バーバラの断罪 2/2
バーバラ編後半です。
ジーンが亡くなって以降、周囲もどんどんアーシャを冷遇することを当たり前と思い始めるようになっていた。夫人が徹底的に悪口を言い続けたからだ。
気づけば、公爵もアーシャへ冷たい視線を送るようになり、それに伴いバーバラを見てくれることが増えた。だから、バーバラは自分の考えや行動が正しいとより強く思うようになった。
「あなたの髪の色が汚いってお母さまが言っていたわ。私もそう思うの。なんだか、白い雑巾に汚れがついているような感じにも見えるし……そうだ、良いこと考えた」
「やめて、やめてお姉さまっ……!」
アーシャの頭を掴むと、雑巾代わりに床を拭いてみたり。
「ドレスが……私のドレスが……っ」
「私って優しいからあなたの部屋を掃除してあげたの。そしたらゴミが出て来たから、全て燃やしちゃった。……もしかしてあなたのドレスだったの?」
「そんなっ……」
「ごめんねぇ。まぁでも良いじゃない。ほらお裁縫道具あげるわ。自分で作れば? ゴミ捨て場に布なら転がってるし材料豊富ね。今度は勝手に燃やさないわ。捨て布で作ったドレスなんて汚すぎて触りたくもないから」
アーシャが持っていたドレスを全て燃やして、自分で作ればと言って嗤ったり。
アーシャの婚約者としてあてがわれたゴードンについても、バーバラは奪い去ることに決めた。ゴードンと引き合わせられた後のアーシャが、どこか満ち足りた顔をしており、それが気に食わなかったからである。
アーシャが幸せになることは許さない。あの子の幸せは全て自分が貰う。バーバラの怨念にも似た想いが行動を起こさせている。
英雄色を好むと言うが、騎士団長であるゴードンも例外では無かったようで、すぐさまにバーバラの体に溺れた。少し好きにさせてやると、獣のように求めてくるようになった。
建国記念日の来賓会の夜に、ゴードンとの逢瀬をアーシャに見られていたことに気づいた時には、ぞくぞくした。アーシャは今までの中でも一番に悲しそうに泣いており、不幸に落としてやった実感を強く感じられたのだ。
それが恍惚で、だから、そのままゴードンとの婚姻も決意した。
それから、盛大な結婚式を終えた後、バーバラはゴードンと一緒に暮らすようになった。屋敷は公爵が用意してくれたものの、侍女までは与えられず、毎日が手探りでの生活。家事炊事をこなし、夜になれば猛々しいゴードンの相手だ。
慣れない生活には、悪戦苦闘の毎日であった。勢いで平民と結婚してしまったことを後悔しそうな日もあった。
けれども、ゴードンはバーバラを意外と大事にしてくれた。
夜の相手をして貰う都合もあっての機嫌取りであったのだろうけれど、しかし、それでもバーバラは不思議と徐々に満たされた気持ちになりつつあった。
欠けていた何かが徐々に埋まるような――そんな感覚を得たのだ。
体だけかも知れないけれど、確かに自分という存在を見て貰えて、そしてアーシャがいない環境ということもあって、本人も気づかないうちに落ち着く時間を得たせいでもあった。
ふいに心が軽くなる瞬間が増えた。ある種の呪縛から解き放たれたような感覚を覚えた。
このまま何事も無ければ、あるいは、バーバラは普通に戻れたのかも知れない。けれども、物事はそう上手くはいかない。
戦争が始まり、騎士団長であるゴードンも当然の如くに戦地へと向かい、そして重症を負った。満ち足りた生活は終わりを告げた。
「あ……あ……」
ゴードンの傷は深く、いつ死んでもおかしくない状態だった。喋ることもままならず、腕も上げることが出来ずにいる。
このまま看病だけしていても、ゴードンは助からないかも知れない。それに気づいたバーバラは矢の如くに実家へ走った。
良い医者を見つければゴードンを助けられるかも知れない。公爵家ならば見つけることが出来る可能性がある。
バーバラは走りながらに、ふと疑問に思った。
――どうして自分はゴードンにここまで執心するのだろうか? もともとは、ただアーシャを不幸にする為だけに一緒になった相手なのに。
そして自らの心の内に気づいた。当初には無かったゴードンへの愛が、積み上げた時間によって確かに育まれつつあったことに。
愛しい人を助けたい。それは自然な感情である。
しかし、現実は非情だった。
向かった公爵家で首を横に振られてしまった。
結果的に起きた戦争にこの国は負けてしまい、だからこそ容易には公爵家の名を使うことが出来なくなっていると言うのだ。資産の凍結も施され、援助も出来ないと言われた。
予想外の事態にバーバラは悲しみに暮れた。
これではゴードンを助けることが出来ない。
でも、そう簡単に諦めたくは無くて、バーバラは四方八方へと足を運び、そしてついには敵国であった帝国へも足を踏み入れることになった。
ある意味でそれは自業自得なのか。
それとも因果なのか。
バーバラは帝国に入ったところで、偶然にもとある結婚式を目撃することになる。
自分の時の何十倍もの規模で行われていたそれは、第三皇子の結婚式であり、その傍らにいる花嫁が――アーシャであったのだ。
アーシャは幸せそうで満ち足りた表情をしていた。
一体全体どうして敵国の皇子と共になったのかは分からないけれど、そんなことはバーバラにはどうでも良かった。
あの妾の子が幸せそう――その事実一つだけが重要で、小さくなっていた憎悪の焔が一気に勢いを取り戻した。
――自分はこんなに不幸なのに、どうしてあの子は幸せそうなの? ――そうだった。あの子が私の幸せを奪い取っているんだった。あの子が幸せそうだから、私はこんなにも不幸な目に遭うんだ。
バーバラは衝動的に近くの店から刃物を盗むとそのまま駆けだして――
――捕まった。当然だ。戦いの指南など受けたことが無い小娘に何が出来ると言うのか。
かくしてバーバラは投獄された後に、皇子と皇子妃の暗殺を企てた存在として処分が下されることになった。皇族へ危害を加えようとする行いは、未遂とて最も重き罪の一つだ。ゆえに処刑命令が出される事となる。
「許さないっ……あんな幸せそうなっ……私から奪ってっ……返して……返してっ……! お前もっ! お前も私から奪うのかっ⁉」
バーバラの処刑を担当した処刑人は、後に語った。
処刑人として長らく生きていた人生の中で、様々な犯罪者を見て来た。けれど、向けられた形相に一瞬とはいえ自分が怯んだのは、後にも先にもあの女一人だけであった、と。