09
智香が消えた――は大袈裟ではあるが、また3日ほど欠席が続いている。家での問題とはなんのことだろうか。
「爽子っ」
「きゃっ!? んんっ! はぁ……驚かすのはやめてくれこっこよ」
「智香はなんで最近休みがちなの?」
「悪いがそれは言えないな」
――こうなったら僕にも作戦がある。
まずは教室に虹乃先生を連れてきて目の前で抱きつく。
「「なっ、なにを!?」」
「これでもまだ言えない? 言えないならこのままキスする」
驚いているふたりに敢えて挑発するようなことを言う。
こうすれば爽子はなんとかなる、きっと吐いてくれる。
だって、いくら問題があるとは言っても3日間休むなんておかしい。
「ふっ、いいのかこっこよ、そこで浜野が見ているが?」
「大丈夫、爽子が怒られるだけ――ふぁ、ふぁにしゅるの……」
僕の自慢の柔らかほっぺたが上下左右に引っ張られた。
冗談はともかくこれ以上作戦を続行するのは無理そうなので大人しく離す。
「抱きつくのはやめなさいって言ったわよね?」
「ん……虹乃先生ごめん、爽子のことが好きなのに」
「ぶっ――ごほんっ、そ、そういうのはありませんからね!?」
「いや、職員専用トイレでイチャイチャしているの聞こえてきた。多分あれはキスまで――」
なぜか虹乃先生はこちらを抱きしめ止めてくる。
こういう反応をするということは肯定しているようなものだけど、分かっていないのだろうか。
「バレてしまったのなら仕方がないな……こっこよ、麻衣は私のだから取らないでくれよ?」
「大丈夫、僕はできる女」
ナイスアシスト自分。
虹乃先生はあわあわと赤面し口をぱくぱくとさせていた。
キスだってしているのだからもう付き合っているようなものだと思うが。
「ああ、ありがとな。それよりふたりが仲良くやれているようで嬉しいよ」
「大丈夫、美凪はいい女」
美凪の方から話しかけてくれたおかげでいまの関係がある。
もしあれがなかったら大切だと思えるレベルの子とは出会っていなかっただろう。
「雰囲気だけで分かるよ、私たちが邪魔だということはな」
「そんなことはない、爽子や虹乃先生も僕は好き」
「こっこよ……そなたは天使か?」
「ただの小さい生徒」
ふたりは去り美凪とふたりきりになった。
だが、当然のように情報を得ることができなくて少しだけ微妙な気分に。
「美凪も気になるはず、智香が来ていない理由」
「まあ同じクラスだし気になるところではあるけれど、いまなによりも気になるのはあなたが平気で抱きついたりキスをするとか言ったり好きとか言ったりすることね」
「誰にでもするわけじゃない。するのは信用している相手だけ。お母さん、お父さん、お姉ちゃん、爽子、虹乃先生、美凪だけ」
きちんと約束を守って側にいるし1番大切にしているのが伝わっていない。
なので仕方なく珍しく僕の方から彼女を抱きしめる。
「そうやってすればいいと思っているのでしょう?」
「どうやったら美凪が1番だって伝わる?」
「まずはやめることね、ホイホイと抱きしめたりするのは」
「分かった、美凪にもしない」
「あ――ふぅん、まあいいけれど」
一応智香とはID交換をしているので連絡を取ることは可能だ。
夕食を食べ終えるまでは自由に携帯をいじれるので寮に戻ったらすればいい――のだが、そこで問題なのは美凪と相部屋だということ、外に行くと絶対付いてくるだろうし……。
「この後の用事は?」
「夕食後に掃除と入浴ね」
「いや、美凪個人」
「どうしてそこまで気にするの? 秘密裏に新垣先生と会いたいとか?」
「ん」
そういうつもりはないにしても対智香よりも対爽子にしておいた方が嫉妬されずに済みそうだ。
「そうと知っていて許すわけがないでしょう?」
美凪は抱きとめてくる。
「でも、あのふたりは想い合ってる。きちんとこの目でキスしているところを見た」
話し声が聞こえたからこっそり扉を開けたらしていた。これはなによりもの証拠であり、僕はそれを絶対だと信じている。
「どうせあなたのことだから丸山さんと連絡を取るつもりなのでしょう?」
