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12.仕立て屋

 ロメオはああ見えてかなり強い人なのかも知れない――アーシャはそう思った。


 ゴードンは腐っても実力で騎士団長にまで成り上がった男であり、肩書だけではない、本物の強さを持っている。

 つまり、才能や運だけでは決して勝てない相手がゴードンなのである。それを無傷で倒したというのだ。


 ロメオは第三皇子ゆえに危険な役回りを任される、ということを今さっきにアーシャは聞いた。けれども、任される理由は、第三皇子だからというだけでは無いのかも知れない。


 純粋な信用や信頼を寄せようと思える強さをロメオは持っており、だからこそ任せている、というのもありそうだ。


 ところで――やられたゴードンについては、冷たいと言われてしまうかも知れないけれど、アーシャは心配や同情といった感情を抱くことは無かった。婚約が破棄になった経緯が経緯であるし、心の整理も既についてしまっているからだ。


 肉欲に溺れた男が戦いに負けた――ただそれだけである。





 アーシャが朝食を取り終わると、オフィーリアが今日の予定を一件伝えて来た。

 あと一時間もすれば仕立て屋がアーシャに会いに来るので、そのお相手をお願いします、とのことだった。

 結婚式で使うドレスを作るそうで、その為の採寸で呼んだらしい。

 そういえば、結婚式の準備云々という文面がロメオからの手紙にもあった。


「ドレスかぁ……」


 自分で作らないドレスなんて何年ぶりだろうか?

 母のジーンが亡くなってからは、自分で作ったツギハギドレスばかり着ていた。

 下手をしたら十年ぶりくらいかも知れない。





「はい、それでは両手を上げて下さいまし」


 仕立て屋は肉付きが良すぎる中年女性であった。人間三人分はありそうなその巨躯を前にしてアーシャは驚きつつも、一方でその体をなんとなく羨ましく思ったりした。


 アーシャはどちらかというと痩せ型である。けれども、痩せ型と言うのはどうにも貧相に見えてしまう時があり、それが少し嫌であったりするのだ。


 慣れない状況と自らの体の貧しさに唇で波を作りつつ、けれども採寸は進んで行く。





 仕立て屋の採寸は意外と時間が掛かった。

 四肢を動かした場合に変化する部位の差異や、純粋な測り直しや、諸々とやっているうちに二時間は過ぎていた。


 アーシャは自分でもドレスを作れるけれども、しかし、ここまできっちりとは測ったことがない。まぁ、自分の体だからこそ感覚で分かってしまう箇所も多く、採寸を省く箇所もあったので、同列には語れないけれども。


 それに、呼ばれた仕立て屋は、間違いなくロイヤルワラントだ。呼んだということはそういう店なのだ。となればこそ、御用達の名に恥じぬように、決して間違いが無いようにと、慎重に慎重を重ねたのは想像に難くない。

 思いのほか自由気ままに作っていた自分とは違って、仕事としての責任感があるのだ。


「なるほどなるほど……。おほほほ、最高のウェディングドレスを作ってご覧に入れますので、期待してお待ち下さいませ!」


 仕立て屋は自信ありげに言うと、にこにこしながら帰って行った。期待して待っていろと言われると、なんだか少しワクワクしてしまう自分がいる。子どもっぽいだろうか……?





 さて、それから数日が経った。

 ドレスはまだ出来ておらず、そしてロメオもまだ帰っては来ていなかった。


 時間が掛かると予測がつくドレスはともかく、中々に帰って来ないロメオに対しては心配が増しそうにはなった。

 しかし、手紙には具体的な日時が書かれていなかったことを思い出し、アーシャは自然と落ち着いた。どのくらい掛かるかがそもそも分からない仕事なのだろうから、もう少し待ってみよう、と思ったのだ。


 しかし、ただ待っているだけというのも暇なものだ。だから、何かすることは無いだろうか? とアーシャは頭を捻る。けれども現状では特には無かった。


 皇帝陛下や皇后さま、あるいはロメオの兄弟姉妹も宮殿にはいるので、挨拶周りをしようかなとも思ったけれども、一番の最初の挨拶を一人で行うのも問題なので諦めた。

 初見の挨拶周りは、ロメオが紹介する形で行うのが望ましい。

 これについては、皇族側も理解しているようで、『挨拶に来ないとは何事か』といった類の話は一切出て来なかった。

 それ所か、ロメオが帰ってくるまでは、あえてアーシャとは会わないように行動を調整しているようだとオフィーリアから聞かされた。


 道理で全く遭遇しないわけである。


「……少し街を見て回ろうかしら」


 ふいに、アーシャはそんなことを呟いた。


 ――市井を見るのは帝国について知る良い機会にもなるし、妃殿下になるのであれば、政務に関わらなくとも国のことは知っていた方が良い気がする。


 思い立ったが吉日とばかりに、アーシャはすぐさまに着替えを行う。すると、部屋のドアノッカーが鳴った。


「……オフィーリアです。所用から戻って参りました」

「あら、丁度良かった。外に出ようと思っていた所だったから、ついて来て貰えると……」


 扉が開いた。そして、ツギハギドレスを着用したアーシャを見たオフィーリアが、驚愕の表情でのけぞった。


「そ、その格好は……」

「外に出るのにネグリジェは少しね……。自分で持ってきたドレスを着て、これで外に行こうと思って――」

「――す、すぐに外行きの服をご用意いたしますので」

「別に私はこれでも慣れているけれど……」

「駄目です」


 どうやら、ツギハギドレスは駄目らしい。

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