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07

 丸山さんが消えた。

 最後に目撃されたのは先週の金曜日らしい。

 なにかがあったのだろうか? せっかく友達になってくれたというのになんか気になる。


「美凪はなんか知らないの?」

「ええ、教室にも来ていないしね」


 爽子ちゃんに聞いてみても細かい理由は教えてくれないので最近は実にもやもやとした時間を過ごすことになっていた。


「こっ――芦岡ー」

「この薄情者ー」

「な、なんだいきなりっ!?」


 訪れた爽子の手をつねる。

 太っているわけではないのにぷにぷにとしていて手触りがいい。


「爽子っ」

「だからどうしたんだ芦岡……」

「なんで丸山さんのこと教えてくれない?」

「いや、そりゃなんでもかんでも言えるわけがないだろう。ま、元気でやってるよ、それに明日から来るって言っていたからな」


 情報源は虹乃先生か、美凪たちの担任だし。

 元気ならそれでいい、だけどそれさえ嘘なら爽子をめっためたにする。


「だったらそれを先に言えばいい」

「言おうとする前に芦岡が手をつねってきたんだろう?」

「許さない、抱きしめの罰っ」


 いまの僕は爽子キラー。

 恐らくお姉ちゃんとよく似ている人なので効くはずだ。


「お、おいっ――ん? な、なんだこの感じは……芦岡に抱きしめられているとなんとも落ち着くぞ――ぎゃあああ!? は、足っ、浜野よ足がめり込んでるからやめてくれぇ!」

