いや、「あ゛~」とは思いましたけど、楽しく、閲覧しておりますよ?(笑) >男の読者さまが居られるの…
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