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プロローグ

「お、おいアレ……」

「確か噂の……」


 その日行われていた建国記念日の来賓会で、ひと際目を引く存在があった。

 いくつもの衣類を継いで接いだドレスに、瞳孔の中心で金と蒼の二色で分かれた瞳。そして、赤と白が入り混じる一つに結った長い髪。


 ――スタッカード公爵家が三女、アーシャ・スタッカード。その見た目から『ツギハギ公爵令嬢』と、そう呼ばれている女だ。


 視線を受けている当の本人であるアーシャは、自身に向けられた視線に気づいていた。

 けれども、慣れてもいたので、ある程度は耐えることを知っており、あえて聞こえていないフリをしていた。

 しかし……。


「それにしても、ツギハギ公爵令嬢。髪や瞳は産まれつきとしてともかく、どうしてドレスまであんなツギハギなのだろうな」


「……確か妾の子で、ろくな待遇を受けていないという話だ」


「ということは、わざとああいう服を着せて人前に出している、と? だとすると、公爵の性格が悪すぎやしないか」


「公爵自身は気は弱いが、そこまで性格が悪いお人ではない。恐らくこういった仕打ちは、公爵というよりも夫人の提案ではないか。自らの子と明確な差を与えたいのだ」


「……ここまであからさまにすれば、公爵も何か思うところがあるのではないのか? それに、我が子の扱いを見れば妾も面白くはないと恨みを抱いて禍根となろう。自分の子も同じ公爵の血筋なのに、と」


「妾はもう亡くなっていたハズだ。そして、公爵は夫人に弱いお人だと評判でな」


「なるほど……。『当初は夫人やその子たちと妾の子が仲良く出来ると思ったが、無理だった。夫人がここまで苛烈になるとは想定外。しかし、夫人には弱いから注意も出来ない。妾も亡くなっているがゆえに、気になる目も無い為に黙認』というところか? ……もしもそうだとすると、なんとも不憫な子だ」


 世に出回っているアーシャに関する噂話は、見当違いのものが多い。平静を保ちつつ聞こえないフリをすることにアーシャが慣れていたのも、だからこそであった。真実ではないからこそ「また適当なことを」と冷静でいられるのだ。


 しかし……今まさに聞こえて来る噂話は、なんという偶然にか、見事に事実を全て言い当てたものであった。


 アーシャは、耳に入るこの噂話に最初は耐えていた。けれども、図星をさされたことで、機嫌が悪くなって来た。そして、一人の若い男が「不憫な子だ」と言うと同時にわざとらしく涙を拭う仕草を見せた瞬間に、かちんと来てしまった。


 気が付いたら、アーシャは、近くにあったテーブルを蹴飛ばしていた。乗っていた料理も吹き飛んだ。


「――言いたいことがあるのであれば、直接、目の前に来て仰って下さい‼」


 アーシャは、つかつかと音を立てながら歩み寄ると、若い男の胸倉を掴んだ。睨みつける。すると、いかにも軽薄そうで軟派な若い男の顔が引き攣った。


「お、おいおい……」

「私が惨めだと! そう仰りたいのであれば、この目を見て、さぁ今この場で言って!」

「そういうわけでは……というか、その怒りよう、まさか俺たちが勝手に推察していた経緯が真実を言い当てていたということか?」


 アーシャはぎゅっと唇を固く結んだ。「しまった」と思っていた。確かに、こんな風に怒っては、本当だと認めたようなものだ。


「……申し訳ありません」


 ぽつりと呟くように言うと、アーシャは手を離す。それから、踵を返して、力なく歩いて会場から去っていた。

 会場に残されていたのは、今の騒動に目を丸くした、来賓の方々の姿のみである。


 いや――ただ一人。

 今しがた胸倉を掴まれていた若い男が、眉を顰めていた。そして、ばつが悪そうな表情になったと同時に、アーシャの後を追いかけた。


「……なんと弱く脆い女であることか。……そうとは知らず、勝手に言いたいことを言ってしまった。酷いことをしてしまった。謝らねば」

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