08
「こんにちは」
「なにかあったの? 3日も休んでいたけれど」
「はい、ちょっとお家で問題がありまして……それでもやっと片付いたのでこうして登校してきた形となります」
詮索するつもりはないので「そう、来れるようになって良かったわね」と返しておいた。
それにしても家の問題か……こうして学校を休む必要が出てくるくらいなら、私の家みたいに最低限の接触しかしない方がいい気がする。
「あの、芦岡さんに会いたいんですけど」
「虎々ならもう少しでここに来るわよ」
「はい、ちょっと疲れたので芦岡さんとお話ししたいなって思いまして……」
虎々は地味に好かれる子だ。
みんなにきゃーきゃー言われる存在ではなくて、ひっそりと人気なアイドルみたいな存在。
「それにしてもどうして虎々と?」
「芦岡さんって小さくて可愛いじゃないですか、だからぎゅーって抱きしめたいなって思いまして――あ、来たようですね」
今日は朝にしてあげた編み込みをほどかずにいてくれたようだ。
「良かった、丸山さんが元気で」
「はいっ、大丈夫ですよ! あ、それでですね……あの、抱きしめてもいいですか!?」
虎々はちらりと私の方を見る。
以前新垣先生にするなと言ったものだから気にしているのだろうか。
こくりと頷いたら「いいよ」と彼女は言って、丸山さんは「ありがとうございます!」と口にし彼女を抱きしめる。
「ん、丸山さん疲れてる?」
「え、なんで分かるんですか?」
「なんとなくだけど」
彼女は意外と観察力がある。
昔、体調が悪いのに無理をしていたら彼女にだけバレたことがあった。
単純に信用している彼女の前でだけ素が出た形ではあるかもしれないが。
「ちょっと問題が起きまして……それを片付けるために3日もかかってしまったんです」
「お疲れ様」
「ありがとうございます、芦岡さんを抱きしめているだけで疲労は吹っ飛んでしまいますけどね。そうだっ、あの、私も虎々ちゃんって呼んでいいですか!?」
「ん、大丈夫。それなら僕も智香って呼ぶから」
「はいっ、もっと仲良くなりましょう!」
なんというか凄く面白くない。
だけど「私の前でやめて」なんて言えるわけもないし、あくまで興味がないフリを貫き読書を再開することにした。
が、ふたりの話し声が聞こえてきているのもあって全然集中できないまま5分が経過、つまりふたりのお喋りタイムも5分経過した形となる。
「智香ともステーキ食べたかった」
「あぅ……私も食べたかったです……」
――小学生時代、虎々にとっては私だけが友達だった。
中学生時代は部活に強制入部だったこともあり一緒にいられる時間は極端に減った。
部内で友達ができたように、虎々にも同じように友達ができて、たまの休日でさえ他の子たちと過ごすことが多くなった。
いつの間にか彼女にとって自分は重要ではなくなってしまった――だから、地元の高校ではなく隣県のこの高校に入学することにしたのだ。なのにこうして彼女は付いて来てしまった形となる。
それがどういう理由でかは分からないが、この高校を選択したのは私たちふたりだけ。
「美凪さんとはいつからお友達なんですか?」
「小学5年生の時から、同じ委員会になったのがきっかけだった」
あれだってただ読書をしていたから書き忘れていたというだけだ。
その時は微塵も興味がなかった。同じクラスに芦岡虎々という女の子がいる、それが分かっていただけ。
「美凪が優しかったからここまで関係が続いた」
「いいですねそういうの!」
いや、私の中にあったのはただの義務感だ。
何回も蛍さんや彼女の母に「虎々をよろしく」と言われてたから。
虎々と仲良くしたいから優しくしていたわけじゃない。
出ていった日だって自分も遅くまで探すことになったから怒って叩いた。
「受験生の時は美凪がここを選ぶって聞いたから頑張った」
「おぉ、頑張ってお友達を追うなんて凄くいい話です」
