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06.再会

 国が全面降伏を決定してから、およそ二週が経った頃である。

 それは、あまりにいきなりの事であった。

 血相を変えたスタッカード公爵が無作法に扉を開け、すぐに来るようにとアーシャを連れ出した。


「……急遽ではあるが、お前の嫁ぎ先が決まった」

「えっ……?」

「帝国の第三皇子、ロメオ・ハッシュバードがお前を差し出せと言って来たのだ。敗戦国の身分とあれば、断るなどという選択は考慮にすら値せぬ」


 ――ロメオ・ハッシュバード。


 突然に出て来たその名を聞いた瞬間に、考えるより先に、自らの心臓が高鳴るのをアーシャは感じた。


 時間が経ち、幾らかは落ち着き、今となってはもうアーシャも自覚を得ていた。何時の頃からであったかは定かではないけれど、たった一度しか会ったことの無いロメオが、しかし、今では心の一角を占めるほどに大きな存在になっていたことに。


 ――でも、ロメオが帝国の第三皇子……?


 予想外の出自であったことに関しては、けれどもアーシャは、思い返して見れば可能性としては決してゼロでは無いことに気づいた。


 出会った当初、アーシャはハッシュバードという家名を知らず、首を傾げた。でもそれは、ハッシュバードが他国の貴族――今回の場合は皇族だが――であるから、とすれば何の不思議も無かったからだ。他国の事情には疎い自覚はあった。


 明確に高額であろう衣類を迷うことなく千切った行動についても、その時点で、多少所ではない上流階級であることが分かる。


 一つ一つを繋ぎ合わせて行くと、それは明白に、ロメオという男の背景を映し出していた。

 

 かくして判明した事実に驚きながらも、同時に、長い間その可能性をただの一度も考えなかった自分の愚かさに、アーシャは頭を抱えたくなった。


 けれども、反省などしている時間はないらしく。


 あっという間に先方が用意したという馬車に乗せられると、ロメオの下まで運ばれて行った。


 揺れる馬車での旅路の中で、ひとまずアーシャが感じていたのは、ロメオが無事で良かったという安堵感と、そして『また会える』という高揚感であった。


 普通であれば感じるであろう、生家を離れることに対する寂しさは無い。もとより、酷い扱いのみを受けて来たのだ。だから、離れることへの喜びはあったとしても、悲しく思うところなど一つもありはしない。


 ただ、ロメオが何を考えているのかについては、見当もつかなかった。自分を妻にする気らしいけれど……。





「久しぶりだな。ツギハギ令嬢――いや、アーシャ」


 連れていかれたのは宮殿であった。そこの一室に通されると、椅子に座るロメオがいた。


「ロメオ……あなた皇子さまだったなんて」


 そう訊いたアーシャの顔には朱が散っていた。目の前に会いたかったロメオがいる。本物のロメオがいる。それだけでなぜか鼓動が早まっていた。


「知らなかったのか……?」

「……えぇ、全く」

「名乗った……よな? ロメオ・ハッシュバードだと」

「他国の貴族のことはてんで分からなくて。教えて貰えなかったから……」

「なるほど……」


 ロメオは「はぁ」と溜め息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。そして、アーシャに近づいた。


「ま、俺の素性を知っていたかどうかはどうでも良い」


 ロメオの表情は真剣であった。アーシャに蹴飛ばされてなお治療を続けてくれた、あの時と同じであった。


「どうして私を妻に……」


 本当は嬉しくてすぐにでも頷きたかった。好いた者に求められて、嫌がる人などあるだろうか。


 しかし、アーシャはあえて困惑した表情を作った。


 何の迷いもなく肯定などすれば、はしたない女だと思われてしまうかも知れない。それが嫌で、戸惑うフリを見せたのだ。


「君に一目惚れしたから、では不足か? 俺はあの時に、初めてあったあの日に、君に惹かれ始めていた。そして、日を追うごとに、その気持ちは更に強くなっていった。……ときに、君が妾の子だと知っている。だからこそ言おう。俺は妾を取らないと。生涯をかけて君ただ一人を愛すると。このことは公式にも大々的に宣言するつもりだ」


 たった一度きりの出会いであったけれど、そこから先の会えなかった時間が、互いに慕う気持ちを成長させていたらしい。

 日増しに想いが強くなったアーシャと同じように、ロメオもまた同じような気持ちとなっていたようだ。

 ロメオがアーシャを求めた理由は、恋慕を抱く相手を傍に起きたかったという、ただその一点のみであったのだ。


 気が付けば、アーシャの顔は熟した林檎よりも赤くなっていた。そして、ロメオの顔もまた、同じくらいに赤くなっていた。


 二人の距離が更に近づいて、唇と唇の間が指一本分にまで迫って――


「……戦争では幾多もの血が流れた。今回の戦争は、帝国の目標と目的が為にであった。皇帝が決めたことだった。……けれども、俺にとっては、今回に限っては、帝国の思惑による利益などと言うものはどうでも良かった。君が欲しくて、ただそれだけを考えていた」


 ――しかし、アーシャは一歩後ずさった。

 幾多もの血が流れた(・・・・・・・)。その言葉に、アーシャはハッとしたのだ。


 実感は湧かなかったけれども、帝国とは、確かに戦争をしていたのである。つまり、双方ともに、知らない場所で傷つき亡くなった人達が沢山いるのだ。


 その事実を言葉にされて、その光景の上に今の自分が成り立っているのだと思うと、自らの感情に素直になることは憚られる気がした。

 戦争という行為は、国家が目的を達成する為の手段として存在しているものだ。だから、たかが小娘である自分が、何らの関係もないことは理解出来ている。

 でも、失い、傷つき、疲れ果てた人々を差し置いて良いのか、と思えてしまった。


 それから、アーシャはふと自分の夢についても思い出した。幸せでほのぼのした家庭を作る。そんな普通の夢を。

 しかし、その夢は、ロメオと一緒になったのなら叶わない気もする。

 何せ第三皇子だ。

 送る生活は間違いなく普通ではない。どうしたら普通の暖かな家庭が築けると言うのか。


 アーシャは一人の女としてロメオへ想いを寄せているけれども、それだけでは飛び込めない壁があるような、そんな気がしたのだ。


 しかし――アーシャが感じたその壁は、一瞬のうちに、ロメオによって取り払われた。下がったアーシャに三度近づくと、ロメオは強引に腰に手を回し抱き寄せた。


「君はもしかすると、俺のことを嫌だと思っているのかも知れない。だが、俺には君を離す気がない。……これは仕方のないことだと思えば良い。君は仕方なく俺に奪われるんだ。諦めてくれ」

「ロメ――」


 言葉を発しようとしたアーシャの唇が、ロメオによって塞がれた。唇と唇が触れている。突然のロメオの行動にアーシャは目を丸くしたものの、けれども、やがてゆっくりと瞼を閉じた。


 ――これは仕方がないこと。だって、私は一歩引こうとも考えたのに、それも構わずにロメオが求めたのだから……。


 ロメオに便乗した言い訳なのは分かっている。でも、飛び込めなかった自分を引っ張り上げ、そして抱きしめて貰えたことが、ただ、嬉しかった。


 僅かに点る部屋の明かりが――重なった二人の影を映し出していた。

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