04
自己評価が最低になった日から2週間が過ぎた。
僕はひとりで上手くやっている。
相変わらず美凪と同室ではあるが、昔みたいにわいわいとする、的なことにはならなくなった。
「芦岡」
「はい」
新垣先生も特別絡んでくるということはなく――いや、こうして事ある毎に「芦岡」と近づいて来るのだ。
「調子はどうだ?」
「あの」
「ん?」
「無理して関わってこなくていいですから、どうせ僕なんか誰にも必要とされませんし」
いいんだ、もう3年間ひとりぼっちでも。
人に近づかれると気を遣われているようにしか感じないから。
身内にだってあれだけ迷惑そうに扱われるんだからしょうがない。
「おいおい……どうした急に」
「無価値ですから」
「……私のせいか? 余計なことをしたばっかりに浜野とも仲悪くなったんだろ?」
「いえ、全部自分のせいですから、失礼します」
自分の駄目さを棚に上げて他人ばかりを責めていた。
自分が悪いのに他者を責める人間なんかが好かれるわけがない。
「芦岡さん」
「すみませんでした」
考えを改めたらするする謝罪の言葉が出てくる。
傷つかないよう振る舞っていた自分が馬鹿としか言いようがない。
「えっ?」
「不快な気分にさせましたよね。叩いてもいいですよ、美凪だって同じようにしましたから」
「えっ、美凪さん芦岡さんを叩いたんですか!?」
あれは僕がお姉ちゃんや新垣先生に迷惑をかけたから叩いたんだろう。
もっと早く気づいていればあんなことさせなかったのに……。
「あとさっきのお話しを聞いてしまったんですけど、誰にも必要とされないなんて言わないでくださいよ、自分のことじゃないのに悲しくなりますから」
だったら関わらないようにするのが1番だ。
同じ部屋ではなくなったんだからそれができるじゃないか。
「そうよ虎々」
「美凪さんっ、ですよね! そんなことないですよね!」
「ええ、少なくとも私は虎々を必要としているわ」
あぁ、気持ち悪い。
どうせその笑顔の下では迷惑そうにしているんだ。
目障り、耳障りって言えばいいのに。
「信用できないって顔をしているわね、まさか自分がそんな顔で見られるとは思わなかったけれど」
美凪はそのままこちらを抱きしめ頭も撫でてきた。
たったそれだけでこの温もりを更に求めようとした自分がいる。
「ほら、いつもしてあげていたでしょう?」
「……だけど美凪は僕を叩いた」
「ごめんなさい、だけど心配だったのよ……あの時止めておけば良かったって後悔したわ。だから次はあんなことをさせないよう、部屋が別になるようなことは避けたかったの。やっぱりあなたは――いえ、私があなたを必要しているのよ」
なんでだろう、美凪にそう言われただけで凄く目頭が熱くなって実際に涙が零れて彼女の制服を濡らしてしまった。
「ごめん美凪っ」
「ええ」
逃げ出すのではなく最初からきちんと新垣先生に頼んでおけば良かったのだろうか。
「ぜ、絶交、解除……でいい?」
「そもそも私は絶交とは言ってないじゃない」
「だけど耳障りって……」
「読書中に喋られると集中できないから――いえ、正直に言ってむかついてたの」
そんな満面の笑みを浮かべて言われても困る。
「……しいです」
「え?」
「悔しいですっ、なんで私にはあんな対応だったのに美凪さんにはそうなんですか芦岡さん!」
な、なんでって単純に一緒にいる時間の多さの違いとしか……。
「私ともお友達になってください!」
「え、だけど僕となってもつまらないと思う。ここにいる美凪が独特なだけだから」
「勝手に決めないでください! つまらないと感じた時は自分から言いますから!」
「……まあ丸山さんがいいなら」
「はいっ、ありがとうございます!」
あまりの大声に驚いて美凪の後ろに隠れた。
なんで彼女は僕にこだわるんだろうか。
「あ、これで失礼します!」
「ええ、また後でね」
このふたりはどうやって知り合ったんだろう。
