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04.開戦

 ――結婚式が終わった後、近いうちに、バーバラが屋敷から離れることになるとアーシャは知った。ゴードンと共に、公爵家が用意した新たな屋敷に住まう事になるそうなのだ。

 

 嬉しい誤算だった。意地の悪いバーバラと顔を合わせなくて済むようになるのは、心が軽くなる吉報だ。夫人や他の姉妹たちもいるけれど、だとしても、一人減るだけでも喜ばしく思えた。


 そして、バーバラが屋敷から離れるその日。


「アーシャ、ごめんなさいねぇ? あなたの大好きなゴードンはどうしても私が良いって言うものだから」


 バーバラはニヤニヤしながら、アーシャに対して、そんな言葉を言い放った。

 けれども、アーシャは既にゴードンのことはどうでも良くなっており、精神的なダメージはまるで無かった。

 ただ、悔しそうな顔をしないと面倒な事になりそうだったので、わざと下唇を噛んで眉を顰める。その様子に、満足そうに高笑いしながら屋敷を後にするバーバラを、アーシャは無関心な心持ちで見つめた。


 この一部始終を屋敷の人達も目撃していた。けれども、夫人は当然のこと、他の姉妹やスタッカード公爵もバーバラを咎めることは無い。使用人たちも見てみぬフリである。


 この屋敷において、アーシャは侮蔑され、もっとも地位が低いとされる存在として扱われている。それが良く分かる一幕であった。





 さてそれから。

 バーバラが屋敷から出てから、数カ月ほど経った頃のことだ。


 なぜか、屋敷の中の雰囲気が心無しか重い日々が続き、緊張感の溢れるような空気が蔓延するようになっていた。


 いつもはアーシャを見れば侮蔑の視線を送って来た夫人が、最近はめっきりそんなことをしなくなって。そんな余裕が無い、とでも言いたげに素通りするようになった。他の姉妹たちも似たような感じだ。


 一体どうしたのだろうか? と、アーシャが怪訝な表情を作っていると、ふと、使用人たちがひそひそと話していた噂話が耳に入った。


「……帝国が攻めて来たって話聞いた?」

「聞いた聞いた。どうなるのかしら……」

「ゴードン様が前線に出ておいでとのことだけれど……」

「もうかなり近くまで来ているって話を聞いたわ」


 どうやら、戦争が起きているらしい。それも、こちら側の国が劣勢状態で、屋敷の雰囲気が重苦しいのはどうにもそれが原因のようだ。

 夫人たちがアーシャを素通りするようになったのも、そんなことをしている場合ではないから、ということらしい。


 とはいえ、アーシャには戦況の事は良く分からない。取り合えず、負けるかも知れない、という状況については理解したけれど……。


「どうなるんだろう……」


 ぽつり、とそんな言葉が零れた。

 アーシャは、戦争に負けた国の末路については、本で得た知識しか無く実際を知らない。

 本で見た敗戦国の末路と言うのは、国民は奴隷という名の商品となり、貴族たちも一斉に粛清とか、そういうものだった。

 それが本当かは分からない。けれども、公爵家内の慌ただしさを見る限りでは、本当のようには思えた。だからか、不安になってくる。


「死ぬ……のかな」


 それは嫌だな、と思った。


 アーシャには夢がある。一度は崩れ去ったものの、しかし、やはり諦めることは出来ない夢がある。幸せでほのぼのとした家庭を築く、というものだ。


 でも、戦争に負けたら……。


 言いようのない不安の中で、アーシャの脳裏に浮かんだ顔があった。ロメオの顔だ。結婚式の時もそうであったけれど、理由は分からないけれど、知らないうちにアーシャはロメオを思い出すことが多くなっていた。


 ロメオについては、名前以外は何も知らない。けれども、彼の薄く笑った時の表情と声が、瞼の裏と耳に焼き付いて離れなくなっていた。もうだいぶ前のことなのに、それでも、今でも鮮明に思い出すことが出来るほどに……。


「私……どうしちゃったんだろう……」


 そんな言葉がこぼれる。

 たった一度しか会ったことがない、そんな男のことを考えている状況ではないのは、理解している。しかし、それでも考えてしまう自分がいる。


 心ここにあらず。その状態をアーシャは産まれて初めて体験していた。

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