「生徒に抱きしめられてそんな顔をしているのは良くないと思います」


 いや、何気にこちらの手もつねってきている。

 それでもあまり痛くないのは調節してくれているということだろうか。


「ちょっ、新垣先生! 生徒を抱きしめるのはやめた方がいいですよ!」

「ご、誤解だ虹乃先生……これは芦岡が勝手に抱きしめてきただ――」

「ん、新垣先生どうしたの?」


 離してみると爽子は白目で固まっていた。

 虹乃先生に耳を引っ張られ、美凪からは依然として手をつねられている。

 自分のせいでここまでされるのは可哀そうなのでまた抱きしめておいた。

 少しでも癒やされてほしかったんだ、それが逆効果になるとは思わなかったんだ。


「――新垣先生、少し職員室でお話しましょう、ねっ!?」

「よ、芦岡ぁ、助けてくれぇ」

「あなたたちはお勉強を頑張ってくださいねっ」


 虹乃先生の笑顔はやっぱり素敵だ。だけど決して僕の方は見ていないのが気になるところではある。


「さて、そろそろ教室に戻るわ」

「ん、また後で」

「ええ、後でたっぷりとお話ししましょう?」

「え、怒ってる?」

「いえ、別に怒ってなんかないわよ? それじゃあね」


 ……いまはただ丸山さんが無事だったことを喜んでおこう。




 放課後。

 私は区切りがいいところで爽子を職員専用のトイレに連れ込んだ。


「あれはどういうこと?」

「こっこに抱きしめられていたことか? あれはこっこ的には罰ゲームらしいんだが私にとってはご褒美のようにしか感じられなかったな」


 ご褒美……同性に抱きしめられても嫌がるどころかこの反応。

 それならということで自分よりも大きい彼女を抱きしめてみた。


「はは、教師が教師を抱きしめるのはいいのか?」

「……生徒に教師が抱きしめられるよりはマシでしょう」

「そういうものかな。麻衣はすぐに嫉妬するからなぁ」


 これまでも爽子に近づく女の子はたくさんいた。

 学校の生徒、お出かけしたお店の店員さん、その他諸々人を惹き付ける女の子。

 だからできる限り近くにいようと頑張っていたのだが、強力な新入生の現れにより少しだけ危ぶまれている。


「場所はもう少し考えてほしかったがな、いい雰囲気ってのがまるでない」

「しょ、しょうがないでしょう、まだ帰れないんだから」

「いやいや、夕暮れに染まった放課後の教室で、なんてのもいいだろう?」


 そんなリスクのあることはできない。こういうところだからこそできることだ。


「そうか、こっこがライバルということか?」


 こっこちゃんはそういうつもりでなくても私的にはそうだと考えている。

 観察していた限り、最初はあそこまで親しくはなかった。

 なのに浜野さんと再び仲良くするようになってから爽子への対応も変わったのだ。


「こっこは可愛いからなあ」

「だからこそよ、こうやってアピールしていかないと負けちゃ、ん……」

「――ふっ、こっこをそういうつもりで見ているわけじゃない。こっこはそもそも浜野にぞっこんだからな」


 いや、いまは正直に言ってそれどころではない。

 いま私、爽子になにをされた? あれってもしかしてキ――こんなの初めてだ。


「さてと、誰かさんのせいで中断する羽目になった仕事でも片付けてくるかな。あれ、唇がどうかしたのか? どれ、確認してやろう」


 さすがに学校でやるのは良くない、と思っているのになすがままとなっていた。

 私はずっと教師になりたかった。

 理由は爽子のおばあちゃんが教師をやっていたから。

 毅然としていて余所の家の私にも厳しかったけどそれだけではなく優しくもしてくれて、こんな人のようになりたい、と。

 でも、これは毅然とはかけ離れていることだ。


「ふふ、こんな麻衣を生徒が見たら驚くだろうな」


 どんな自分なのと鏡で確認したら、


「ほら、蕩けてるぞ?」


 あまりに自分っぽくなくて恥ずかしくて目を逸らす。

 爽子を押して距離を作って、出口を指差して顔を俯かせる。


「――分かった、学校でやるのはやめよう」

「そ、そうしてくれると助かるわ」

「戻らないのか?」

「無理よ……こんな顔で戻ったら驚かれてしまうもの」

「そうか、なら続きを頑張ってくるよ。麻衣はもう少しここにいればいい、あ、こっこに触れてきたらどうだ? 凄く落ち着くぞ?」

「え、ええ」


 駄目よ、学校でくらいしっかりやらないと。

 きっちり線引をして爽子に接しようと私は決めたのだった。




「――で、情報を出し惜しみしたことに罰を与えるにしても、どうして抱きしめることを選択したのかしら?」


 なぜかベッドに寝っ転がった僕の上に乗っかって執拗に聞いてくる。


「やっぱり怒ってる?」

「いえ、ああいうことを気軽にやるべきではないと注意したいだけよ」

「だったら普通に言ってくれればいいのに」

「これはたまたまよ、気づいたらあなたの上にいただけね」


 そんなことは有りえない。

 もしかして嫉妬――なわけはないだろうし……。


「そろそろ寝ないと」

「ならあなたの隣で寝るわ」

「別にいいけど」


 布団に入って寝転ぶと自然に彼女も入ってきた。おまけに手を握ってきた。


「もうあんなことはやめなさい」

「ん、別に罰だから」

「それでもよ」

「なんで美凪がそんなこと決めるの?」


 自分から求めているというわけではないが止められる理由も分からない。


「はしたないからよ」

「こうして寝るのはいいの?」

「これはいいのよ」


 爽子を抱きしめるのは駄目で美凪と寝るのは問題ないと。

 昔からこうして一緒に寝ることは多かったけど、ここまで駄目出しをされるのは初めてのことだ。


「美凪は爽子のことが好き?」

「人としては嫌いではないわよ?」

「別に爽子のことを狙っているわけではない、けど」


 邪魔をしたいなんて考えてないし美凪がそのつもりなら接し方も改めようと思う。

 でも、美凪は虹乃先生みたいな人を好くと思っていたから意外だった。

 ああいう堅くなくて引っ張ってくれそうな人を求めていたということか。


「いいから寝なさい」

「ん、おやすみ美凪」

「ええ、おやすみなさい」


 いまはただこの手の温もりを感じつつ眠ればいい。

 それっぽい雰囲気を出してきたらその都度過ごし方を帰ればいいんだ。


「……うぅっ」


 ――なんで強く握ってくるのかも、どうして嗚咽しているのかも分からないまま、なにも聞かずに寝ることだけに集中したのだった。

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