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文字数稼ぎ。

「――という感じね」

「そうですか、教えてくれてありがとうございます」


 休憩時間にいい情報を得られて私は嬉しくなった。

 と、同時に少しの寂しさも感じて、困惑している自分もいた。


「肩を揉んであげる」

「ありがとうございます」


 虎々ちゃんの小さく柔らかい手。

 もう抱きしめることができなくなってしまったのは悲しい。


「私はちょっとお風呂にいってくるわ」

「はい」

「ちょーっと長時間入ってくるから、ふたりは自由に仲良くゆっくりしていなさい」

「え」


 美凪さんを見るとこちらにウインク。

 凄い、これが勝者の余裕というものなのかと私は学んだ。


「ぎゅー」

「えっ!? い、いいんですかっ?」

「大丈夫」


 それでも遠慮しようとしていたところにこれだ、我慢できるわけがない。


「おめでとうございます」

「でもごめん」

「え?」

「智香は美凪を狙ってた、それを知ってたのに告白した」

「ああ……」


 一瞬流れかけたのは嘘ではない。

 けれど自分が彼女たちをここに招いた理由を思い出して踏みとどまれた。

 やっぱり見ているだけで十分、こうして虎々ちゃんの頭を撫でられるだけで私は満足できる。


「虎々ちゃんが謝る必要はないですよ。そういうのは早いもの勝ちですから」

「そういうもの? だけど美凪が欲しかったからこの結果は嬉しい」


 ほ、欲しかったってちょっと過激な発言だけど……。


「だけど想像と違った、僕は逆に美凪のものになった」

「さ、最近の方たちはそういう思考なんですか?」

「分からない、これが初恋だから」


 私の初恋はあっけなく終わってしまった分、少し羨ましくもあった。

 ずっと抱えたきた気持ちを相手にぶつけて、そして相手がそれを受け入れてくれた――それって凄いことだしずっと両想いで素敵なことでもある。


「智香のものでもあるよ?」

「へ? ど、どうしてですか?」

「だってこんな家に住ませてもらってるから。この家に住んでいる限り、ある程度は自由にできる権利がある。僕はそれを嫌だと思っていない、智香に抱きしめられても落ち着く」

「お、お付き合いをはじめた日にそんなことを美凪さん以外に言ってはいけません!」


 それで美凪さんに敵視されても嫌だった。虎々ちゃんが言ったようにみんなで仲良く暮らしていきたい。その間には入れないけど少しでも近くで見ていたい。そしてたまにはこちらにも意識を向けてほしいと思っている。

 

「そういうもの? 最近は美凪にされるよりも智香にされることの方が多かったけど」

「そ、それは……おふたりがお付き合いをはじめたらできなくなると思っていたからで……」

「それって僕を抱きしめたかったってことでしょ? 美凪はこれくらいで怒ったりしない」

「い、いけませんっ、私を惑わさないでください!」


 お部屋から廊下に出たら目の前に美凪さんが立っていた。さあと顔が青くなるのを感じる。鏡を見たら間違いなく私の顔は青白いだろう。


「あら、どうしたのそんな青い顔をして」

「ち、違いますっ、別に私は変なことを一切していません!」

「あの子は私のもの――なんて傲慢よね、あの子は誰のものでもない、あの子自身のもの」

「は、はい、私もそう思います……あ! 美凪さんのことを傲慢なんて思っていないですからね!?」


 仮に誰かのものかと答えるならば、それは虎々ちゃんのお母様とお父様の宝物ということになる。そもそも人は物ではないのだからこの言い方は妥当ではないけれど。


「虎々はあなたに恩を感じているわ」

「特別なことをしてあげられていませんが……」

「なんでもかんでも特別ならいいというわけでもないわ」


 彼女はなにを言いたいんでしょう……。


「私もあなたに感謝しているわ。だから」

「は、はい」

「抱きしめたかったらしてもいいわよ」

「えぇ!? あっ……だ、駄目ですよ、あまり言いたくはないですがおふたりはおかしいです!」


 正直に言って、そう言ってくれるのは凄く嬉しい。

 傍観者でいいと決めたとはいえ、こういう暖かさに触れるとウズウズしてくるからだ。

 でも、こういうのはある意味生殺し状態、それにタカが外れて虎々ちゃんを自由にしてしまいそうで怖いというのもある。


「それなら私を自由にしてもいいわよ?」

「そうしたら虎々ちゃんに嫌われてしまいます」

「なら3人で抱きしめ合う?」

「そ、そうですね、それならまだ……って、え? 虎々ちゃん!?」

「む、部屋にいたんだからすぐに出てこれるし声だって聞こえてた」


 ああ、駄目……おふたりを家に招いたせいで私の理性が……綺麗な子と可愛い子を自由にしていいとまさか本人たちから許可がおりるなんて……。


「それよりどうしてこの家に誘ってくれた?」

「それはおふたりがもっと仲良くなれるように、と」

「それだけ?」

「うっ……こ、細かいことはいいじゃないですか」


 余りっぱなしだったお金の使い道としても最適だった。ちょっとお家賃は高いけどそれに見合った幸せを得られる場所だった。そしてその幸せをいま、もっと押し上げようとしている。


