02
おかしい。
ただこの扉を開けて「新垣先生!」と委員長みたいな感じでいけばいいのにすることができない。
放課後になってから早30分、私は扉横に体操座りをしてうじうじとしていた。
そして40分が経過しようとした時、ガラガラと引き戸が開けられて、
「さてと、晩飯でも買ってくるかなー」
目的の人物が自分から出てきてくれたではないか。
――冗談はともかくこれを利用しない手はない。
「あ、新垣先――」
「きゃっ!? あっ、ごほんっ、んん! ふぅ……まさか芦岡から話しかけてきてくれるとはな、驚いたぞ」
なにいまの、凄く可愛い。
いや、いまはそれは重要じゃないか。
「あの、なんで美凪と無理やり交換したんですか」
「ああ、昨日も言っただろ? お前に必要なのは他者との交流だ。浜野もそれに該当するが、既に友ということもあって頼りすぎてしまうだろう?」
「別にそこまでべったりというわけでは」
「本当か? いつでもやって来てくれる、なんて頼ってないか? 心の拠り所にしているんじゃないのか?」
新垣先生はあくまで余裕な感じで「コンビニまで付き合え」と言い歩きはじめてしまったが、行く理由がない僕はまた座って膝に顔を埋めた。
やっぱりこの高校を選ぶんじゃなかった。
地元の公立高校に入学する方がとても楽で、その後も苦労はなかったはずなんだ。
一応美凪以外にも友達はいてくれたわけだし、家に帰ればお母さんたちがいる。
なのにこちらでは落ち着く時間もないし場所もない、いますぐ帰りたい。
「芦岡、早くしろー」
「新垣先生、学校やめたいです」
「は、はぁ? ま、まだ2日目だぞ?」
こういう流れは初めてなんだろう。
僕だって同じだ、まさかたかだか2日でギブアップするとは思わなかった。
あの時の僕はなにも考えず美凪がいてくれるからいいって楽観していたのだ。
「今日はそれで文句を言いに来た――んです」
「なるほどな、浜野と丸山を変えたからだろう?」
「はい」
「だが戻すことはしないぞ? 人間は無理なことなんてない、浜野とまでとは言わないがきっと丸山だって――おいっ!」
他県とはいえ真横だしたかだか20キロメートルくらい歩けば向こうの端っこに着くことができる。その後は迎えにでも来てもらえばいい、僕は帰ると決めたんだ。
「おい、どこに行くっ」
「…………」
こういう人相手に吐いたら止められて終わり。だったら最後まで無言で校舎から出て敷地内からも出て歩いていけばいい。
「あら、珍しい組み合わせね」
「浜野そいつを止めてくれ!」
「分かりました。虎々――」
「触ったら絶交」
「これは私の意思じゃないわ、先生のお願いだもの」
教師だからってなんでもしていいわけじゃないのに……。
仕方ないので足を止める。
「はぁ……こんな生徒は初めてだぞ」
「虎々がなにかしましたか?」
「別になにをしたというわけじゃないが急に逃げ出すように歩いていったからな、追ってきたんだよ」
「そうですか……」
寮に一旦帰ってから出ることにしよう。
お金だって必要だ、途中で飲み物とかを買う必要がある。
「虎々、あなたひとりでも大丈夫だって言ったじゃない」
「ん、これは勝手に新垣先生が勘違いしただけ」
先生みたいなタイプが1番嫌いだ。
努力でどうにでもなるとか考えているのは暑苦しいし気持ちが悪い。
明らかに温度差が違うって分からないのだろうか。
「なのに追われるの?」
「だから勝手に悪い考え方をしただけだから」
「そう、ならいいけれど」
「おいおい……浜野も甘くないか?」
「そうですか? これでも虎々を信用しているだけですけど」
「そうか……私も大袈裟にしてしまったようだな、悪かった」
こくりと頷き寮の方へと歩いていく。
美凪はそのまま先生と校外へ歩いていった。
「あ、芦岡さん!」
「こんにちは。ちょっとお金を持ってコンビニに行ってきます」
「あ、それなら一緒に行きませんかっ? 私もちょうど行こうと思っていたんです」
「僕はちょっと遠目のコンビニに行くので、ほら、時間も早いですし」
「そ……うですよね、すみません」