「嫉妬しなくてもそんなことにはならない」
「はっ、し、嫉妬っ? そ、そんなこと……」
「ふっ、美凪にしては慌ててる、これはなによりもの肯定」
小学生時代だけでなくいまも尚、可愛いと言われる理由がよく分かる一面だ。人間という生き物はこういうギャップに弱い者たち、過去の自分は一切言ってこなかったがそろそろ伝えてもいいかもしれない。
「今日の夕ご飯のおかず、全部貰うわね」
「えっ……べ、別にいい、智香が休んでいることの方が気になるから」
「むぅっ」
「そんな可愛い顔をしても無駄、僕は止められない」
「え……あ、ちょっと!」
門限は20時だ。それまでに帰れば校外に出てもなんら問題ではない。
だから彼女と別れて走って外に出る。追いつかれないように学校から数百メートル離れてから智香に電話をかけた。
「もしもし?」
「はぁ……ち、智香」
「はい、丸山智香です」
声音は至って普通状態の彼女のものだ。危ないことに巻き込まれていたりはしないというだけで安心できた。
「珍しいですね、虎々ちゃんから電話をかけてきてくれるなんて」
「いつもは必要ない。数部屋移動すれば智香に会えるから」
「そうですね、楽ですよね寮生活は」
な、なんだろう、微妙に聞きづらい。先程から何回も言おうとして言えなくて普通に流れで返すことしかできない。
「私が休んでいる理由、ですよね」
「あ――ん、心配だから」
「あまり大したことではないんです、ご心配をおかけしてすみません」
長く一緒にいるわけではないし教えてはくれなさそうだ。
「言いたくないなら別にいい、智香が元気に学校へ来てくれるならそれだけで」
「あはは、ありがとうございます」
だけどそれとこれとは話が別で、酷くもやもやとしていた。
友達になってくれたんだから自分にできることがあったらしてあげたい。
もちろん美凪にだって同じこと、彼女には1番感謝しているのだから。
「……わがままを言ってもいいですか?」
「ん、僕なんていつも美凪に言っているから大丈夫」
「ふふ、それでですね……あの、あなたたちと同じ部屋がいいんです」
「寮の話? 3人部屋はないと思う、けど」
「学校に近くに3人で過ごせるお家を借りました。どうですか? 美凪さんも一緒に3人で暮らしませんか?」
自分だけでは分からないことだ。
いや、美凪がいて快適な場所ならそれでもいい。
寮の費用がなくなれば両親の負担だってもう少しくらいはマシになるだろう。
だけどそれだと智香の両親に負担がかかる。その費用を後から請求されても困るわけだ。
「智香は美凪が好きなの?」
「好きですよ」
「――そっか、それならこの後、美凪に話してみる」
「はい、よろしくお願いします。あ、どちらにしても週末までに教えてくださると幸いです」
「ん、分かった、それじゃあ」
通話を切って学校へと戻る。
すると校門のところに美凪が立っていて、「こら」と僕の頭を叩いてきた。
「用は済んだの?」
「美凪」
「なに?」
彼女に触れられた頭を押さえつつ、真っ直ぐに見て言う。
「学校の近くの家で一緒に住まないか、だって」
「丸山さんが?」
こくりと頷いて寮の方へ。
「お金は?」
「言ってなかった」
「ちなみに私だけ?」
「ん、そう言ってた。これから話すところだったらしくて、伝言を頼むと」
嘘は言っていない。
まだふたりきりでは緊張するから3人でと言っただけだろう。
個人的には智香と仲良くしたかったが、この流れではこうするのが自然だ。
「――なるほどね、私は私でちょっと話してみるわ。先に寮に戻っていてちょうだい」
「あ」
「うん?」
「いつでも側にいるから」
「――ええ、ありがとう」
どうせ隣まで移動すればふたりに会える。
こっちには爽子もいるしそこまで不安がるようなこともない。
「――って、少し前の自分に言いたい」
「え?」
「なんで学校を辞めようとしていたんだろうなって不思議に思っただけ」
「ふふ、だけど虎々は強い子よ、大丈夫よこれからも」
「ん」
今度こそ彼女と別れて寮内へ。
強く握ったままだった拳を開いて部屋に入ったのだった。