03
ここまで頑張ってきたのもあって素直に従えなかった。
だから濡れた地面に座ってうじうじしているとお姉ちゃんまでやって来た。
いま私達がいるのはコンビニの駐車場だ。
「本当にすみませんでしたっ」
「いえ、こちらこそすみませんでした」
お姉ちゃんは会うなり新垣先生に謝罪、先生もまた同じようにしている。
「なに考えてるのあなた」
私の横に立っていた美凪が依然として冷たい声音で呟く。
別に頼んだわけでもないのに……あのままなら普通に帰れたのに。
もう24時になろうとしているところではあるが、寧ろお姉ちゃんはわざわざ学校まで行ったのだろうか。
「こっこちゃん」
「…………」
「駄目だよこんなことしたら」
明日は休日だった、歩いて帰れる自信もあった。
なのに甘えて連絡を取ってしまったのが運の尽きだ。
「謝りなさい」
「いいよ、運転するのは好きだしね」
「だからって許したらこの子はまた……」
「大丈夫、こうやって無事でいてくれればそれでいいよ」
お母さんよりもお姉ちゃんの方が好きだけど今回ので変わった。
あの時普通に家に連れて行ってくれてれば先生が苦労することもなかったのに。
「芦岡」
「…………」
「このまま家に帰りたいか?」
頷く。
丸山さんが悪い人だとは言うつもりはないけど、全然知らない子と同室なんて耐えられない。
「すみません、今日のところは連れて帰ってあげてください」
「え、大丈夫なんですか?」
「……あんまり大丈夫じゃないですけど、夜中に逃げられる方が困りますから」
「……分かりました、それでは連れ帰らせてもらいます」
ふたりが去るまで動くことはしない。
だけど美凪も動こうとしなかった。
「浜野?」
「すみません、今日は私も連れて行ってもらいます。ご迷惑をおかけしました」
「そうか。あの、この子も……」
「はい、本当にご迷惑をおかけしました、ありがとうございました」
いまは美凪ともいたくない。
「帰ろ?」
「座席が濡れちゃう……」
「気にしなくていいよ、こっこちゃんに風邪を引かれるほうが嫌だもん」
もう自力で帰るのは現実的ではないし大人しく乗り込んだ。
助手席にだって座れるというのに美凪は横に座る。
「虎々」
「絶交、美凪は僕に触れたから」
どっちにしろ味方なんかではもうない。
「そう、虎々はひとりでも大丈夫だものね」
「いまならまだ間に合う、だから消えて」
だったらここではっきり言ってあげるのも優しさというものだろう。
「そう、それならやっぱり新垣先生と戻るわ」
暗闇の方に目を向ける。
酷いわけではないが依然として雨が降っていた。
「いいの?」
「ん」
「それなら行こうか」
それから40分くらい心地のいい揺れに身を任せていたのだった。
「こら虎々!」
「ひぅ……」
先程までの眠気が吹っ飛ぶくらいの迫力があった。
まあお姉ちゃんには申し訳ないことをしたと思う。
「……もういい、今日は寝ろ」
「ん……」
こんな時間まで起きているのはお父さんだけか。
「家に帰ってきても同じ……」
恐らくお母さんにだって怒られるだろうし短絡的すぎたのかも。
「こら、それはこっこちゃんが悪いんだよ?」
「元はと言えばお姉ちゃんが学校に連れて行こうとしたから悪い」
「えぇ、私のせいなの?」
「今日ので嫌いになったから」
「……えへへ、そっか……ま、今日はもう寝るね、ちょっと疲れたし」
それでもどうせ誰にも分かってもらえないんだ。
教師権限で勝手に相手を変えた新垣先生も、なにも汲み取らず僕を叩いた美凪も、こちらが呼んだ理由も分からず学校に連れて行こうとしたお姉ちゃんも――身内でさえこれなんだからそれ以外に分かってもらえるはずがない。
「お父さん」
リビングに戻ってきちんと言うことに。
お父さんは静かにグラスを置いてからこちらを見た。
「……なんだ?」
「学校辞めたい」
「ふざけるなよお前」
「ふざけてない……誰も味方がいないしつまらない」
机を拳で叩いてから立ち上がる。
入り口に固まったままの僕の横を通り抜け、「いいから早く風呂に入れ」と残し2階へと上がってしまった。
「誰も分かってくれない……」
美凪なんか追わなければ良かった。
――大人しくお風呂に入る気にもならない。
でも、足も疲れていたから玄関に座り込んだ。
風邪を引こうがどうでもいい、学校に行けなくなるならなんでもする。
けれど自殺なんかする勇気はないし死にたくもないから、せめて色々な場所を濡らさないようにとここにいるという状況で。
「学校、行きたくないの?」
どうせなにかを言ったって届きはしない。
だから私は膝に顔を埋めて時間をつぶしていた。
明日だって仕事があるんだからさっさと寝ればいい。
「まだ2日目なんだよ?」
そんなの自分でも分かっている。
「お金だってここの公立高校に通うよりかかってるんだよ?」
……いちいち回りくどい言い方をしなくても直接言えばいいんだ。