違う、彼女も私も相手を利用していただけでしかない。
「でも、実は出ていった日に美凪を追わなければ良かったって後悔もした」
「え……そ、そうなんですか?」
「ん、だって向こうには他の友達もいたし」
だから私も距離を作ろうとした、友達をやめようとした。
そのため手っ取り早いのは高校そのものを変えてしまうことだったのだ。
微塵も興味がない、ただ遠いからという理由で選んだこの場所。
最初から興味を持たれていなかった私はさらにあの家での立場が悪くなった。
寮があるところを探していたのはある意味逃げたかったのかもしれない。
「だけどやっぱり美凪といると落ち着く」
「それ分かります!」
「ん」
――なのに私も彼女を必要としてしまっている。
新垣先生を抱きしめて怒ったのだってどこかに行ってほしくないからだ。
普通に一緒にいたかった、だけど色々な変化が起きて難しかった。
またあの喪失感を感じないために距離を置こうと――同じことを考えすぎか。
「虎々」
「ん?」
「私もあなたといると落ち着くわ」
最初から最後までただの嫉妬だった。
虎々が自分以外の人と仲良くやっているのが嫌だった。
それは独占欲とも言えるし、特別な意味と捉えられてもおかしくないもの。
「両想い」
「えっ、そ、そういうご関係なんですか!?」
でも、きっとこの子はそんなことを思っていない。
あくまで友達だからこんなことを言ってくれているだけだ。
「そろそろ帰りましょうか」
「ん、智香も帰ろ」
「はいっ」
なんで新垣先生のお願いだからって言うことを聞いたんだろう。
あの時聞いていなければここの接点だってできなかったかもしれないのに。
なんで虎々が求めていた時にすぐ戻ってあげなかったんだろう。
先生からの頼み、その方が角を立てないから、余計なことを気にしていたらまた中学時代のような苦い状態になるところだったのに。
「今日は一際静か」
「そうですね、美凪さん全然お話ししませんね」
絶交と言われたのはあれで2度目だ。
1度目は中学時代に寂しくて仕方なくてうざ絡みした時。
あの時の私は直接言った、「他の子と仲良くしないで」と。
だけど当然、そんなことできるはずもない。仮に自分が言われても「無理よ」と答えるに決まっているような要求。
「美凪」
それでも彼女はこうして私を追ってきた。本人の口からはっきり「美凪がそこに行くなら僕も行く」と言ったのを聞いたのだから。
「無視しないで」
「虎々、私の側から離れないで」
「え、急になんで?」
「あなたがいないと駄目なのよ」
もう慎重になるのはやめる。例え同じ場所に他の誰かがいるとしても自分の気持ちをしっかりぶつけていこうと決めた。
「それはこっちのセリフ、美凪こそどこかに行かないで」
「あなたでしょう? 逃げ出そうとしたのは。私はいつだって側にいたのに」
「ん、分かってなかった」
「でも、もうしないでしょう? それなら大丈夫よ」
「ん、僕はずっと美凪の側にいる」
新垣先生が可愛いと言いたくなる気持ちが分かる。
もし彼女を嫌うような人間がいたらこの手で潰すつもりだ。
「……いです」
「ん、智香どうした?」
「するいです! どうしてふたりだけの世界に浸っているんですか!」
丸山さんは中学生時代の自分みたい。
ひとつ決定的に違うのはかなり積極的だということ。
ただ、どうして彼女はここまで虎々にこだわるんだろうか。
「別にそんなことはないわよ。みんなで友達になりましょう」
とりあえず観察を続けるしかない。
束縛をするつもりはないができる限り近くにいたい。
そうしないとどんどん新しい人を虎々は連れてきてしまうから。
「はいっ、よろしくお願いします! 虎々ちゃんっ、頭を撫でてもいいですかっ?」
「ん、許可する」
「ありがとうございます、よしよしよしよし!」
「こ、焦げる……」
面白くないわね……。