ちょっと気になるけど、なんかあんまり聞きたくない自分がいた。
放課後。
トイレから教室に戻ってくると携帯とにらめっこしている新垣先生がいた。
なるべく驚かさないように近づいて肩に触れたのだが、
「ひゃっ!? って、よ、芦岡かぁ……驚かせるなよ」
なんかあからさまに驚かれて内心複雑に。
「あの、いま男の人の写真が見えたんですけど」
「んー、なんかお前に敬語を使われていると調子が狂うから使わなくていいぞ」
「ん、それでいまのは彼氏?」
男の人とか全然興味なさそうなのに意外だ。
「いや、私の弟なんだ、服が似合っているかって聞かれてな」
「新垣先生はなんて答えた?」
対弟ならなんか甘そうな感じがする。
いや、案外弟がこの世で1番好きだとか言う可能性もあるかも。
「全部微妙って答えた。今度の週末、直接会ってダメ出しするつもりだ」
「え、可哀そう」
結果は残念、その人にとって鬼姉だった。
その人がMでなければ残念美人という感じになってしまう。
「あ! 芦岡も来るかっ?」
「え、なんで?」
まさか誘われると思っていなかったら困惑状態に。
「詫びだ詫び! 私が余計なことをしてしまったのは確かだからな」
「それを言うなら僕が余計なことしちゃった……から」
「いいんだ、美味しいステーキが食べられる店に連れてってやる! 浜野も丸山も連れて行こう!」
「新垣先生がそう言うなら」
「おぉ!」
こ、今度はなになんだろう。
「少しは信用してくれたんだな」
「美凪と話し合ったら気持ちが楽になった」
そういえば美凪にだけだと思っていたけどそうじゃないらしい。
新垣先生とも普通に会話をしている、かなり驚きだった。
「ああ、誰にも必要されないなんてことはないんだよ、だからもうあんなことを言うなよ? 聞いてるだけでこっちが悲しくなるからな」
「うん、ごめん」
「可愛い」
「えっ?」
気づけばこちらの手をギュッと握って真面目な顔だ。
「芦岡は可愛いなぁ! こっこって呼んでいいか? お前のお姉さんのように」
「う、うん、別にいいけど」
「よしこっこっ、帰ったら浜野と丸山に言っておいてくれ!」
「りょ、了解」
まあ可愛らしい反応をすることもあるし違和感はないけれども。
お姉ちゃんを見たら抱きつきそうな勢いだった。
可愛い物や者が好き、お姉ちゃんと気が合いそうだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。そういえば先程丸山さんが来たわよ?」
「あ、今週の土――土日って暇?」
週末と聞いただけで土曜日か日曜日かは聞いていなかった。
それなら範囲を広めればいいだけだから対応は楽だが。
「ええ、特に予定はないわね」
「それなら新垣先生、丸山さんと一緒にお出かけしよ」
「え……あ、新垣先生と? あなたいつの間にそんな仲良くなったの?」
これって仲良くなったと言えるのだろうか。
新垣先生はちょっとした責任を感じていて、それを晴らすためだけに今回の計画を立てただけだと思うんだけど。
「美味しいステーキ屋さんに連れてってくれるって、楽しみっ」
「あ、あなたにしてはハイテンションね……」
だってお肉だよ? そんなの楽しみに決まっている。
とろとろと溢れる肉汁で唇をテカテカにしつつ食べるのが最高なんだ。
「美凪、来てくれるよね?」
「まあ、あなたが行くのなら私も行くわ」
「うん、美凪が来てくれないと嫌だから」
新垣先生的には美凪がいてくれた方がいいだろうし。
さすがに自分に1番来てほしいなんて捉え方はしない。
「少し前まで『触ったから絶交』とか言ってたくせにね」
「そんなこと言ったら美凪は僕を叩いた」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「ごめんって思っているなら一緒にいて」
「はいはい……分かったわよ」
これで後は丸山さんと話をするだけ。
大丈夫、美凪がいれば誰だって来てくれるはずだ。