別に謝る必要なんてないのに。
とにかく僕は財布を持って寮及び学校をあとにした。
とりあえずざっくりと東に進むと決めて歩いていく。
「どこに行くの?」
「コンビニ」
なんでそんなところで、困惑しつつも普通に返せた。
「コンビニなら学校のすぐ側にあるじゃない」
「僕は青色のコンビニって決めてる」
「ふぅん、そう、なら気をつけなさい」
言われなくてもそうする。
歩いて、歩いて、歩き続けて、いつの間にか18時を越えた。
途中に山があるので完全に日が落ちるまでには通り抜けたい。
だからどうしたって急ぎ足になる。
小さい歩幅を限界まで広げて前へと前だけを見て歩いて。
さすがに疲れてきて出っ張りに気づかず地面にダイブすることになった。
おまけにそこに雨が降りはじめるという、踏んだり蹴ったり仕様。
でも、頑張っていたおかげで山を越え自分が生まれ育った件の端に到着。
ここからはさらに50キロ、とてもじゃないが足が痛くて無理。
「あ、お母さん?」
「んー、誰でしょうか」
「お姉ちゃん」
あぁ、やっぱり家族の声を聞けると落ち着く。
「ぴんぽーん! それでどうしたの?」
「県の端っこまで迎えに来てほしい」
これだけ言えば分かるだろう。
なぜなら最初に送ってってくれたのもお姉ちゃんだったからだ。
「えっ? え、こっこちゃんいま県の端にいるの? 学校は?」
「あ、ちょっと忘れ物をしたのを思い出してこっちまで歩いてきた」
「……分かった。いいからお店の中にでもいて?」
「ん」
電話を切って近くのスーパーへ。
そこのイートインコーナーで座って待っていると電話がかかってきて外に出た。
「やっほーっ」
「え、なんでここが分かったの?」
「だって学校へ行く途中も寄ったじゃん。ささ、乗ってくださいお嬢様」
「うん」
後ろに乗るとお姉ちゃんは車を走らせる。
ここで問題だったのは実家の方にではなく、学校の方に走り出したことだ。
「ちょっ、これじゃ意味ない……」
「駄目だよ、勝手に抜け出しちゃ。私が責任を持ってあなたをお届けします」
「嫌だっ、家に帰りたいっ」
「学費や寮費だって高いんだよ? なのにたった2日でやめちゃうの?」
「それでもやめたいっ、働いて返せばいい……アルバイトだったら中退でも雇ってくれる」
「だーめっ! ――あ、美凪ちゃん? うん、わざわざ地元まで帰ってきてたよ。いまから送り届けるから、分かった、それじゃあね」
嫌いだ。
こんな結果になるくらいなら歩いて帰った方がマシだった。
だから信号で止まったのをいいことに車外に出て歩きだす。
大丈夫、たかだか1キロくらい戻ってしまっただけだ。
車というものは流れに従わなければならないのだからもう連れ戻すことは不可能。
例え24時を越えて日付が変わったとしても後は平坦だけ、一切問題はない。
あぁ、疲れた。
制服を着てきたのはちょっとミスだったと思う。
そのせいで警察の人とでくわすんじゃないかってびくびくするハメに。
楽なのはこのまま真っ直ぐでいいということ。
19時、20時、21時、22時とどんどん時間は経っていくが一向に家には着かない。
当たり前だ、たかだか20キロに5時間もかけた。つまりまだ30キロ近く残っているということ、考えただけで頭がおかしくなりそうだ。
「君、ちょっといいかい?」
びくりとし振り向くとそこには警察官さんと婦警さんのふたり組が。
「こんな時間にどうしたの? 大丈夫?」
「あ、えと、塾の帰りでして」
咄嗟の言い訳にしてはそれっぽいのが出た。
ちょうど数十メートル前に塾があったのも大きかった。
「そっか、夜にひとりは危ないから次はお友達と帰ってね」
「はい、気をつけます、失礼します」
しっかりお辞儀をして歩くのを再開。
こちらも数十メートル歩いてから振り向くと警察官さんたちはもういなかった。
が、
「芦岡っ」
なんでか知らないが、いつの間にか横に新垣先生が。
走って逃げようとしたら美凪が出てきて頬に衝撃が。
「車に乗りなさい」
こちらを見るその顔と声音はいままでの中で1番冷たいものだった。