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02.ロメオ

 おぶられている最中に会話はほとんどなかった。アーシャが道を教え、男が「そうか」と言うだけだった。


「……私の案内に頷くだけだけれど、何か言わないの?」

「何を言えば良い? 今の君には、どのような言葉も、一刺しの棘になりうるだろう。俺にはそう感じられる」


 確かに、今のアーシャは、些細な一言であっても傷つく可能性が高かった。それは、自分自身でも察していることではあったので、アーシャは何も答えずに押し黙る。


 男が僅かに首を動かし、ちらりとアーシャを見た。何かを言いたそうな顔をしていたけれど……しかし、何も言わずにそのまま再び前を向いた。


 そこから会話が途切れた。訪れたのは沈黙だ。でも、決してそれは重苦しいものではなく、不思議と心地の良い空気であった。

 その理由は恐らく、男の言葉に内側に優しさがあったからだろう。気遣う為の無言と分かっているから、心地よく感じられるのだ。


 さてはて。そんな風に時間が経過し……まもなくして、スタッカード公爵家の屋敷へとたどり着いた。


「……ではな」

「……ありがとう。……えっと」

「名乗る程の名は持ち合わせてはいない」


 格好をつけた男の言葉に、アーシャはぱちぱちと瞬きを繰り返しつつ、けれども薄く笑って目を伏せた。


「……私を、恩人の名も知らない礼儀知らずの女にしないで。私を助けると思って、教えてくれると嬉しいのだけど」


 アーシャがそう言うと、男は楽しそうに「はは」と笑った。一本取られた、と言いたげな表情である。


 何気に、アーシャはここで、初めて男の顔をきちんと見た。


 こうして見てみると、とても良く整っている顔立ちの人物である。すっきりとした輪郭に、柔らかい質感の黒髪。ブルーベリー色の淡い青紫の瞳が、意外と穏やかな雰囲気を漂わせていて。

 背も高い方で、なんとなく、女性に人気が出そうな感じだ。


「助けると思って、か。なるほど。確かにそうだな。……俺の名はロメオ・ハッシュバードだ」


 ハッシュバード――知らない家名だ、とアーシャは思った。国内の貴族に関しては多少の知見があるけれども、ハッシュバードという家名は見たことも聞いたことも無かったのだ。


 アーシャの怪我を保護する為に結んでくれた布は、上着を破いたものである。そして、この上着に使われている絹は、随分と上質なものだ。

 こうした高級な衣類を惜しむ様子もなく破くのだから、かなりの上流であることは間違いないハズ……であるのだけれども、だからこそ、無名であるのはおかしい。


 はて、とアーシャが首を傾げていると、


「……面白い女だ。ツギハギ公爵令嬢、か。気に入った。ふふっ欲しくなった」


 ロメオがぼそっと呟く。それはアーシャの耳には聞こえなかった。すると、ロメオは最後に不敵に笑って「ではそのうちな(・・・・・)」と言った。


 一体どういう意味だろうかと、その真意をアーシャが思案しているうちに、ロメオの背中はすっかり遠くなっていた。


 今更、訊き返すことはもう出来ない。





 あくる日。

 建国記念日の来賓会での暴挙が知れ渡り、アーシャは外出禁止令を通達された。どうしても必要な時を除いて部屋からも出るなとも。

 公爵は何か話を聞きたそうな顔をしていたものの、夫人が烈火のごとく怒り狂った結果、そういう処分となったのだ。

 夫人の言うことに対して、公爵はよほどの無理難題でない限りは逆らわない。いつもの光景だ。


 かくして。実質上の軟禁措置を言い渡され、アーシャは部屋の中で一人過ごす日々を送る事となった。





 外出が禁止なので、やる事もなくぼうっとして毎日を過ごし。一日また一日と過ぎ去る。そんな日々の、なんだか暑かったある日のことである。


「暑い……」


 こういう日は薄着でだらだら過ごしたい。けれども、万が一にも誰かに見つかれば、何を言われるか分かったものではなく。

 もしも、薄着で部屋の中でダラけていたと夫人かバーバラの耳に入れば、


『ドレスが必要無いのであれば、お手製のそのドレスを全て捨ててさしあげましょう。お礼はいらなくてよ』


 等という言葉が口から飛び出し、そして実行に移される可能性が高かった。


 さすがに、そうした事態に陥るのは嫌である。ので、アーシャは仕方なく、せめても過ごしやすいドレスに着替えることにして、クローゼットを開けて中を物色し始める。


「えっと……」


 持っているドレスは、どれもこれもツギハギのものだらけだ。しかし、柄や繋ぎ目なんかが違い、全て同じと言うわけではなくて。


 ――涼し気な色を多くあしらったものを着よう。そう思ったアーシャは、水色や青の布を繋ぎ合わせたドレスを手に取ると自分で着替え始めた。


 着替えは、本来であれば、貴族なのだから侍女が行うものだ。けれども、アーシャは自分でやる。そのように言いつけられているからだ。姉妹たちは侍女がやってくれるのに……。


 まぁその、日常生活でも、アーシャと姉妹たちとの間には大きな差が設けられていた。もう慣れたものではあるので、どうと思うこともないけれど。


 と、アーシャはふいに、クローゼットの中に来賓会の時に着ていたドレスを見つけた。良く見ると裾が破けていた。テーブルや木を蹴っていたからか、気づかないうちに破けていたようだ。


「……他にすることも無いし、お直しでもしようかな」


 涼し気な色のドレスに着替え終わったアーシャは、箪笥から裁縫道具を取り出し、準備を始める。

 裁縫は得意なのだ。

 実は、ツギハギだらけのドレスも、棄てられていた衣類を拾い集めて縫い合わせたものであったりする。


「えっと……どの柄のを……うん?」


 どれを使おうか迷いつつ物色していると、以前ロメオが自分の足に巻いてくれた、上質な絹で出来た上着を破いて出来た切れ端が目に入った。


 使えるかも、と思って洗って取っておいたけれど……。


 ふいに、アーシャは自分の足首を眺めた。すっかりと腫れは引き、いつも通りの足首がそこにある。あの時の怪我は特に悪化することもなく、医者に掛かる必要も無かったのだ。


 思い返して見ると、ロメオは悪い人では無かった。ツギハギだらけで誰からも馬鹿にされる自分にきちんと謝罪をしてくれて、気まで使ってくれた人であったのだし。


 だからだろうか。

 なんとなく。

 それは本当になんとなく。

 この切れ端を使って見たくなって、アーシャはこそっと取り出すと、縫い合わせを行うことにした。


 ――と、その時。扉がノックされる。


「アーシャお嬢さま。公爵がお呼びです」


 使用人の声が通った。どうやら、スタッカード公爵が自分を呼んでいるらしい。アーシャは裁縫を途中でやめると、そそくさと部屋を出た。

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