「お母さんも一応働いているけど、お父さんが頑張って稼いでくれたお金なんだから……せめて1ヶ月は頑張ろうよ、ね?」
とにかく返事をしない。
「虎々……」と少し悲しそうな声音だったが、お母さんは立ち上がり2階へ上がっていった。
そうだ、どうせこの家に僕は必要はない。
お姉ちゃんは可愛いし、お買い物とかだって手伝ってあげてるし、肩とか揉んであげてるし、愛嬌があるしで親としては正に嬉しい存在だろう。
自分はそうじゃない、なにも役に立たないし、喋られないし、愛嬌がないしで最悪な存在だ、そんな人間を好けという方が無理という話か。
「虎々、明日送ってやるから学校に戻れ」
「……分かった」
顔も見たくないから、必要ないからって言えばいいのに。
そうすればどうしたってあそこしか居場所がなくなる。
もうあそこにしか帰ることができなくなるんだから選択肢を潰せるのに。
「休日だったらいつでも帰ってくればいい。でも、今回みたいなのは駄目だ、分かったな?」
「ん……」
所詮表面上でだけだ。
あまりに直接言うと育児放棄になってしまうから言えないだけ。
「早くと風呂に入って寝ろ」
「ん……」
法的な理由があるとはいっても優しいのには変わらない。
だけどそう無理やり振る舞われる度に虚しさしか込み上げてこないのが難点だった。
「じゃあな、頑張れよ」
男の人と別れて寮に向かう。
辛い、それでも体長が悪いことを隠せて良かったと思う。
「芦岡っ」
「こんにちは」
「おい、顔が赤いぞ?」
「大丈夫ですから、失礼します」
止めた足をまた動かしていたら新垣先生が言った。
「部屋、戻したからな」
「え……」
「浜野とまた一緒だ、これで抜け出すことはもうないだろう?」
「……そうですか、失礼します」
タイミングが悪い。
どうしてこのタイミングで? そもそも新垣先生が余計なことをしていなければあんなこともしなかった。再び50キロ近く歩けとなっても絶対歩かないくらいなのに。
部屋の扉を開けると美凪は日課の読書をしていた。
こちらを一切見ることはせずただ黙々と本を読んでいる。
「なんで先生の言うこと聞いたの」
「しょうがないじゃない、新垣先生に頼まれたんだから」
「頼まれたらなんでもやるの」
「しょうがないことよこれは」
どうでもいいか、どうせ分かり合えない。
ベッドに寝転んで枕で頭を覆う。
聞きたくなかったし、頭が痛かったから。
「はぁ……」
「調子が悪そうね」
「絶交」
「それなら溜め息をつくのやめてくれないかしら、耳障りなのよ」
そうだ、本性を現せ。
そうすれば自然に敵視することができるのだから。
「美凪さん、ちょっといいかな?」
「ええ、大丈夫よ」
入ってきたのは丸山さんだった。
美凪のことを名前で呼んでいることから間違いなく友達とは彼女のことなんだろう。
「あ、芦岡さん……」
「さっき帰ってきたのよ、可愛気がまるでないけれどね」
「そ、そんなこと言っちゃ駄目ですよ。あ、それでですね、今朝言えなかったことを言いにきたんですけど」
「ええ」
「お部屋、戻しませんかっ?」
思わず自分も顔を上げる。
まさか丸山さんがそんなことを言うと思わなかったからだ。
「虎々と一緒の部屋がいいってこと?」
「はいっ、だって悔しいじゃないですか! お話しだってまだなにもできていないのに勝手に合わないと判断されてまた戻されるのなんて心外です!」
「なるほどね」
「はいっ、だからまたここを私のお部屋にさせてくだ――」
「悪いけれどそれは無理ね」
「なんでですかっ!」
そうだ、いまなら丸山さんと相部屋の方が気が楽だし。
「私がいないとこの子逃げ出すから」
「そ、それは違いますっ、芦岡さんは私が慣れない相手だからどこかに行っただけじゃないですか!」
「飛び出した原因は私にもあるもの、それなら責任を取らなければならないじゃない?」
違う、美凪は先程みたいにストレス発散装置として僕を使いたいだけだ。
もう純粋に僕と同室がいいなんて言う人間はどこにもいない。
いや、そもそも自分は美凪のお荷物だった。
他県の高校を選んだのだって自分と離れたかったからだろう。
なのに中学生の僕は一切考慮もせず、馬鹿みたいに付いてきてしまった形となる。
「美凪」
「なにかしら」
「ごめん」
どうしようもなくなると意地を張ることすらできなくなるからなのか、自分でも驚くくらいすんなりと謝罪の言葉が出た。
「あら、絶交はもう終わりなの?」
「……そもそも美凪のお荷物だったことを気づいてなかった。全く考えず甘えてしまった、本当に申し訳ないことをしたと思う」
「なにを言ってるの?」
「僕は誰にも必要とされない存在だって昨日ので分かったから」
体調も悪いし寝させてもらう。
最後に謝罪はできたんだ、それだけで十分と言える。
あとはまあそれなりに自分らしく生活していけばいいだろう。