「いいよ、抱きしめても」

「私もいいわよ」

「……もう知りませんからね? 私、空腹を感じるまで止まりませんから」


 ここから先は完全に自己責任。それでも彼女たちは笑みを浮かべてこくりと頷くだけだった。


「覚悟してください!」


 おふたりを自由にしつつ、おふたりと仲良くなれて良かったのだと心から思った私なのだった。




「あぁぁ……疲れたぁ……」

「おいおい……」


 人の家のリビングで自由に寝転ぶ彼女の存在に溜め息をつく。

 先程洒落た店にいたときは凛々しく綺麗で可憐だったというのに、ちょっと酒を飲んだらこの有様だから残念な話だ。


「ん~……ああいう敷居が高い場所より、ステーキ屋さんでお肉をギコギコ切って食べている方が気が楽よね……」

「まあな、肉にだけ向き合う時間! って感じでいいよな。洒落た店ではこうもいかない、やはり人の目なども気になるものだからな」


 それでも連れて行ったのは約束があったのと、少しだけ雰囲気の後押しもほしかったからということになる。

 こっこ――虎々と美凪を見て自分も少しは頑張らないといけない、そう思ったからだ。


「麻衣、肩を揉んでやろう」

「あら、気が利くじゃない。それじゃあ座って――もう、酔ってるの?」

「いや、こうするための口実だ」


 後ろから抱きしめて、だけどいざ頑張ろうとするとここから動けず。


「いつもみたいにするの?」

「よく考えてみなくても教師ふたりがこんなことしていいのかね」

「いいじゃない、学校では真面目にやっているつもりだし、私たちにだって権利があるわ。対生徒というわけでもない以上、文句を言われる謂れがないわ」

「――というか、それって受け入れようとしてくれてるのか?」

「あら、一応分かっているつもりだけれど」


 いつの間にか硬直の魔法から解けて普通に彼女を抱きしめ直した。


「んー、外でしてくれればもう少し余韻があったのに……」

「流石に外ではできないだろう」

「そうよね、だって私はまだあなたから直接好きだと言われたわけではないもの」

「言わなくても分かってくれるんだろう?」

「それとこれとは話が別よ」


 キスは照れ隠しのようなものだった。

 ずっと自分の中にある大きな気持ちをしっかりと感じていた。

 だけど麻衣は求めていないんじゃないかって少し不安だったのだ。


「麻衣、好きだ」

「だーめ、やり直し」

「は? これ以外にどうしろと……」


 自由にすることもできない、告白しても届かない。

 私はそういうことに疎いので違う手段というのが考えつかなかった。


「ちょっと立って? それで私に壁ドンをしながら言いなさい」

「おいおい……もう私たちは25とかだぞ?」

「それでも女の子なの。大体、爽子にとってはどうか知らないけど、これは私にとって初めての体験なんだから」


 本人の望みならと彼女を押し付け両手で逃げられないようにしてから再度告白。


「爽子先輩、私も好きです!」


 若かった頃を思い出す。

 いつも告白――はしてこなかったが、常に一緒にいてくれたのだ。

 高校も大学も同じ場所を目指して頑張って、そしていまはお互いに教師をやっている。


「乙女だなお前は」

「いや、だって事実後輩じゃない私は」

「そうだったな、こうして一緒にいると忘れそうになるよ」

「それって私が対等な存在になれているということ?」

「ははは、そうかもな」


 喋ると少しの残念さが滲みだすので口を封鎖する。


「……や、やっぱり駄目ね、教師がしていいことではないわ」

「学校にいない時はただの一人間だ」

「さっきと真逆のことを言っているわよ?」

「もう吹っ切れたんだ。風呂に行こう」

「初日くらいこのままピュアなまま終わりましょう」

「それならそれでいい。風呂に行こう」


 これからいくらでも時間はあるのだから焦る必要はない。

 それでも学校でやるのはやめよう、リスクが大きすぎるし虎々にまた見られるかもしれないから。流石に教育上良くないからな。


「爽子?」

「ああ、行くよ」


 ――その後、直前に酒を飲んでいたということもあってふたりでよろよろになったのだった。

 酒を飲んだ後に長風呂は危ないと改めて学べたから無駄ではないと思いたい。

終わり。

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